第十一話 『天を貫く女神様』

『巨大化ッ!』


 巨大なメルナが体に魔力を巡らせスキル名を叫ぶ。

 メルナの中で囁く嫌な予感を振り払い、メルナのスキルが発動する。

 山のように巨大なメルナの体が青白い光を放ち、それは起こった。

 メルナの足元で、町の住民達は騒ぎだす。


「う、うそだろ……!?」

「なんという事だ……!女神だ……!」

「ああっ、メルナ様!女神メルナ様!」

「お許しをっ!我らにお許しをぉぉぉお!」


 口々に女神様と声を荒げる町の住民達。

 巨大なメルナが大きく、更に大きくなっていくその様を、町の住民達は口々に女神様と畏怖を口にする。

 山の様に巨大だったメルナは、更に山より高く、更に山岳より高く、更に雲に届く程に大きくなっていく。

 天に聳え立つ程に巨大になったメルナは町を背にして足元のドラゴンに仁王立ちする。  

 その天を貫く巨大な脚が町の外壁のすぐ横に落ちた。


ズッドォォォォォォン!


 衝撃で町の住民の全てが宙を舞う。

 この世の終わりを目の当たりにした様な悲鳴と号泣が町の全てを覆いつくし、町は慈悲と命乞いの声で埋め尽くされた。


「お許しおぉぉぉお!お許しおぉぉぉお!」

「ごめんなさいっ!ごめんなさいぃぃぃい!」

「まだ死にとうございませんっ!まだ生かしてくださぃぃぃい!」

「僕死にたくないっ!ごめんなさい女神さまぁああ!」


 謝罪と慈悲と命乞いの阿鼻叫喚の町の様子に全く気が付かない様子で、天に聳える巨大なメルナは足元の小さなドラゴンを見下ろしている。

 もはや手に小さく収まりそうなドラゴンは、天に聳え立つ巨大な二本の脚を見上げ、動かない。

 何かを諦めた様子のドラゴン。

 メルナは腰を下ろしてドラゴンに腕を伸ばした。

 天を覆うメルナの巨大な下半身が降りていく。

 町の空は天を覆う巨大なスカートに包まれ、美しく白いショーツ包まれた巨大な桃尻が、町を押しつぶさんと落下してくる。

 迫りくる巨大な桃尻に泣き叫び慈悲を請う町の住民達。


「尻があぁぁぁあ!女神様の巨大な尻がぁぁぁあ!」

「巨大な尻が落ちてくるぅぅぅう!」

「お美しゅうお尻でございます女神様ぁぁぁあ!」

「お尻お美しゅうございます女神様ぁぁぁあ!下着お美しゅうございます女神様ぁぁぁあ!」


 町の住民の命乞いが届く様子も無く、天に聳える巨大なメルナは小さなドラゴンを摘まみ上げた。

 メルナの手の中で暴れ抵抗するドラゴン。

 それをメルナは握り絞めた。


バキバキボキボキ!ブシャア!グチュグチュブチュ!


 ドラゴンは圧倒的な質量の力で捻り潰され、メルナがその巨大な手を開くと絞り取られた果実の様に変わり果てた姿になっていた。

 しばらく手の中のそれを眺めた後、メルナは空を貫くように立ち上がる。

 そして、天に聳えるメルナは、町を見下ろした。


『件の魔物、もう倒しましたよ』


 そう言ってメルナは変わり果てたドラゴンを西門の近くに投げ捨てる。

 轟音を響かせ落下したドラゴンの死体で揺れる町。

 そのメルナの言葉に、町の住民はやっと今まで起こっていた事を理解した。


「おおぉぉぉ女神様!さすがでございます女神様!」

「ああ慈悲深き女神様!魔物を倒し、更に私達も許してくれるのですね!」

「女神メルナ様!万歳!女神メルナ様!万歳!」

「僕を許してくれるの女神様!?本当に許してくれるの女神様!?」


 彼らの感謝と畏怖の言葉など届かない程に天を貫く巨大なメルナは、腰を下ろして地面に座る。


ドッズゥゥゥゥゥゥン!

『はぁ…… 疲れたっ!』


 メルナが座った衝撃は町の全てを宙に投げ飛ばし、物や住民がボトボトと地面に打ち付けられる。

 這う這うの体で見上げる住民達。

 彼らが見た光景は、足を広げ、スカートの中の白いショーツを気にも留めずに座る遥か巨大なメルナの姿。

 その人知を超えた姿を見ながら町の住民達は歓喜の声を上げる。

 しかし、その表情には歓喜は無く、恐怖と畏怖が張り付いていた。



○○



 まったくもって昼だというのに、私ときたら暖かな日の光が明るく照らす自室の中で、大きなベッドでゴロンと寝ころびロマンス小説を読みふけっていた。


 ドラゴンとの戦闘から数週間、あれから町は復興を着々と進んでいる。

 もともと物流で食料や日用品が無かった事の復興もそうだが、目下の一番の目標は、私がドラゴンを相手に暴れまわった被害からの復興だった。

 沢山の負傷者に沢山の倒壊した家屋、沢山の家を失った者たちと沢山の職にあぶれた者たち。

 瓦礫で溢れた町からの復興は、長い時間をかける必要があった。

 

「ほんと、帰ってきたら町がボロボロ。後悔先に立たずだわ……」


 あれからというもの、町の住民達は私を神の様に祭り上げ、まだまだ物品が足りないご時世で、豪華絢爛な物品の献上を行う者たちが後を絶たない。

 今や私の身の回りには、豪華な家具や調度品が所せましと並んでいた。

 私は手に持った小さなロマンス小説を置く。


「それにしても、これはちょっと不便ね」


 そう言って立ち上がり、その大きな姿見の前に来た。

 桃色ウェーブのロングヘアをした桃色の瞳をした、いつもの美少女。

 それを写す姿見の横には、更に小さな姿見があった。

 今まで使っていた姿見だ。


「成人男性が二人分ぐらいって遠慮がちに言われたけど、平たくいって四メートルぐらいの身長よね」


 そう、これこそが私のスキルの、それはそれは大きなデメリットだった。

 一度使うと、巨神族としての基本の身長が二倍以上に大きくなるというデメリット。

 基本が二倍以上なら、種族の能力で身長を縮めても以前の二倍以上。

 つまり、これ以上に小さくはなれない。

 これからは四メートルの巨人としての生活だ。


「ほんと天井が近いわね。伸ばさなくても手が届いちゃうし」


 そんな独り言を言っていると、自室の扉がノックされる。


「入っていいわよ」


 そう言うと、メイド長のトモエが入ってきた。

 トモエは私を見上げながら言う。


「メルナ様、来客が来ております。」

「来客? だれなの?」

「ロバート様です。この町の町長の」

「ああ、またあの人ね…… 案内して」


 トモエにそう言うと、トモエは先導しだす。

 この部屋の扉をトモエが抜け、私は腰を大きく落として潜るように出る。

 屋敷中の扉は四メートルの巨人が出入りする事は前提としていないので、扉を通る度に小さな穴を潜るように背を低く屈まなければ通れない。

 本当に不便になった。


 ドスドスと重い足音を響かせ客間への廊下を歩く。

 前を先導するトモエには細心の注意を払っている。

 歩幅の違うトモエを蹴り飛ばさない為だ。

 こんな体格差のため、もし蹴り飛ばしてしまったらトモエは怪我では済まないのは目に見える。

 考えるまでも無く、自動車事故の様にトモエは吹き飛び、全身をあらぬ方向に曲げて悶え苦しんで絶命するだろう。

 私が少し不注意を行うだけで、前を歩くトモエを簡単に蹴り殺してしまう。

 全く、本当に不便になった。

 

 客間の前に着いた。

 扉を開け、大きく腰を下ろして潜ると、中に居たのは町の町長兼議長のロバートだった。

 彼は私を見るや立ち上がり、深く跪く。


「おおっ!女神メルナ様っ!お美しいそのお姿を見れて私は感激でございます!」

「……はぁ」

「ひぃぃ!何か気に障る事がございましたでしょうか!?謝罪いたしますゆえっ!どうか怒りは私だけにぃ!」

「まったく……」


 そんな彼を横目にソファーに座り、余り出た足を横にたたむ。

 震え怯えながら跪いたままのロバートを眺め、テーブルに置かれた小さなカップを手に取り、紅茶を啜る。

 ロバートがガクガクと震え怯えるその姿は、まるで巨神族の御伽噺に出てくる家来と称される国々の国王の様だ。

 機嫌を損ねると腹いせに国を亡ぼす巨神族の少女を前に、怯えながら謁見する家来扱いの国王たちのシーン。

 そんな御伽噺の有名な景色が、私の目の前にあった。

 全く、本当の本当に不便になった。


 ドラゴンを倒したあの日以降、町の皆が御伽噺の巨神族を目の前にした様な瞳で、私を見るようになった。

 些細な一挙手一投足に怯えられる日々。

 特に町の議長であるロバートや有力な町の議員や商会の人たちは、ひっきりなしに献上品を持って私のご機嫌取りを行いに来ていた。

 そんな前世で遊んだRPGゲームの魔王でもあるまいし、私に町を亡ぼす意図はないと言っても、皆は聞く耳を持たないのだ。


 ご機嫌取りとは名ばかりの、許しを請うような町の命乞いを何度も聞いていると、正直こっちもウンザリしてくる。

 そんな気持ちが私の態度に出てしまっているのか、最近は更にご機嫌取りが増えて献上品も多くなっている。

 負のループとは、このことだ。

 震え、委縮するロバートに聞く。


「で? 今日は何の用?」

「ええ!、献上品をお持ちいたしましたっ!最高級の紅茶でございますっ!かの有名な暗黒騎士が愛飲したという――」

「はいはい…… で?」

「もももももちろん、ほ、ほほほほ他にもございますっ!こちらは、かの有名な画家であるカンナ・マトレアが書いた――」

「うんうん…… で?」

「ままままだまだございますっ!西の王国が誇る高品質な砂糖と塩でございますっ!我々もこれを手に入れるにはさぞ苦労し――」

「はいはい…… で?」

「ここここちらはかの有名な――」


 長く続くロバートの献上。

 ロバートには悪いが、正直長すぎて聞いていてもすぐ飽る。

 それからロバートの全ての献上は長く長く続いた。

 時計を見ると三十分は優に超えている。

 ああ、うんざり。

 それはそうと、ロバートに例の件を聞く。


「ねえ、屋敷の件はどうなってるの?」

「お、おお!新しい屋敷の建築の件でございますね!?我ら町中の力の総力で作り上げております故、しばしお待ちくださればと!」

「ふぅん……」


 生返事をロバートに返す。

 この身長になってからというもの、この屋敷では住みづらくなってしまった。

 そんな悩みをロバートに零すと、町の議会は信じられない速さで莫大な予算をつけ、私の為に新しい屋敷を作る事が決まった。

 議会の議員達の話を聞く限り、どんな豪邸が立つのか分からない程の予算と規模だ。

 別にそこまでしなくてもいいんだけどなぁ。

 まあ、それを言ったところで曲解されてしまうのは目に見えてるので、何も言わないでおいた。


 その後、ロバートは私の顔色を窺い、話を終える頃には何故か真っ青の表情で客間を出ていく。

 あの様子だと、今日の夜は更に他の議員の献上品が多くなるな。

 

 自室に戻り窓の外を見ると、日が落ちて夕暮れの空。 

 この町で絶対君主の扱いを受ける日々。

 まったく、あの時どうしたらよかったのだろう。

 特注の巨大なベッドに腰かける。

 この体になってから、窓際の椅子には座れなくなってしまった。

 お気に入りだったのになぁ。

 

 とりあえず、目下の目標は平穏に過ごす事だ。

 女神様と持ち上げ奉る町の住民達も、時間が過ぎれば落ち着くだろう。

 取り戻せ、あの平穏なスローライフだ。




――――【あとがき】――――



・これで第一章が完結です!私の小説どうでしたか!?

・もし楽しんで頂けたなら小説トップページにある★マークのレビューボタンをタップかクリックして頂けると幸いです!最新話の下部にもありますよ!

・さらに★マークレビューだけじゃなく、文章でのレビューも書いてくれると更に嬉しいです!


○○


・第二章はプロットを誠意制作中です!こうご期待! ……ちょっとだけ現時点で制作中のプロットをオモラシすると、第二章は主人公が帝都に戻ることになりそうです。帝都で二人の王子の王位継承権を巡るお家騒動!絶賛プロット制作中なので暫しお待ちを!

・ちなみに第二章の王子二人のお家騒動プロットは、ちゃぶ台返しする可能性もあるのでご了承あれ!

・ちなみに次回は番外編の『あの方は女神様だった』が公開されます! オルソラ視点とミフィリア視点の話です!

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