第十三話 『巨人の令嬢が乗る巨大な馬車』

 朝起きて朝食を摂り、自室に戻った私は自身の身長に見合った姿見の前で、貴族令嬢の正装であるドレスに着替えさせられていた。

 今日の為に特注で作られた私の為のドレス。

 四メートル程ある私の為に、メイド達は脚立を踏んで特注のドレスで仕立ててくれている。

 しばらくすると目の前の姿見にはフリルが特徴的なスカートの赤いドレスを着た、桃色ウェーブのロングヘアな桃色の瞳の美少女が映し出されていた。

 毎度の事ながら、目の前の姿見に映る美しい美少女の姿が自分だとは思えない。

 メイド達は脚立を片付けながら撤収していく。

 一人残された私にメイド長のトモエがやってきた。


「美しゅう姿でございます、メルナ様。丁度先ほど馬車の準備が整いました」


 そう言うとトモエは私を先導し部屋を出る。

 トモエに続いて腰を低くし扉を潜り、廊下を歩く。

 前を先導するトモエは、私の左少し前を歩いている。

 この屋敷で私の真正面を歩く者は、もう居ない。

 数か月ほど前、前から恐れていた通りの出来事が起こり、私の前を歩いていた屋敷のメイドの一人を蹴り飛ばしてしまった。

 そのメイドは大けがを負い、その時に偶然一緒に居たトモエが回復魔法が使えたお陰で事なきを得たが、それ以来、私の真正面を歩く者は誰も居なくなった。

 

 トモエの先導で玄関ホールまでたどり着き、私に見せる様にメイド達が屋敷の玄関の扉を開いた。

 玄関の扉の先には金の装飾が特徴的な黒塗りの大きな馬車。

 この日の為に町が総出で私の為に作った私専用の、私のサイズに合わせた大きな馬車だった。

 メイドの一人が馬車の横に垂れる取っ手の付いたロープを全体重を使って力いっぱい引っ張ると、ロープの先の滑車が回り、ガチャリと重い音を立てて馬車の扉が開く。

 屋敷の玄関を潜り、その大きな馬車に入る。

 車高は通常の馬車と同様な為、私にタラップは必要ない。

 馬車の窓から見えるのは、この大きな馬車を引く十六頭の馬。

 四頭が縦に四列も並ぶその光景は、ただただ圧巻だった。


 私に向かってトモエが手を振っている。

 彼女は今回は留守番だ。

 今回の要件が終わると、私はゼレノガルスクに帰って来る気でいる。

 だからこそ、私が帰って来るまでの屋敷の管理をトモエに全て任せるつもりだ。


 トモエや屋敷に残る使用人達に見送られながら馬車の扉が閉じた。

 先導する護衛の馬車が進んで車列が動きだす。

 これから向かうはクラスノヤ帝国の帝都、クラスノゴルスク。

 私の実家の屋敷がある場所でもある。

 正直、めんどくさいから家族と会う気は一切ない。

 ちゃっちゃと要件を聞いて、その要件を済ませた後に秒でゼレノガルスクの町に戻ってくる気でいる。

 町の住人が腰を折り、お辞儀する様を見ながら懐かしの帝都の景色を思い出だしていた。



○○



 ゼレノガルスクを出発してから数日、ずっと広がっていた草原の風景は、いつしか麦畑の風景に変わっていた。

 窓の外を通り過ぎる農夫が私の乗る馬車を驚いた表情で見てくる。

 そらそうだ。

 こんな大きな馬車、貨物馬車でもない限りは見たことも無いだろうからね。

 窓から通り過ぎる旅人や冒険者、向かいから来る反対車線の荷馬車の御者の驚きの表情を見ていると、進行方向の奥に地平線に沿って一本の長い線が見えた。

 あれが帝都の外壁か。

 ゼレノガルスクの町とは比較にならない広さを誇る帝都を囲う、その外壁。

 その外壁は次第に近づき、ついに帝都の検問に到着した。


 私の乗る馬車が、貴族用の列に入る。

 窓の奥で、一人の衛兵が護衛の馬車に向かって行く。

 その衛兵は、たいそう怒っている様子だ。


「そこの車列! どんな内容の貨物でも、貨物は貨物だ!回れ右して貨物の列に並べ!」

「我々は高貴なお方を乗せた馬車の車列である!断じて貨物などではない!」


 怒っている衛兵の言葉に激高する護衛の馬車に乗る騎士。

 まあ、こんな大きな馬車は普通は大型貨物だと思うよね。

 馬車のサイズ規格も全くの大型貨物と同じ規格だし。

 私の馬車を貨物扱いされ激高する騎士に、怒っている衛兵は声高に言う。


「そこまで言うなら中を見せろ!一体どんなお方が乗っていると言うんだ!」


 私の馬車の御者が窓越しに私に判断を仰いでくる。

 私が頷くと御者は席から離れ、前方で言い合っている騎士に何かを告げ口した。

 何かを告げ口された騎士は、怒った様子で衛兵に向かって言った。


「光栄にもメルナ様が扉を開けても良いと申しておられる!せいぜい失礼の無いようにな!」

「ああ!どんなお方か楽しみだな! どうせ銅像や宗教の偶像だろ!もし高貴なお方じゃなかったら、お前ら全員を牢にぶち込んでやるからな!」


 そう言って前方の護衛の馬車から怒った衛兵が歩いてきた。

 後ろのメイド達が乗る馬車が開く音がし、一人のメイドが駆け寄ってくる足音がする。

 外で怒っている衛兵がメイドに言う。


「だれだお前は」

「メルナ様の使用人でございます。私が扉をお開けせさて頂きます」

「そうかよ」


 メイドがロープを引っ張ったのか、ガラガラと滑車が回る音が車内に響いた。

 扉が開き、私は外に出る。

 馬車から出た私を見上げ、驚いている衛兵。

 そして衛兵は尻もちさえついてしまった。

 そんなに驚かなくても。

 地べたに手をつく衛兵に、私はスカートの端を持ち、お辞儀した。


「ごきげんよう衛兵の御方。お仕事ご苦労様です。メルナ・リフレシアと申します」


 目の前の衛兵にお辞儀をするが、衛兵は未だ地面に手をつき私を見上げている。

 奥の方から別の衛兵がやってくると、彼を担いだ。


「おまえ何やってるんだよ! ……すみませんご令嬢様!後でこいつにはきつく言っておきますので!」


 そう言って、衛兵達は詰所に戻っていく。

 辺りを見ると、私を見て驚く人々。

 そんな周りの人々に軽く手を振り会釈して、馬車の中に戻る。

 扉が閉まって暫くすると、車列が動き出した。

 どうやら無事に通されたらしい。



○○



 帝都の町を私が乗る馬車が進む。

 見慣れない大きな馬車に、町の人々が驚いていた。


「なんだ、あの馬車……」

「大きいわね……」

「ママー、お馬さんがいっぱい居るよー?」


 そう口々に町の人々は驚きの言葉を言う。

 まあ、こんな大きな馬車は、そうそう街中では見ないだろうね。

 驚く町の人々をかき分け、馬車は首都の中心に向かって進む。

 そして、大きな門の前で止まった。

 貴族地区の門だ。


「メルナ・リフレシア様の車列だ! 門を開けろ!」


 門番の衛兵が叫ぶと貴族地区への門が開いた。

 衛兵が整列して頭を下げている。

 私が乗る馬車の事は、もう情報伝達されている様だ。

 さすが帝都といったところか。

 おそらく連絡用の魔道具のお陰だろう。


 貴族地区の門が過ぎ去り、貴族や富豪達の地区を進む。

 右の窓から見ても立ち並ぶ豪邸、左の窓から見ても立ち並ぶ豪邸。

 市街地と違い、人通りは少ない。

 そんな貴族地区を進むと、前方に大きな城が見えてきた。

 あれがクラスノヤ帝国の中枢地でもあり宮廷の王城だ。

 敷地の門を通り抜け、中央に走る水路のような大きさの池を横に、その長い道のりを馬車は進んでいく。

 そして城の玄関先の噴水前で王城の使用人と文官数人が私達を出迎え、車列は停車した。

 王城のメイド達がタラップを置き、馬車の扉を開けようとするも開け方がわからず困っている様子がうかがえる。


「どうしましょう、あんな高い位置の取っ手なんて手が届きません……」

「はやくしなさい。相手は貴族様な上にドラゴンを討伐した英雄様なのよ」

「そう言われましても……」


 そんな王城のメイド達を見かねてか、私の後続の馬車の扉が開き、続々と私のメイド達が降りていく。

 私のメイドの一人が置かれたタラップを退ける。

 その行動に、王城のメイド達が不思議そうな顔で見守るなか、私のメイドの一人が扉のロープを引っ張る為に馬車の前方に移動していく。


「はっ!よいしょ!」


 メイドの掛け声と共に滑車がロープを伝う音が聞こえてくる。

 扉が重く開き、私は外に出た。

 王城の使用人達と数人の文官達が私を見て驚いている。

 そんな彼らに構う事無く、外の空気を吸って伸びをした。

 やはり外の空気はおいしい。

 私の為に作られた馬車と言えど、ずっと中に居ると息が詰まってしまう。

 王城の文官の一人が私の元にやってくる。

 黒い頭髪は白髪が目立つ、黒い瞳をした初老の男性だ。


「お久しぶりでございますなメルナ様。見ない間に、これまたずいぶん大きくなられまして」

「ええ、お久しぶりですバルド執務補佐官。スキルを使用した代償で、この様な姿になってしまいましたの」

「それは、なんと…… どれだけ巨人のようなお姿でも、メルナ様はお美しいでございますよ」


 そう私の容姿を褒めるのはバルド執務補佐官。

 彼は皇帝の執政を長年務めるラルドという男の補佐官だ。

 次期皇帝であるバカ王子の婚約者をしていた身として、彼には沢山会う機会があった。

 バルドは足元に来ると私を見上げて言う。


「メルナ様、どうぞこちらへ。長旅で疲れたでしょう。一度客間までご案内しますよ」


 そう言ってバルドは私の前を先導しようとするが、私のメイド達がバルドを引っ張り私から引き離した。

 メイド達の行動に驚くバルド。

 そんなバルドに私のメイドの一人が言う。


「お気を付けくださいバルド様、メルナ様の真正面を歩いてはなりません」

「な、なんだい君たち?」

「危のうございます。メルナ様を先導する際は、数歩離れて斜め前をお歩きください」


 そういう私のメイドに、いまいち理解できていない様子のバルド。

 そんな彼に、私のメイドは仕方なしに言葉を付け足した。


「まあ…… あのメルナ様のおみ足で蹴り飛ばされて大けがを負っても構わないのでしたら、どうぞご自由に」


 そう言ってバルドに一礼をして離れる私のメイド達。

 メイドの言葉に驚き私を見上げるバルド。

 そして、私の靴を見た。

 すぐにバルドは私から数歩離れる。

 そんな顔で見ないでほしいなぁ。

 私は目いっぱいの笑顔を作り、バルドに手を振った。

 


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