第十話 『それはまるで神々の戦い』
静けさ立ち込める草原に、鶏の魔物が地面の餌をついばむ。
コッコッコッと鳴き声を上げ次の餌を探しているとき、空が暗くなり、地面に巨大な影が出来た。
鶏の魔物の上に、ヒールの付いた巨大なブーツが落下する。
ズゥゥゥン!
先ほどまで鶏の魔物が居た場所を巨大なブーツで踏みしめるのは、桃色ウェーブなロングヘアをした桃色の瞳の、巨大な美少女。
そんな巨大なメルナは、今しがた鶏の魔物を踏み潰した事なんて気が付かない。
ブーツが持ち上がった後には、巨大な足跡の中でペシャンコになった鶏の魔物があった。
メルナは、轟音を響かせながら足元で沢山の魔物を踏み潰し、大虐殺を起こしながら歩く。
そんな巨大なメルナは、自身の踝より低い木々が立ち並ぶ密林の前で足を止めた。
密林の先を上から見下ろし眺めるメルナ。
『この先ね、例の魔物が居るっていうのは』
そう言うと、足を持ち上げ最初の第一歩を踏み出した。
密林にはリスの魔物や蛇の魔物、沢山のゴブリン達など、さまざまな魔物が暮らしていた。
ズゥゥゥン!バキバキバキッ! ブチプチッ!グシャ!
メルナの巨大なブーツが森に落ち、何本もの樹木ごと沢山の魔物たちを踏み潰す。
足元で轟音を響かせ、草原で歩くとき以上の大虐殺を起こしながら密林の奥へと足を進めていく。
「「「キャン!キャン!キャン!キャ――」」」
「「ギャワワ!ギャワ!ギャワワ!ギャワ――」」
「「「「ワォーン!ワォ――」」」」
ズゥゥゥン!バキバキバキッ! ブチブチブチ!ブチャ!ブチュ!
「ナンダ!ニゲ――」
「ニゲロ!ハヤ――」
「ツヨイヤツ!オオキイ!ニゲナ――」
「「ガウガウ!ガウガ――」」
「「「「バウバウバウ!バウバ――」」」」
ズゥゥゥン!ベキベキベキッ! ブチュブチュブチュ!ブチブチブチッ!グシャ!グチャ!
巨大なメルナが去った後には巨大な足跡と踏み潰されペシャンコになった無数の魔物たちの屍。
大虐殺を起こしながら密林を踏み荒らしていく巨大なメルナ。
やがて、メルナは木々より背が高い魔物を見つけた。
ヤギの体にライオンの顔がくっつき尻尾が蛇。
『キマイラね、コイツかしら。まあ、ちゃっちゃと踏み潰してしまいましょう』
メルナは、その大きな脚を上げ、ブーツの底でキマイラに狙いを定める。
靴の底に威嚇するキマイラだったが、メルナが踏み抜く瞬間、キマイラはバックステップで避けた。
ズゥゥゥン!ベキベキベキッ!
メルナの巨大な靴はキマイラを踏み潰す事は無かった。
キマイラは怯えた様子で鳴き声を上げ、密林の奥に逃げていく。
『ちょと! 待ちなさいよ!』
一目散に逃げていくキマイラをメルナは急いで追いかける。
巨大なメルナが走る事で、壮絶な轟音が当たりに響き渡った。
数えきれない程の沢山の魔物を踏み潰しながら、走ってキマイラを追いかけるメルナ。
足元での大虐殺を行いながらキマイラを追いかけていたが、そのチェイスは突如終わりを告げた。
突如、山から降りてきた何者かがキマイラを襲ったのだ。
メルナは、その者の正体を見て驚愕する。
『ちょ、ドラゴン!?』
それは、真っ赤な鱗に覆われたドラゴン。
そのドラゴンは、巨大なメルナの膝の高さ程もある。
『も、もしかしてコイツが件の強力な魔物ってやつ……?』
動揺するメルナ。
ドラゴンは巨大なメルナを暫し見つめた後、飛び上がって羽ばたき滞空する。
息を溜め真っ赤な炎をメルナに向かって吐いた。
横に飛び退き回避する巨大なメルナ。
貴族として最低限の武術を会得していたメルナだったが、こんな所で役に立つとは思ってもみなかった。
『ちぃっ! 戦うしかないか……!』
メルナは覚悟を決め、子供の頃に魔術の授業で教えてもらった記憶を手繰り寄せ、右手に炎を作り出す。
『ファイアーボール!』
メルナの巨大な右手に火の玉が出来上がり、ドラゴンに向かって投げつける。
ドラゴンは横に飛び退き回避した。
巨大なメルナが放った火の玉は遠くの山に着弾する。
ドゴォォォン!
山の上半分が吹き飛んだ。
『まったく、すばしっこいわね……!』
そんな事を言いながら、メルナは両手に炎の玉を作りだす。
○○
ゼレノガルスクの町全体が騒然としていた。
数十分前から魔物で溢れる西門の密林方向から轟音が轟き聞こえてきたと思ったら、その方向から飛んできた巨大な火の玉が町の近くの山を吹き飛ばしたのだ。
住民達は口々に言う。
「なにが起こってるんだ……?」
「山が半分になったわよ!?」
「ママ、怖いよ……!」
そんな住民達の不安を更に煽るかのように、沢山の巨大な火の玉が密林の方角から飛来する。
ドォォォン!
ドゴォォォン!
ドバァァァン!
それは町の向かいの山を吹き飛ばし、それは東門の川を吹き飛ばし、それは西門の畑を吹き飛ばした。
刹那、阿鼻叫喚の叫び声が町中をこだまし、恐怖に包まれる。
「いやぁあぁぁあぁあ!」
「うわぁぁぁあぁぁあ!」
「にげろ!にげろぉぉおぉ!」
「神さまぁあぁああ!助けて神さまぁあぁあ!」
町全体が絶叫に包まれる中、更なる火の玉が飛び荒れる。
様々な山を吹き飛ばし、森の至る所を吹き飛ばし、無数の小川を吹き飛ばし、果樹園と小麦畑の数々を吹き飛ばしていく。
この世の終わりが来たような光景に逃げ惑う町の住民達。
東門付近では人々が詰め寄り町からの脱出をしようとしていた。
衛兵が必死に門を閉じる。
「出てはならん!外は危険だ、出てはならん!」
「こんな場所に居られるかよ!」
「私は死にたくないの!早く開けてよ!」
衛兵の奮闘も空しく市民により門が明けられる。
我先へと東門に押し押せる市民達の目の前で、見せつけるかの様に巨大な火の玉が落下した。
ドガァァァァン!
爆風で吹き飛ばされる人々。
東門の前に残った巨大なクレーターと立ち上る絶壁の炎を前に、住民達は委縮し逃げる気力も無かった。
阿鼻叫喚に包まれる町に、少しずつ謎の轟音が近づいてきていた。
まるで巨大な何かが争うようなその轟音は、火の玉が飛んでくる密林の方から響き渡る。
密林の方角に誰もが目をやったその時、それは現れた。
『はぁあ!ファイアーボール!』
それは山の様に巨大なドラゴンと、それより遥かに巨大な桃色の髪と瞳をした美少女。
人知を超えた戦いが町の前で繰り広げられるその様に、町中の市民達に恐怖と畏怖で包まれる。
「なんだあれは…… あれはなんなんだ!?」
「これは神々の創成期なのか!?」
「私達どうなっちゃうの!?」
様々な言葉が飛び交う中、巨大な美少女ことメルナは自身の近くに町がある事に今更ながら気が付いた。
『へっ!? ちょっと、これ町じゃない!? こんなところまで来ちゃったの!?』
そう言いながらメルナは視線をドラゴンに戻す。
メルナは両手に火の玉を作り出し、ドラゴンに飛ばす。
ドラゴンは回避して、巨大なメルナの火の玉はキャベツ畑と遠くの山を吹き飛ばした。
町の住民はヒラヒラと飛び回る巨大なドラゴンと、それ以上に巨大なメルナの戦いに翻弄される。
「また山を吹き飛ばしたぞ!」
「何が起きているんだ!?」
「神々の戦いだぁ!俺たち神々の戦いに巻き込まれちまったんだ!」
そんな泣き言が街中で響く中、一人の青年がメルナを見て気が付く。
「……おい、俺はあの少女を見た事あるぞ!」
「どういう事だ!?」
「あれ、この町に来たリフレシア家の公爵令嬢のメルナ様じゃないか!?」
青年の言葉に驚きの声が上がる。
「確かに、あれはメルナ様だ!」
「俺は朝に見たぞ、確か冒険者ギルドに居たはずだ!」
「私も見たわ!冒険者ギルドで!」
その言葉は街中を駆け巡り、やがて全員に神の如き戦いをしている美少女の名前が知れ渡る。
山を吹き飛ばし、川を吹き飛ばし、森を吹き飛ばし、果樹園と畑を吹き飛ばしながら戦う美少女の名前を口々に言う町の住民達。
そんな町の住民達を余所に、その本人である巨大なメルナは少し困っていた。
『ちぃ!ヒラヒラとこざかしい!こんなの当たるわけないじゃない!』
そう言ってメルナは考える。
現状、明らかに決定打に欠けている。
負ける事は無さそうな敵だが、正直勝つことも難しい。
こうもヒラヒラと飛ばれては、どうにもできない。
『もう、私に使える魔法やスキルがあったら……! ん?スキル……?』
メルナはドラゴンの炎を避けながら思考を張り巡らせた。
メルナ自身の能力は巨大化、そしてメルナ自身のスキルは――。
何かに気が付いた様子のメルナ。
『そう言えば、まだスキルは試してなかったわね……』
スキルの指南書を読む限り、メルナのスキルは大きな代償が付くのは知っている。
それでも、この現状を打破するには、それしかなさそうだとメルナは判断した。
巨大なメルナの体に魔力が張り巡らされる。
そして、メルナはスキル名を叫んだ。
『巨大化ッ!!』
――――【あとがき】――――
・ついに次回で第一章の最終話です!次回の投稿を期待して下さる方は★マークのフォローをタップかクリックして頂ける嬉しいです!
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