第七話 『密林に居座る何者か』


 ぽかぽかと心地よい日差しに当たりながら昼食の時間までロマンス小説を読む。

 無精ひげを生やしたパッとしない男の主人公の元に、ものすごい美貌を持った独身の女性が隣に引っ越してくるという内容だ。

 いやはや内容も文体もやっていることも全部が前世の世界の平成中期ごろのラノベ全盛期といった感じの内容なのだ。

 だから読んでいる私は懐かしくてしょうがない。

 今はちょうど主人公が女性にラッキースケベをしているシーンで、女性の豊満な胸を鷲掴みしている。

 ふと、足音が聞こえ、ロマンス小説を読み進めていた手を止めた。


「お楽しみの所申し訳ありませんメルナ様。お客様がおいでです」

「え、来客? 私なんかに?」

「はい、お客様です」


 こんな私に来客とは、一体どんな人なのか。


「どういうお方が来てるの?」

「町長のロバートと申しております」

「町長のロバート…… 町の議長でもある人ね。客間に行くわ」


 椅子から立ち上がり、トモエについていく。

 長い屋敷の廊下を歩き、客間の前に来る。

 扉を開けた。

 客間は背の低いテーブルを真っ赤なソファーが囲い、そのソファーの奥で白髪の老齢の男性が座っている。

 身なりは、この町で出会った人の中では一段と綺麗な身なりをしていた。

 その老齢の男性は私に気が付き、ソファーから立ち上がる。


「おお、これはこれは、貴女がメルナ様ですかな?」

「ええ、メルナ・リフレシアです」

「おお、おお。なんと美しいご令嬢様なのでございましょう。ワシは、このゼレノガルスクで町長をしているロバートと申します。どうぞ、よろしく」

「ええ、よろしくお願いします」


 ロバートが居る向かいのソファーに座ると、ロバートも座った。

 メイド達が入ってきてお茶とお菓子を出す。

 そのお茶を一口啜り、ソーサーに置く。


「それで、ご用件は何ですか」

「療養中と聞いておりましたが、申し訳ない。どうしても、この町の議会ではどうにもならない問題に直面いたしてましてな。リフレシア家のお力をお借りできればと思い参上いたしました」


 そう言うとロバートは事の経緯を説明だした。

 この数週間、西門から帝都に続く街道で魔物の襲撃が多発しているとの事だ。

 原因を探るべく、議会の決定の元、この町で唯一のCランク冒険者に依頼を出し調査した所、西門から山側に向かった先で、何か協力な魔物が住み着いた可能性があるという。

 その魔物が居る場所の推定も終わっており、おそらく私が最初に冒険者としてホーンラビットの依頼を行った場所の先、あの密林の奥の山の裏に居るのではとの事だった。

 そこに強力な魔物が住み着き、弱い魔物が様々な場所に散り散りに逃げた結果、その一部が街道に出没しているそうだ。

 調査した推定によると、その魔物の強さはSSランク、一個師団の軍隊を使用して追い払えるレベルだとか。

 

 よかった、私から逃げていた魔物が悪さをしていたわけではなさそうだ。

 まさか私から逃げた魔物が街道で悪さをしていたのではと思っていたが、そうじゃなかったようで一安心だ。


「そこで、ですな。」

「うん?」

「リフレシア家、ひいては帝国の援助が欲しいのであります。具体的には兵力ですな。どうにか、その強い魔物を追い払えたらと思う次第でして」

「うーん、なるほど」


 ロバート、いや町の議会からしたら、藁にも縋る思いで私の屋敷に来たのだろうが……

 残念ながら、私は実家を追い出される形で、この屋敷に来たのだ。

 何か権力を動かせる程の力は無く、正直ロバートには申し訳なさしかない。


「ごめんなさい、私はただの公爵令嬢です。私の一存で私兵を動かしたり、帝国議会に陳情を申し出る権限はありません」

「……そう、でございますか」

「一応、お父様にはお手紙を出しておきます。私にできる事は、このぐらいしか……」

「いえ、それだけでも十分でございます」



○○



 一通りロマンス小説を読み終え、暇なので商店街の書店にまた来てしまった。

 女店主のオルソラは呆れた表情だ。


「あんた、そんなに暇なのかい? まあ、私も普段から客が少ない書店なんてやってるもんだから、暇を持て余してるから良いんだけどさ。あんた一応は貴族様だろう?」

「そうですね。こう見えて公爵令嬢ですよ」

「こ、こうしゃく!? あんた、そんな偉いお方だったのかい……」

「療養としてこの町に来たんですが、まあ暇ですからね。体を動かして本を読む。これぐらいですよ」

「……そうかい」


 そう言うと、オルソラは黙り込む。

 ふむ、面白そうなロマンス小説は無いかなぁ。

 本を探していると、オルソラが独り言をこぼした。


「……にしても、最近ほんと不便ねぇ」

「何がです?」

「え!? ……ああ、いや。全然荷物が届かなくてねぇ。本の在庫どころか、日用品も買えやしないのさ」

「に、日用品も?」


 聞かれるとは思っていなかったのか、少し驚いた様子で答えたオルソラ。

 庶民が日用品も買えないとは、それほどにも物流が滞っているのか。

 なんとかしてあげたいが、私はただの公爵令嬢。

 何かできる立場では無い。


「早く強力な魔物が何処かに行ってくれれば良いですけどねぇ」

「強力な魔物? なんだいそれ」

「へ? いや、強力な魔物ですよ。密林の奥地に居座っているっていう。それから逃げた魔物が街道に居るって話じゃないですか」

「初めて聞いたよ。なんだい、あんたこの物流不足の原因を知っていたってのかい」

「むしろ私は皆さん知っているものだと思っていたのですが」

「初耳さね……」


 心底驚いた様子のオルソラ。

 まずい、まさか機密情報だったか?

 町長は何も言わなかったが、これ漏らして大丈夫なのだろうか。

 すぐに口止めしないと。


「あぁー…… もしかすると機密情報だったかも。今の言葉、忘れてくれませんか?」

「そ、そうかい…… 聞かなかった事にするよ」

「本当、今は町の議会しか知らない情報かもしれないから、本当に忘れてください……!」

「わ、わかったさね」


 うんうん、オルソラの様子を見るかぎり、守ってくれそうで安心だ。

 それはそうと、この『森のニーナ ~森に生まれて十四年、皇太子さまに見初められて初めて森を出る~』ってロマンス小説、なかなかに『なろう系』を感じさせるタイトルじゃないか。

 他には『俺の嫁になれと壁ドンされ、秒で堕ちる私の恋物語』とか、なにそれって感じの小説が多い。

 流行ってるのかな。


「タイトル長いですね」

「ここ数年のトレンドさね。なんか長いタイトルのロマンス小説が増えてきたのさ。しかも、売り上げがすごい伸びたとかで、小説作家はみんな長いタイトルをつけるんだとさ」

「へぇー」


 まあ、タイトルで小説の中身が分かったほうが読者が増えるってのは、前世の世界の『なろう系』で証明されてるからね。

 にしても、懐かしい感じがするなぁ、この感じのタイトル。

 なつかしさに惹かれて、五冊程のロマンス小説を手に取り、会計に出す。


「これでお願いします」

「はいよっ」


 オルソラが店のカウンターに計算機魔道具のを出し、鍵盤をたたく。


「しめて三千八百ゴールドさね」


 財布を開ける。

 中に入ってるのは小金貨沢山に大金貨が数枚……

 う、うぅーんっ。

 まあ、オルソラは優しいから、この美少女の泣き顔を見たら許してくれる!


「あ、あのっ……」

「な、なんだい。そんな涙目になって……」

「小金貨でゆるしてくれますかぁ……?」

「……」


 無言になるオルソラ。

 漫勉の笑みを作り爽やかに私に言ってきた。


「店の中から五十冊は見繕いな、お嬢様。そんなの許されるわけねぇだろ…… 買った本は郵送で送り届けて差し上げますよ、お貴族様?」

「ぐすん」


 言われるがまま店の中からロマンス小説をかき集めた。


「届け先は、あのリフレシア家の別荘とやらでいいんだね?」

「あ、はい」



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