第九話 『限界寸前の市民たち』


 朝食を終えて部屋に戻り、マネキンになってメイド達に着せ替えられる。

 今日も今日とて外を見に行こうという事で、外用のカジュアルな服に着替えている途中だ。

 一通り終えたのか、メイド達が下がる。


「はい、おわりましたよ」


 メイド達の言葉を聞き、姿見を見た。

 フリルが付いた紫色のワンピースを着た、桃色ウェーブのロングヘアをした桃色の瞳の美少女。

 全くもって美しい。

 今日も今日とて自画自賛しかない。

 ほんと、これが自分だと毎度ながら信じられないよ。


 外に行くための荷物をまとめ、部屋を出た。

 屋敷の玄関を出て正門を潜ると、いつもの変わらない街並み。

 数日前と相変わらず人々の顔には笑顔が無い。

 偶然通りかかった、数日前に話しかけた老人に声をかけた。

 老人は私に気が付くと、嬉しそうに言う。


「おお、優しい貴族のお嬢さん。あの時は大変でしたなぁ。ご無事そうでなによりじゃあ」

「ええ、なんとか無事です。町の皆さんにお変わりはなく?」

「そうじゃなぁ…… なんでも町中の商品が無い理由が、強い魔物が原因だと町中で噂になっておってなぁ。若い衆のリーダーが「この町からも出られない以上、持久戦になる」と言って、町の住民に『隣組(となりぐみ)』の団結を求めておってのぉ。なんじゃか皆が戦時の顔をしていますなぁ」


 そう言うと老人は「恐ろしいのぉ」と何かを懐かしむ様に言う。


「わしが子供だった頃の大戦争を思い出しますわい。皆が皆、生きる事に必死になっておったなぁ。優しい貴族のお嬢さんや、貴族のあんたは大変じゃろうが、こんな時こそ貴族様のお力が何かと必要じゃからなぁ、期待してるでなあ」


 私にそう言うと老人は去っていく。

 確かに普通なら、貴族の権威で町の住民をまとめ上げる必要がある程には非常事態のようだ。

 でも、そんな私には何も権限が無い。

 兵を動かす権限も、帝国政府の行政に働きかける権限も無い。

 老人に、町の皆に申し訳ない。

 


○○



 今日も今日とて人通りが少ない商店街。

 その一角の本屋に、いつものように立ち寄る。

 扉を開けると鈴が鳴った。


「ああ、やっぱりメルナ様かい」

「ええ、私です」


 私の顔を見るや、やっぱりといった顔で出迎えてくる女店主のオルソラ。

 そんなオルソラの顔は、いつもの活力が何処にもない。


「何かあったのですか?」

「あぁ? 何がだい」

「その、どこか元気がなさそうなので……」

「ああ…… そういう事かい」


 オルソラは珍しく大きな溜息をつき、カウンター奥に置かれた椅子に座る。

 椅子の背もたれに体重をかけながらオルソラが答えた。


「別に? 何もないさね。ただ…… そうさね。ただ栄養不足かもね」

「栄養不足…… ですか?」

「ああ。ここんところ、キャベツのスープとパンだけだからねぇ。食材どころか、何にも買えやしないのさ」


 そういうオルソラは、腹に手を当て「おなかすいたさね」と軽く言葉をこぼした。

 オルソラをよく見ると髪を洗った様子はなく、服もどこか汚れていた。

 頭をよぎるのは、洗剤も無ければ日用品も買えないと、数日前に群衆と共にやってきたロズベルトの言葉。

 空腹そうに腹に手を当てるオルソラを見ていると、心の何処かに棘が刺さる感じがする。

 それにしても、まじか…… 庶民の生活水準が、ここまで下がっていたのか。

 正直どこか盛っている話だとは思っていたが、オルソラの生活ですらこの様子だと、本当に何も買えない貧困層も居るはずだ。


 私はロマンス小説を二十冊かき集め、勘定に出す。

 オルソラは無言で計算器の魔道具を取り出し鍵盤をたたく。


「はいよ、全部合わせて二万八千ゴールドさ」


 小銀貨を渡す。

 オルソラがそれを受け取り、小銭を返してきた。


「これがお釣り。まあ、こんなに沢山収入があるだけ、あたしは幸せ者さね」


 そんな言葉を聞きながら、私は本屋を後にした。

 物流問題が、本当に大変な事になっている。



○○



 商店街を後にし、噴水広場に出る。

 いつもは老人の憩いの場だが、今は沢山のホームレスたちの掘っ立て小屋が立ち並んでいた。

 中央の広場では行政によるパンとスープの炊き出しが行われている。

 行列を見る限り、その人々はごく普通の市民という感じで、よそ者というわけではなさそうだ。

 推察するに、家も何もかもをお金にし、そのうえで生活費の全てが無くなり炊き出しに並んでいるといった様子か。

 噴水広場に居る者たちの顔に笑顔はなく、子供までもが、どこか諦めた顔をしている。


 これは……

 なんとか、しないと……

 

 貴族として、人より強い種族とスキルがあるものとして。

 でも、なにができるっていうんだろう?

 父親に兵を要請する?

 もうやったけど、結果は目の前の通りだ。

 

 じゃあ、強力な魔物をなんとかする?

 どうやって?

 衛兵の力ではどうにもできないし、相手はSSクラスの魔物だ。

 誰がなんとかするの? 私が倒せとでも?

 ……あっ。


「……倒すか。私が」


 そうだ、私が倒しちゃおう。

 どうせ魔物が居る場所は密林の奥だ。

 誰にも見られる事なんてないだろうし、ちゃちゃっと倒してシレっと町の議会に「いなくなったかも」と言えばいいのだ。

 そうと決まれば、行くべき場所は冒険者ギルド。

 採取の依頼をそれとなく受けて、その足で密林の奥に行っちゃおう。



○○


 

 浮浪者で変わり果てた噴水広場を後にし、冒険者ギルドの前にやってきた。

 そんな冒険者ギルドは何やら中が騒がしそうだ。

 神殿所属の救急祈祷師が忙しなく出入りしている。

 そんな冒険者ギルドの出入口から担架で神殿の救急馬車に運ばれる沢山の冒険者。

 なにかあったのかな。


 冒険者ギルドの中に入る。

 中では沢山の冒険者が担架に乗せられ救急祈祷師が治療魔法をかけていた。

 奥の方では、ギルドの職員が救急祈祷師を呼んでいる。


「こっちの容態が悪化したぞ!」

「今行く!」


 横の方では担架の上で痛みに叫ぶ冒険者と、その相棒らしき人。


「痛いっ! 助けてくれぇ!」

「おい、こいつに沈痛魔法をかけてやってくれ!」

「それを使える奴は女性の祈祷師だけなんだ!今は全員が重傷者に出張っている!」

「くっそぉ! マジかよ痛ぇ!」


 その近くでは担架に乗せられた女性の冒険者と、声をかけ続ける女性の冒険者。


「わたし、だめだったよ……」

「しゃべっちゃだめ!」

「わたしの妹に、ごめんって伝えて……」

「縁起でもない事言わないでよ!」


 いつもは老人で溢れかえる冒険者ギルドだが、目の前には怪我人でいっぱいだ。

 阿鼻叫喚の冒険者ギルドに、聞いたことがある男の声が聞こえた。


「おいゲイルっ!お前なにやってんだよっ!」

「すまねぇロズベルト…… うっ! 俺、行動しかないと思ったんだ」

「馬鹿野郎!バカな考えはやめろって、あんだけ言っただろ!」


 ロズベルトは担架に乗せられたガタイの良いスキンヘッドの男の手を取り、涙を浮かべている。

 彼の後ろで指の爪を噛み、落ち着きがなさそうにグルグルと歩くマーシャの姿もあった。

 マーシャはふと私と目が合うと、こちらに手招きした。


「よかった! こっちに来てちょうだい!」


 呼ばれるがまま向かう。

 マーシャの声に気が付き、ロズベルトも私が来た事に気が付いた。


「おお、メルナじゃないか、よかったぁ!」

「ばかっ!メルナ様でしょ!」


 マーシャに言われ「ああ…… わるい」と反省の色を見せると、深刻な顔で言ってきた。


「突然ですまんメルナ様。もう俺たちの手には負えないかもしれない。」


 そう言うと、ロズベルトは事の顛末を話し出した。

 彼の話曰く、民衆を抑える為に、私からの情報を印象が曲がるような言い方で民衆に伝え、郷土愛を掻き立てるように昔の戦争を織り交ぜながら、持久戦の時代と同じように隣組の生活を呼び掛けたそうだ。

 民衆は現状を認識しつつ、それでいつつパニックを起こさないようにするには、昔の戦争時代の再現が一番だと彼は判断した。

 だが、それに待ったをかけた人々が現れる。

 その人々は、なにがなんでも武力を使って魔物を追い払い、自身の手で平穏を手にするといった主張をした。

 そんな人々の集団を率いたのが、ロズベルトの近くで担架の上にいるゲイルらしい。

 私達の話を聞いていた彼は言う。


「俺は、……痛ぇ! 出来る思ったんだ。いや、出来ると思ってい ……痛いッ!」

「おい、無理に動くなよっ!」

「そもそもだ!つえぇ魔物が永遠に動かなかったら、どうすんだよって話だ!結局は食べ物が無くなり、飢えて死ぬのを待つだけになるじゃねぇか!」


 ロズベルトに介抱されながらゲイルは続ける。


「それなら、チャンスをつかみに行く方が、俺はいい!そう思ったんだ!」

「で、その結果が、このザマか?」

「ああ、そうさ…… このざま…… くっそ痛でぇ!」


 つまり、勝てない相手に無謀な挑戦を敢えて行ったという事。

 このままじわじわと死にゆく宿命なら、挑戦して運命に変えてやる、といった所か。

 なんともまあ、この男の見た目通りの、勇ましい思考回路だ。

 でも、今から私がやろうとしている事も、それと似た思考回路なんだけどね。


「メルナ様、今回の一件で強い魔物を倒す事が無理だと知れ渡った以上、もう民衆を抑えるのは限界が来る筈だ。それぐらいには今回の件はインパクトが強い。俺もまだ何とかしてみるが、そっちからも何か準備しておいてくれ」

「……わかったわ」


 ロズベルトの言葉に頷き、彼を後にする。

 カウンターに行き、受付嬢のミフィリアの前に行く。


「あら、いらっしゃい。こんな状況だけど、一応依頼はあるわよ。」


 そう言って、出してくる依頼は一枚だけ。

 ミフィリア凛とした顔で言う。


「今は薬草関係が不足しているの、町全体でね。だから、今は依頼はコレしか無いわ」


 東門の近くで生えている薬草を採取せよと書かれた依頼書。

 備考の欄には『西門には現在沢山の魔物が居るため、そちらには近づかないように』と書かれている。

 つまり、西門には現在は誰も居ないという事。

 これは運がいい。


 迷う事無く、その依頼を引き受ける。

 冒険者ギルドから出て、西門を見る。

 硬く閉ざされ、今は誰も出られそうにない。

 じゃあ、遠回りだけど東門からグルっと回って行きましょうか。


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