第四話 『まさかの人間じゃなかった件』


 本屋を後にし、話に聞いた冒険者ギルドに向かおうと、商店街を出て西門に向かって大通りを進む。

 しばらく歩いていると町の中心地である、老人達が集い憩いの場になっている噴水広場に出た。

 この町で唯一の観光場所とも言える、この噴水広場は、まだ行政上で農村だった頃に将来的に大きな町に変貌する事を期待して、行政上で農村から町に格上げが決定した際に作られた記念公園だ。

 その昔は沢山の人で賑わいを見せていたようだが、今となっては生い先短い老人しかいない。


「これが栄枯盛衰ってやつなのかな」


 ついつい素の口調が出てしまった。

 私の横にいる付き添いのメイドを見る。

 メイドは「ああ、またか」といった表情をしていた。

 そう言えば、実家の屋敷でも『たまに変な言葉を口走る令嬢』だと思われていたっけ。


 噴水広場を抜け、西門の近くまで来た。

 この町で二つしかない町の出入口にも関わらず、本当に人の出入りは少ない。

 そんな人の出入りが少ない町だからこそ、その西門の左側にある比較的大きな建物、冒険者ギルドも人の出入りは少なかった。

 近くまで来たが、この町では結構な大きさになる建物だ。

 木造で作られた建物は、年季を感じる程には色あせている。

 これでも築二十年ほどしかたっていないのだとか。

 壊れにくい建物に建て替えるよりも、木造で作っては傷んだ場所を修繕し、限界が来たら新築したほうが安上がりだという。

 中世風のナーロッパのくせに、よくわからん建築技術だ。


 入り口に扉は無い。

 中に見えるのはカウンターと受付嬢の人たち、それとテーブル席かな。

 建物に入る。

 カウンターに居る受付嬢は暇そうに同僚の人たちと会話を楽しんでいる様だ。

 見渡しても剣や弓を持った人は、ちらほらとしか見ない。

 それよりも数が多いのは老人に老人に老人。

 みんな安酒を求める老人達。

 なろう小説でよく見るガラの悪そうな冒険者連中など、どこにも居ない。

 まったくもって、この町は平穏そのものだよ。


 カウンターに向かったが、先客が居た。

 腰まで伸ばした金髪が特徴的な青い瞳をした若く美しい受付嬢に絡むヨロヨロで掠れた声の老人。


「ミフィリアちゃんや。この町になれたようで、わしゃあ嬉しいよ。ミフィリアちゃんを見るとな、わしの若いころのばぁさんを思い出すんじゃあ」

「あらあら、奥様に似ているとは光栄です」

「さよかぁ。わしゃあ幸せ者じゃあ。エルフのミフィリアちゃんが町に来てくれたおかげで、ずっと若い頃を思い出しながら逝けるからのぉ」


 そんな会話が聞こえてきた。

 あの受付嬢、エルフなのか。

 確かに耳が尖っている。

 本物のエルフは初めて見たなぁ。

 私を見るや、前の老人はカウンターから立ち退く。


「ほっほっ、仕事が来たようじゃよー」


 老人はミフィリアと呼んだ女性に言うと、ヨロヨロとした足取りでテーブル席に向かって行った。

 足取り、危ないなぁ。

 受付嬢の前に行く。

 まずは挨拶からかな。


「こんにちは」

「あら、こんにちは。驚いたわ、まさかこんな所で同じ長命種の方と出会えるなんて」 

「ん? 長命種?」


 そんなことを突然言うエルフの受付嬢。

 不思議な事を言う人だ。

 まるで、私が人間じゃないみたいな言い方じゃないか。


「私、生まれも育ちも人間の両親ですよ」

「ご謙遜を。そのあふれ出る生命力と隠しもしていない高貴な霊格、エルフから見たら一目でわかりますよ」

「んん?」


 さも当然と言わんばかりに同族を見る目の受付嬢。

 彼女の言っている意味が分からない。

 私は確かに人間の両親に生まれ、人間に育てられた筈だ。

 私の様子を見て、本当に言っている事を理解していないと分かったのか、彼女は呆れ顔で言ってくる。


「今まで本当に知らなかったのですね……。まあ、よかったじゃないですか、今知れて。これから数年したら成長が止まってしまう筈なので、そうなったら大騒ぎでしたよ」

「成長が止まる?」

「長命種の定めです。一番生命力が強い時で成長が止まるのです」


 そうなのか、だからエルフなどの長命種というのは一番体が美しい姿を保つのか。

 彼女は言う。

 

「私、この町に配属されたエルフのミフィリアと言います。見た感じ、冒険者登録に来たのですよね?」

「ええ、そうですね」

「なら、機械で鑑定の後、ギルドカードが発行されます。その時に自身の種族もわかると思いますよ」


 私としては、ただ冒険者登録をしに来ただけ。

 それが、まさかの私の種族が人間じゃないという話が出るなんて思いもしなかった。

 確かに思い返せば変な事が多かったのも事実だ。

 明らかに両親の妹との待遇が違ったり、実家のメイド長をはじめ、実家の屋敷に長い事居たメイドや執事は私への対応が悪かった。

 いやでも、まさかそんな。


 混乱する私を気にする様子もなく、ミフィリアは仕事に取り掛かる。

 部屋の奥から持ってきたそれは、中央に大きな水晶玉が付いた魔法陣が書かれた何かの装置らしき置物だった。

 ミフィリアは「よいしょ」と装置をカウンターの上に置く。


「この水晶を触ってください」

「う、うん」


 普段隠している素の状態の生返事がつい出てしまう私に、ミフィリアは少し笑う。


「ふふっ、リラックスしてください。別に痛みなどは無い…… 筈です」


 そこは言い切ってほしかった。

 中央の水晶に手を当てる。

 水晶が光り、その水晶から様々な魔法陣の線に光が伝わっていく。

 やがてすべての線が光り、まばゆい閃光を放ち、しばらくすると、水晶は光を失った。

 ミフィリアが装置の下部から板状の何かを取り出す。


「……はい、完了です。結果はですねぇ……」

「う、うん。 ……あ、ええ!」


 緊張のあまり素の生返事をしてしまい、慌てて取り繕う。

 そんな私に気が付かない様子のミフィリア。

 どうしたのだろう。

 しばらく信じられないといった表情で板を眺めていたミフィリアだったが、ふと私の顔を見たと思えば慌てた様子で平静を取り戻す。

 

「あ、ああぁ…… 遅くなってごめんなさい。あなたの種族ね、巨神族ですって。やっぱり人間ではなかったですよ」

「……巨神族? 巨神族って、あの世界の全てを奴隷にして暗黒の時代を築き上げるっていう、あの御伽噺の巨神族?」

「その巨神族かはわからないけど、少なくとも貴女の種族は巨神族ですよ」


 むかしむかしのそのむかし、美しくも巨大な姫が世界に降り立ちました、から始まる、この世界の有名な御伽噺。

 どんな勇者もどんな賢者も、簡単に一踏みで踏み潰し、最後は世界の全てを手に入れ全世界を奴隷にする物語。

 貴族の幼児教育では、この物語を使って、自分ではどうにもできない立場の違いがある事を教え込むために使われる童話だった。

 私も公爵令嬢として、もれなくこの童話をつかって立場をわきまえる事の大事さを教育係の伯爵家の婦人に叩き込まれたものだ。

 にしても、私が巨神族かぁ。

 私が本気を出せば、世界を奴隷にすることもできなくはない…… なんて驕り高ぶるには精神年齢が高すぎる。

 正直、こんなパッとしない私が世界を牛耳って奴隷にしてる姿が想像つかない。


「まあ、こんな私が世界を暗黒時代にーなんて、おこがましすぎるわ」

「ふふふっ、巨神族が立場をわきまえるなんて、新しい皮肉が誕生した瞬間ですね」

「そうね」


 そんなどうでもいい事を言いながら、ミフィリアは冒険者登録の続きを行っていく。

 それにしても私、人間じゃなかったのか。

 ここ最近で一番の驚きだ。


 

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