第六話 『巨大化スキルは誤認だった』


 ホーンラビット捕獲クエストから数日が経った。

 今日も今日とて行きつけとなった商店街の本屋にて、女店主のオルソラと世間話をしている。

 オルソラは本の入荷がここ数週間で滞りがちになっている事を嘆いていた。


「聞いてくれなよメルナ様ぁ。ここ数日ったら全く入荷依頼を出した本が帝都から届いてこないんだよ」

「本が届かない、ですか?」

「そうなのさ! 贔屓にしてもらってる帝都の商会に手紙を出しても、その手紙自体が滞りがちでねぇ。なんでも、ここ数週間の内に西側の帝都に向かう道で魔物が出る事が多くなってしまったらしいのさ」


 オルソラ曰く、その商会に手紙を出すも商会の返答曰く、オルソラが出した手紙自体が届かない事も少なくないようで、商会から来月の事務手数料に上乗せする形で護衛を雇う金額も請求されてしまうらしい。

 今までは小規模での注文をしていたが、今度からは複数纏まった注文を余儀なくされるそうだ。


「まったく商売あがったりだよ」

「それは大変ですね……」


 そんなオルソラに同情の言葉を投げかける。

 

「それはそうと、今日は何を買ってくれるのさ」

「今日は冒険者関係の本を買おうと思ってね」


 オルソラの問いに答える。

 あのホーンラビット捕獲から更に数回依頼をこなして思ったのだ。

 私、魔法の使い方を忘れてるじゃない、と。

 貴族の娘として、多少の剣術と魔法の扱い方を習いはしたが、その殆どを忘れてしまっていた。

 なので魔法について基礎を勉強しなおそうと思った次第だ。

 冒険者関係の本を買うと聞いたオルソラは驚いた様子で言う。


「珍しいじゃないか。あんたがそんな勉強熱心な本を読むなんて。私ったら、メルナ様はロマンス小説しか読まない可憐なお嬢さんだと思っていたさね!」

「もう、オルソラさんったら、私は趣味といえど冒険者ギルドで依頼も受けてるのですよ」

「そうだったね!」


 そんな会話をしながら、冒険者用の本棚を見る。

 様々な本があり、魔法の入門書を謳う『ゴブリンでもわかる魔法のススメ』や剣術の実践的な立ち回りのエッセイ『踏み込む前に頭を使え ~剣士の為の一歩抜き出る思考術~』など、さまざまな実用書が並んでいる。

 買い物かごに『ゴブリンでもわかる魔法のススメ』を入れ、その近くにあった『魔物対策の三箇条 ~これさえ読めば危機管理の達人に~』も入れる。

 まあ私は剣をやり込む気は無いので『踏み込む前に頭を使え ~剣士の為の一歩抜き出る思考術~』はいらないか。


「ん?」


 その横にある本に目が留まった。


「『あなたの才能の使い方 ~あなたのスキルの百パーセント発動術~』ね」

「その本はオススメさね。こんな町の冒険者でも、それを読んだ途端にCランクまで登りつめた奴を何人も見てきているイチオシの本さ」

「すごい本じゃないですか」


 この本も籠の中に入れ、会計する。

 オルソラが計算機魔道具の鍵盤を叩いた。


「しめて全部で七千五百ゴールドさね」


 財布を取り出し中を確認する。

 大金貨が数枚に小金貨が沢山、そして大銀貨少々か。

 ……うん、ここは美少女の特権を使おう。

 上目遣いで言えば許してくれる。


「あの、大銀貨で許してくれますか……」

「はぁ…… そんな泣き落としが私に通用するわけないさね。ちゃっちゃと二十冊ぐらい店の中から見繕いな」


 言われるがまま店の中からロマンス小説をかき集めた。



○○



 屋敷に帰り中庭でティータイムを楽しみながら、先ほど買った本を確認する。

 まず手に取ったのは『ゴブリンでもわかる魔法のススメ』という、いかにもホンマかと言いたくなるタイトルの魔法の入門書。

 さらっと導入を読む限り、確かに初心者にわかりやすく伝えようという作者の心意気は感じられる。

 だが……


「専門用語が多すぎるし、その専門用語の説明すら無いって、どういう事?」


 貴族として魔法のイロハを学んだ私としては、この入門書は興味深く読める内容だったが、普通の出だしの冒険者には何の役にも立たない事は想像が容易い。

 やっぱり指南書で、こういうコテコテなタイトルをつける作者というのは、どこか硬い頭をしているのだろう。


 これは後で読むと決め、次は『魔物対策の三箇条 ~これさえ読めば危機管理の達人に~』を開ける。

 軽く見た感じ、飛行タイプの魔物は遠距離攻撃魔法を主体に使ってくるとか、海中にいる魔物は風魔法を使ってくるといった感じで、大雑把ではあるが大変興味深い内容の本だ。

 これを冒険者が読めば、戦った事が無い相手でも最低限の相手の攻撃予測が付くだろう。

 実用性がある、本当に価値のある本のようだ。

 まあ、私にかかれば大体の魔物なんて一踏みで決着だけど。

 そんなわけで、これも後で読むとして……

 

「今日のメインは、こちらになりまーす! ってね」


 手に取った本のタイトルは『あなたの才能の使い方 ~あなたのスキルの百パーセント発動術~』という、スキルについて書かれた指南書。

 私のスキルである巨大化は、いままで感覚で使ってきた。

 それを更に効率ある使い方ができるなら、まずはこの『あなたの才能の使い方 ~あなたのスキルの百パーセント発動術~』を読むべきだろう。

 

 本を開ける。

 出だしから驚くべき事が書かれていた。


「はぁ?『まず、スキルは明確に使う事を宣言し、体中の魔力を活性化しなければ使用できません。最初の章ではスキルを使用する為の基礎的な起動方法をお教えします』? いやいや、意味わからん。巨大化は感覚で使えてるよ」


 読み進めると、この疑問の答えさえ先に書いてあった。


「『もしあなたが特別な能力を使える種族なら、今の能力を第二のスキルだと感じるでしょう。しかし、種族の能力とスキルは別物です。もし、特殊な能力を感覚的に使用しているなら、それはあなたのスキルとは全く異なるもので、同じ感覚ではスキルは使えません』 ……え? じゃあ今まで使ってた巨大化は何だったの?」


 読み進めると、私が今まで使っていた巨大化だと思っていたスキルは、どうやら私の種族である巨神族としての特殊能力らしい。

 本の中で分類されている種類を当てはめると、私の特殊能力の概要も見えてきた。

 この本の中で擬態タイプと言われる『人間に擬態できる能力』というのが私の特殊能力の本質らしく、この本の今まで読んだ内容をまとめると、驚くべき事実がそこにあった。


「この本の内容が本当なら、巨大な姿こそが本来の私の姿って事になっちゃわない?」


 あの巨大な時が本来の私なら、今の小さな私は偽の姿という事になる。

 この本の中で明確に『力を開放するイメージで変化する姿こそがあなたの種族としての本来の姿です』と書かれている文章に、少しめまいを覚える。

 あの大きさが本来の姿だというなら、確かに私は御伽噺の巨神族なのかもと、自分を疑うよ。

 もし御伽噺のように本来の姿でしか暮らせないのなら、確かに世界の一つは奴隷にしたくなるほどには退屈で暴れる事しかやることが無かったかもしれない。

 てっきり、今まで使っていた能力が巨大化のスキルだと思って――


「いや、まって。ということは、私の種族としての能力とは別口で、更に巨大化するスキルがあるって事?」


 信じられない。

 いまでさえ大きすぎるぐらいなのに、更に巨大になれるのかもしれない。

 巨神族は御伽噺で世界を奴隷にできるほどの力を持った存在として描かれていた。

 そんな巨神族が更に巨大になるって、それ本当に?

 あの日、スキルを受ける瞬間に現れた謎の男の言葉が頭に過る。 


『お前、これで世界を搔き乱せ。この世界は安定しすぎていて、つまらん』


 その記憶の言葉が私の頭の中で反響する。

 

「もう!」


 頭を振って思考を振り払い、本の内容に意識を戻す。

 今はスキルの使用方法を知る必要がある。



○○



 大方この本を読み終え、テーブルに本を置き椅子から立ち上がって庭の中央に移動する。

 深呼吸で心をおちつかす。

 この本の中で大事な内容は全部頭の中に叩き込んである。

 体中に魔力を巡らせ、頭の中にスキル名を思い浮かべた。

 あとは、そのスキル名を口に出すだけだ。

 深呼吸、深呼吸。


「すぅー…… はぁー…… よしっ! 『巨大k――!?」


 寸前で止めた。

 額から汗がにじみ出る。

 スキルを使用する寸前、どうしようもない不安が私の体を襲った。

 まるで、体と頭が「思いとどまれ」と言っているかのようだった。

 テーブルに駆け寄り、急いで本の中を開ける。

 この現象について書いてあるページがあったはずだ。


「どれどれ…… ! これだ! 『スキル使用の際、もし不安や吐き気に襲われる場合、注意する必要がある。不安や吐き気を感じる場合は、何かしらのデメリットがあるからだ』……?」


 本を読む限り、先程の不安が襲ってきた事を考えると、あのまま使用していたら大きなデメリットが付与されていた可能性があったようだ。

 あぶなかった。

 どうにか留まれた事は幸運だった。

 あのまま使用していたら、どうなったのかはわからないが、よくない事が起きるのだけは体が感じ取っていた。

 心を落ち着かせるために、ぬるくなった紅茶を啜る。

 一息ついて椅子に座り、空を見た。

 いつの間にか日が落ち始める時間になっていたようだ。


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