第八話 『怒れる群衆』


 日の光と共に小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 目を開けてみるとベッドの天幕の横、この世界では高級品のガラス窓からポカポカとした陽気が差し込んでいた。

 腕を広げ伸びる。

 

「はあぁああっ、今日も一日なにしよう」


 ベッドの掛布団をかき分け、床のサンダルを探す。

 夜中の内にキレイに並べ直されたであろうサンダルに足を入れ立ち上がり、窓際に向かって窓を開け、風を肌で感じる。

 これで今日の一日の英気を補填できた。


 メイド達が部屋の中に入ってきて「こちらです」と私を箪笥の前に移動させる。

 いつも通りマネキンになる私を手際よく着替えさせるメイド達。

 気が付けば目の前にある姿見には、それはそれは光り輝く様な美しい公爵令嬢が立っていた。

 ほんと、これが私だって事が信じられない。


 窓際のテーブルに座るとメイド長のトモエが紅茶を持って入ってくる。

 トモエが居れた紅茶を一口啜る。


「今日は冒険者ギルドにでもいこうかしら」

「冒険者ギルドですか、わかりました。朝食の後に動きやすい服を用意しておきます」


 うん、今日も紅茶が美味しい。

 窓から風が吹きつける。

 にしても、今日は風が強く吹くな。

 心を騒がせる、何か嫌な風だ。



○○



 屋敷から出て、正門を潜った。

 あれ? いつもの町とは違う感じがする。

 沢山の行きかう人々に、この町の住人の穏やかな表情が無い。

 飛び交う言葉は噂話から、不安の声。

 近くの老人に駆け寄り、聞いてみる。


「あの、皆さん何かいつもと様子が違いますが…… 何かあったのですか?」

「おおぉ、心優しい貴族のお嬢様じゃないか。そうなんじゃよ、なんでも昨日の夜に若い衆が議会の前で抗議の集会を起こしてなぁ」

「抗議の集会…… ですか?」


 老人から驚く話を聞き、思わず聞き返してしまう。

 老人は深く頷き、続ける。


「ええぇ、そうですとも。若い衆は元気こそが良さじゃがなぁ、こういう事に元気を使われてはかなわんわい」

「抗議の集会って、何の抗議ですか」

「昨今の物流の事じゃわい、小麦以外の何もかもが手に入らんからのぉ。気持ちはわかるんじゃが、声を荒げてもしゃあないてぇ」

「なるほど……」


 そう相槌を打つ私に「しかしのぉ」と、老人が深刻そうな顔をする。


「それだけだと、良かったんじゃがなぁ……」

「えっ……?」


 そう老人がいい、しばし黙った。

 長い溜息を吐いた老人は、困った顔をしてヤレヤレといった様子で言う。


「議員達の「しばらく待て、そのうち解決する」の一点張りに、若い衆が激高しての、暴力沙汰になったんじゃ。今の議会庁舎はボロボロじゃわい。」


 眼力を強め、老人は警告する。


「心優しい貴族のお嬢様、あんたも一応は権力者の側じゃろうて。今日はしかと注意するのじゃぞ」

「……はい、忠告ありがとうございます」


 そう言うと、老人は去っていく。

 

 大変な事になったな。

 今日の議会はどうなっているんだろう。

 町の議会庁舎は予算編成や議会以外に、住民の福祉の書類仕事もしていた筈だ。

 ただでさえ不満が高そうな民衆に、公共サービスさえ途絶える事になったら……

 

 一旦屋敷に戻ろう。

 正式な訪問として、町の議会庁舎を見に行かなくては。



○○



 メイド長のトモエに、事の顛末を話していると一人の若いメイドが息を切らして走ってきた。


「大変ですっ!」


 私とトモエの元に駆け寄った若いメイドは、膝に手をつき息を切らす。

 トモエがキツイ顔で若いメイドを睨む。


「メルナ様の前で、なんて醜態ですか! いつだって我らメイドはメルナ様の前では凛々しくあれと、あれほど言っているのに何ですかその息を荒げた様は!」

「そ、そんな場合じゃありません!」


 トモエは、まさか若いメイドから否定の言葉が来るとは思っていなかった様子。

 少し息が整ったメイドが言う。


「群衆が…… 沢山の群衆が屋敷の正門の前に集まっています!」


 トモエを見る。

 珍しく動揺を顔に浮かべるトモエ。

 そんな二人を見ていたら、なんだか冷静になれた。


「とりあえず正門が見れる場所まで行きましょうか」


 私の言葉に、二人は頷いた。

 正門が見えそうな部屋と言えば…… 第二客室か。

 スタスタと第二客室に向かって行くうちに、沢山の声が聞こえてきた。


「「この町で何が起こっているんだ!! 真実を話せ!!」」

「「ここは領主様の別荘だろ!! 公爵令嬢が居る事は知っているぞ!!」」

「「私達もう生活できないのよ!! 貴族様なら何とかしてよ!!」」


 群衆の怒りの声が廊下からも聞こえてくる。

 普段は私を先導するトモエや若いメイドは、委縮した様子で私の後ろをついてくる事しかできない。

 普段の彼女達からは信じられない姿だ。


 第二客室の扉を開けて入り、窓にかかるカーテンを指で少し開けて外を確認する。

 沢山の群衆達が正門に押しかけ門の前で叫んでいた。

 門の内側では騎士達が槍を構えて何か言っている。

 正門に群がる群衆は少なく見積もっても五百人。

 かなりの数だ。

 それに、みんな若い。

 時間と共に、彼らの怒りが増幅している様子も伺える。


 私はともかく、この屋敷で働く者たちの事も考えると、放置するわけにはいかない。

 横で不安そうな表情のトモエに言う。

 

「彼らの代表者を、ここに連れてきて。一度に来るのは最大で二名」

「わ…… わかりました……」


 私の言葉に、震えた声で答えるトモエ。

 今は彼女を信じるしかない。


 しばらくして、窓の外に下の正門前に来たトモエが映る。

 怒号止まぬ群衆に向かって何かを言い始めるトモエの姿。

 次第に彼らは静かになってきた。

 トモエの声が聞こえてくる。


「ここの主、メルナ・リフレシア様は、光栄にもあなた方の代表者と話がしたいと、そうおっしゃられているっ! 代表者は居るかっ! ここに入れるのは二人までだ!」


 群衆に動揺と歓喜の声が広がった。

 やがて群衆は一人の男の名前を口々に告げる始める。


「あの方しか居ない!」

「ロズベルト殿だ! ロズベルト殿を呼べぇー!」

「ロズベルト様を読んでぇ!私達の最後の希望よ!」


 ロズベルトという名前を群衆が叫び出し、次第にそれは音頭となって歓喜になる。


「「「「「ロズベルトッ!! ロズベルトッ!! ロズベルトッ!! ロズベルトッ!!」」」」」


 その言葉に答える様に、一人の赤髪の若い男が群衆をかき分けて正門の前に流れてくる。

 男の後ろには金髪の若い女性も見えた。

 正門が開かれ、彼ら二人を迎え入れ、そして閉じられる。

 トモエが群衆に向かって叫ぶ。


「これから会合が開かれるっ! 諸君らは自宅に帰るか、座して待つようにっ!」


 その言葉に群衆は歓喜に包まれた。



○○



 ソファーの向かいに座る若い男女。

 男の方は赤い短髪と赤い瞳が特徴の、いかにも熱血そうな顔立ちの青年だ。

 そんな彼が先に切り出した。


「おれはロズベルトだ。自分で言うのは何だが、行動できる男さ! よろしくな」


 そんな彼の言葉に肩を落とす、金髪の長いロングヘアが目立つ金色の目をした美女。


「何言っているのよ。私はマーシャ、よろしくね?」


 彼らの自己紹介が終わり、私も返す。


「メルナ・リフレシアです。覚えていただけると嬉しいわ」


 一口紅茶を啜り、本題の話を彼らに聞く。


「それで、なぜ群衆を私の屋敷にけしかけたのかしら? 言いたい事があるなら、あなた方が来てくださればお迎えいたしましたのに」


 私の問いに、ロズベルトは申し訳なさそうにする。

 おや、その反応は意外だ。

 てっきり、この男が群衆を仕向けたと思っていたが。

 ロズベルトが答える。


「ああ、それはすまねぇ。議会庁舎で抗議しようと有志を募ったら、皆がヒートアップして抑えられなくなってな。議会庁舎で喧嘩になった後、この町の領主様の話も出てきてしまったんだ。」


 そんなロズベルトに、横のマーシャが声を荒げて怒りの言葉を放つ。


「ほんとよ! なんであの時に止めなかったのよロズベルト! 私は暮らしを良くしたいだけで、貴族様の襲撃を首謀した反逆者なんかにはなりたくないわよ!」

「いやだから、本当にすまなかったって」


 そう言って、申し訳なさそうにする二人。

 二人に確認を取る。


「確認ですが、わざと群衆を仕向けたわけじゃないのですね?」


 私の問いに、二人は答える。


「当たり前だ。俺は頭が悪いが、公爵家の屋敷に襲撃を企てる程、バカじゃないさ」

「ええ、こちらとしては申し訳なく思ってるわ。私としては、貴女とは波風を立てたくない」


 その答えに一安心だ。


「それはよかったわ」


 問題が一つ片付いたところで、次の問題に移る。

 正門に集まる彼らの不満について。

 

「ところで、あなたは抗議の為に議会庁舎に集結を呼び掛けたのよね」

「ああ、もう俺たちの生活は限界だ。町の外で作る小麦のパン以外が一切食べられない」


 私の始めた話題に、ロズベルトの瞳に熱が入る。


「食べ物だけじゃない。何もかもが手に入らないんだ。文房具に食器に洗剤、女性に至っては生理用品さえ手に入らない」


 彼は力こぶを作り、私に問う。


「なぜ権力者は何もしないんだ! このまま俺たちに死ねというのか!」

「落ち着きなさいよ! 相手は町の議員なんかじゃないわ! 公爵家のご令嬢様よ!?」

「あ…… すまん。つい……」


 マーシャがロズベルトをなだめている。

 にしても、書店の女店主であるオルソラの様子を見ていた限りは、まだ生活に余裕がありそうだったが、実際はそこまで限界だったのか。

 しかし、だからと言ってハイそうですか分かりましたと言える程の要件ではない事を、私は知っている。

 この情報を、彼らに渡すべきか……

 正門前を見る限り、民衆の感情は我慢の限界といった様子。

 

 よし……

 逆に考えよう。

 この二人を巻き込むと思えばいい。

 二人はカリスマがあり、そのカリスマで何とか民衆をなだめてもらう方針に行こう。

 物流問題は二人が思っている以上に深刻な原因だ。

 この原因を二人が受け入れられるか、そこも問題だが。

 まあとりあえず、目の前の二人に説明を始めようか。


「その物流が滞ている問題、あなた方が思っている以上に原因が深刻なのです」

「原因が深刻……? 議員の奴等は原因はまだわからないと言っていたぞ」

「ええ、そう言うでしょうね。統治というのは真実を言ってパニックを起こす事ではございませんので」

「あいつら全員、しっていたのか……? それで、なんなんだ。その原因って!」


 私に詰め寄るロズベルトをマーシャが引き離す。

 

「落ち着きなさいよ!? 何度も言うけど、このお方は公爵家のご令嬢様なのよ!? ……まあ、物流が滞っている理由を、貴女も議会の連中も知っていたってのは、ちょっと腑に落ちないけどね」


 マーシャは机の上の紅茶を飲み、一息ついてから言う。


「この話をするって事は、私達には理由を教えてくれるって事かしら?」

「ええ、そうね。そのつもりです」


 その言葉にロズベルトは食いついてきた。


「本当か!?」

「待ちなさ、ロズベルト」


 はやる気持ちのロズベルトに待ったをかけるマーシャ。

 何かを疑っている目だ。


「今まで議会の連中も、公爵令嬢様も口をつぐんでいた事を今からおっしゃるのよ。何を私達に期待しているのかしら?」


 なるほど、このマーシャという彼女、それなりに頭が回るようだ。

 見た限り、ロズベルトは真っ直ぐと言えば聞こえはいいが、腹の探り合いはめっぽう苦手そうだから、二人の関係を見る限り、今までそれを彼女が受け持ってきたという事か。


「ええ、あなたたちには群衆を抑えてもらおうと思いまして」

「群衆を抑える、ですって?」

「あなた達には一定のリーダーシップがあるようですので」


 無言になる二人。

 それに構う事なく、本題に入る。

 何かを言われる前に説明してしまった方が、何かと好都合だ。


「ところで、西門の少し遠くに密林がある事はご存じ?」


 私は、この話を彼らにした。



○○



 俺たちはリフレシア家の別荘を後にし、群衆には明日の夜に重要な話があると伝え、帰路を歩く。

 歩くために動かす自分の足が、なんだかいつもより重く感じる。

 公爵令嬢であるメルナ様の言葉が、いつまでも頭から離れてくれない。


『密林の奥、そこに強力な魔物が住み着いてしまったの。ちょうど数週間程前の事よ』


 その密林の奥に強力な魔物が住み着き、それから逃げる様にして弱い魔物が街道に押し寄せ、物流を妨害しているという話。

 強力な魔物は推定でもSSクラスはあると見込まれる程に強力で、町の衛兵などではどうにもできない。

 だからこそ、その魔物が去っていくのを祈りながら待つしかないという、絶望的に希望を感じない話だった。


「どうするかなぁ……」

「どうするって、どうにもならない話だったでしょ」

「そうなんだよなぁ……」


 横を歩くマーシャに肯定する。

 議会の腰抜けが、何とか政治判断したら解決できるような問題だと思っていた俺の中にポッカリと穴が開いた気分だ。

 マーシャも俺も、無言で歩く。

 しばらくすると、マーシャが口を開いた。


「しっかし、してやられたわね」

「なにが」

「あの話を聞かせた上で、あの公爵令嬢様は私達に群衆をまとめて落ち着かせろって、そう言っているのよ」

「……まじかぁ」


 そういう話だったのか。

 確かに、このままストレートに本当の事を言ってもパニックになるだけだ。

 あの胸糞悪い議会の判断は、正しかったのかぁ。

 


――――【あとがき】――――



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