帝都に降り立つ女神様

第十二話 『帝都からの呼び出し』


 今日もゼレノガルスクは平和だ。

 あれから数か月、殆どの町の復興が終わり、以前と変わらない平穏そのもの。

 今日も今日とて人通りの無い商店街に行き、いつもの本屋の扉を開けた。

 扉のベルが鳴り、奥から女店主のオルソラが出てくる。


「誰かと思えば、やっぱりメルナ様かい。相変わらず大きいさね」

「ど、どうも……」


 四メートル程の身長を「大きい」と言ってくるオルソラに答え、腰を低くして扉を潜る。

 そこは見慣れたいつもの店内。

 様変わりした私の身の回りで、唯一ここだけは以前と変わらぬ場所だ。

 低い天井に頭をぶつけないよう、屈んだまま店内の本を見渡す。

 ロマンス本の新作棚には『魔物に襲われていた令嬢を助けた俺、なんか令嬢から熱い視線を感じる』なんていうコッテコテなタイトルの小説が、第一巻、第二巻、第三巻と並んでいる。


「相変わらずタイトルが長いですね」

「ああ、なんでも作家達は売上が良くて味をしめたらしいさね。タイトルでネタバレされた気分でアタシは好きじゃないんだけど」

「あはは……」 


 まあオルソラは本屋の店主だ、本屋を経営する程には本が好きなのだろう。

 本を愛する人にとって、内容を読者に説明する目的の長いタイトルは、それは邪道だ。

 そんなコッテコテの長いタイトルのロマンス小説の三部作を、手に持った小さなカゴに入れていると、オルソラから声をかけられた。


「そう言えば、メルナ様は最近は冒険者ギルドには行っているんだい?」

「え? ……そういや、あんまり」


 私の答えにオルソラは「ふぅ……」と息を漏らし、ウンザリした様子で続けた。


「冒険者ギルドの奴らが私にしつこく言いに来るんだよ。あれ以来、女神メルナ様が我ら冒険者ギルドに来てくれないーってさ」

「なぜそれをオルソラさんに? それは私本人に言えばいい事だと思うのですが……」

「いやホントさね。そんなの私に言われてもって感じさ。まあ、メルナ様は皆に怖がられてるからね。面と向かうのが怖いから、メルナ様とよく会う私に伝えてくるんだろうさ」

「……なるほど」


 オルソラの言葉に、少し視線を落とす。

 町は復興し平穏を取り戻したが、いまだに戻っていない大事なものが一つある。

 それこそが、私自身の平穏なスローライフだった。

 いまだに献上品が止まらないし、それどころか最近になって上納金さえ始まってしまった。

 あの時は時間が立てば皆に余裕が出来て落ち着くかと思っていたが、蓋を開ければ何とやら。

 町の皆の余裕が出来たからこそ、その余裕が私への捧げものになってしまっている。


 ある町のパン屋は「高級な小麦粉が手に入りました」と言って豪勢なパンを献上し、ある町の家具屋は「渾身の出来の箪笥ができました」と言って豪勢な箪笥を献上してきた。

 町の議会に至っては上納税なる新しい税を住民に敷き、その税で徴収した金を上納金として私に献上してくる始末だ。

 さすがに上納税は住民から不満が出るだろうと思ったが、なぜか住民達は喜んで本来の税より更に上乗せして納税しているらしい。

 ほんと、どうしてこうなった。


 そんな事を考えていると、オルソラが溜息をつく音が聞こえた。

 どうしたんだろうとオルソラを見ると、ヤレヤレといった様子で私を見つめている。


「そんな深刻な顔しなさんなね。あんたの今の様子を冒険者ギルドの奴らが見たら、恐怖でショック死しちまうよ」

「え、いやそんな。ただ私は……」

「冒険者ギルドの奴らを責めたりしない方がいいさね。あんたから叱責でもされたら、軽く死人がでるだろうさ」


 オルソラの言葉に、言葉が詰まる。

 確かに、私が軽く「オルソラさんに迷惑かけないでよ」なんて言った日には、女神メルナ様の知人にご迷惑をかけた罪として、死刑台が秒で建築されて沢山の死刑執行が行われても不思議じゃない。

 まったく、溜息が止まらない。

 沈んだ頭を切り替え、とりあえず手元の本をオルソラが居るカウンターに出した。


「これで勘定を」

「いや、いいさね」

「え?」


 オルソラの言葉に、つい疑問の声が出てしまった。

 そんな私にオルソラはニコニコ顔で手を振り言う。


「実は私も献上品を考えていた所さ、その本は貰って行ってくれ女神メルナ様」


 ちょ、ちょっと待ってよオルソラさん。

 もしや貴女も……


「その本で皆が明日生き延びられるなら安いもんさね!遠慮せずに持っていきな!」


 お、オルソラさん……

 貴女だけは理解者だと思っていたのに……

 本を手に取り、沈んだ気持ちで店を出た。



○○



 屋敷に戻った私を待っていたのは、メイド長であるトモエに手渡された一通の手紙だった。

 帰って来るなり玄関先で「手紙が来ました」とトモエから言われ、最初は町の議員達からの手紙だと思って「後で読むから」と答えた。

 まあ正直な事を言うと読む気さえ無かったが。

 そんな私の態度を見てかはわからないが、トモエに「失礼ながら、こちらは皇帝陛下からの手紙でございます。一応は目を通すべきかと」と進言され、秒で手に取った次第だ。


 手に持った手紙は、確かに帝国朝廷府の封蝋が押されている。

 封蝋を裂き、中に入った二つ折りの紙を取り出し、文を読む。


「ふぅん…… なんかドラゴンを倒した武勇を見込んで要件がある。だってさ」


 少し屈んでトモエに手紙を手渡す。

 私から手紙を受け取り、読んだトモエは激怒した。


「なんですかこの手紙は!? 女神メルナ様の威光を何一つ知らないで、ただ『その武勇を見込み、話がしたい』ですって!?」


 帝都の執政が直々に書いたサインが付いている手紙には、町の住民からの扱いや、あの日の出来事は一切書かれておらず、ただ私がドラゴンを倒したという事しか知らないのが伺える内容だった。

 むしろ知られてなくて良かった。

 もし帝都の人たちからも今と同じ扱いだったら、私の中の何かが吹っ切れてしまっていたかもしれない。

 まあ、それが何かは分らないけど。

 そんな私の内心など知らないであろう周りのメイドや執事達は、トモエの持っている手紙を覗いて激怒する。


「絶対の女神であるメルナ様に『会いに来い』ですって!? そっちが来なさいよ!」

「何よ、この失礼な上から目線の文章! 女神メルナ様にお願いする立場なのに何よこれ!?」

「俺たち知ーらない。これは帝都滅んだなぁ。帝都があった場所には何が残るんだ?」

「草の一本も残らなさそうだな」


 何故かヒートアップしているメイド達に言う。


「あなた達ね、私は只の公爵令嬢なのよ? 皇帝陛下が来なさいって言っているなら、行くしかないでしょ」

「女神メルナ様……」


 メイド達に正論を言うと、なぜか私を見上げて目を輝かせるメイド達。

 そんなメイド達は口々に言う。


「つまり皇帝に立場の違いを分からせに行くのですね!」

「真の君主は女神メルナ様だと、自ら赴かれるわけですね!」

「世界の全ては女神メルナ様の物です!世界征服の第一歩ですね!」


 そう言うとメイド達はきゃっきゃと騒ぎ出す。

 なんで、そういう事になっちゃうかなぁ。

 ただ私は平穏なスローライフがしたいだけなんだけど。

 人知れないよう軽く溜息をつく私に、トモエが聞いてくる。


「メルナ様、出発はいつに致しましょう」

「特に問題が無いなら、来週でも良いわ」

「かしこまりました」


 私の言葉にトモエは答えると、メイドや執事達に言う。


「来週の今の曜日までに町を出発です!皆は急いで準備と手配をするように!」

「「「はいっ!」」」


 トモエの音頭に皆が答え、メイドや執事達は散り散りになっていく。

 残された私にトモエは言う。


「外出からお帰りなさったばっかりです。まずは、お体を洗いましょう」


 私にそう言ったトモエは私を見上げ、どこか恍惚な顔だ。


「私が…… 私が、その美しいご尊体を洗わさせて頂きます」


 そんな顔で言われると不安なんだけど……

 ほんと、どうしてこうなった。



――――【あとがき】――――

・第二章が開始です!

・この小説を気に入ってくださる人が居れば、どうか小説下部にある★レビューをタップかクリックして頂けると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る