第三話 『千二百ゴールドの買い物で五万ゴールドの貨幣を出す輩』


 心地いい日の光が降り注ぐ午後前、私たちはついにリフレシア家の別荘がある町に到着した。

 門番を行う衛兵は、まるで犯罪者なんて入ってこないと思っていそうな程には形式的な町の検問手続きを行っている。

 それもそうだ。

 ここはゼレノガルスク。

 農村地区が発展して出来た町で、農地はあれど特産といった物は無く、観光すべき場所も無い程には何も無い。

 ゼレノガルスクには強盗や泥棒などの犯罪者さえ寄り付かない程、何もない事で有名な町でもあった。


 前方の散歩に出かけていたであろう老人の検問手続きが終わり、こちらの番が回ってきた。

 見慣れぬ貴族の馬車に驚きを隠せない様子の門番に、前方の騎士達が手紙を渡す。

 受け取った手紙は階級が高そうな衛兵に手渡され、その衛兵手紙の中身を読んでいる。

 内容は定かではないが、こちらがリフレシア家の馬車の車列だと理解した様子で、駆け足で私の元に来た。


「これはこれは!リフレシア家のご長女様であせられますか!」

「はい、メルナ・リフレシアです」

「さようでございますか!療養との事でございますね!我らの町ゼレノガルスクでどうぞお休みください!まあ、さして何もない町でございますがな!はっはっはっは!」


 衛兵はそういうと軽い荷物検査も無しに、そのまま通してしまう。

 私が貴族だからいった感じでもなく、最初からそんな検査はありませんといった様子だ。

 検問から町の中を進んでいく。

 町の様子は活気とは無縁の、寂れているのに皆が顔見知りといった、田舎特有のどこか和気あいあいとした雰囲気を醸し出していた。

 

 しばらく街中の風景を楽しんでいると、目的の屋敷が見えてきた。

 実家の屋敷とは比べ物にならない程小さいが、なかなか綺麗じゃないかな。

 門番の衛兵曰く、最低限の掃除やメンテナンスは行われているらしく、少しの掃除で今すぐにでも使える様態との事だ。

 楽しみじゃないか。

 

 屋敷の入り口に馬車が止まると、メイドの手でタラップが置かれ、お手を出してくる。

 メイドの手を握り、タラップに足を降ろした。

 心なしかメイドは手を握る私を怖がっている様子だ。

 まあ、昨日の大虐殺を見れば誰でも怖がるよね。

 彼女に安心感を与えようと笑顔で「ありがとう」と伝えるが、それを聞いた当人はテキパキとタラップを片付け逃げる様に私の元を去ってしまった。

 よほど怖がられているみたいだ。

 私の印象改善は、結構急務かも。


 屋敷の中に入ると少し埃っぽい空気を感じるも、玄関ホールは比較的綺麗だった。

 ステンドグラスも窓も割れていないし、朽ちた場所もない。

 これなら私は快適に過ごせそうだ。

 メイドの一人が屋敷の見取図を片手にこちらにやってくる。

 

「メルナ様、こちらでございます。この屋敷の寝室へとご案内いたします」


 そういうと私の前を先導し始めた。

 長い廊下を歩き、ついた先は小奇麗な扉だった。


「こちらが寝室の筈です」


 そういってメイドは扉を開く。

 扉の先は、実家の部屋と負けないぐらいの寝室がそこにあった。

 

「うん、綺麗じゃない。気に入ったわ」


 私の言葉に少し肩をなで下ろすメイド。


「軽く掃除を終えたら私たちは屋敷全体の掃除に入ります。それまでこちらの部屋で休憩していてください。」


 そう言うと同時に、他のメイド達が後ろから入ってくる。

 メイド達はすぐに仕事をこなし始め、数分もかからない内に仕事を終えてしまう。

 出ていくメイド達を見送り、私は一人、窓際のテーブルの椅子に腰かけながら、窓から見える街並みを眺めるのだった。



○○

 

 

 新しい我が家となったこの屋敷に来てから数日。

 毎日を漠然と過ごし、早くもニート生活に飽き始めていた。

 朝起きては朝食を食べ、軽い運動を行ってからスキルを試し、そうこうしている内に日が暮れて就寝する毎日は、飽きて当然と言える日々だった。

 今日の朝食を食べ、さて今日の大きな仕事は終わったわと言わんばかりに私の元を去ろうとするメイドの一人を捕まえる。

 私に呼ばれ、突然の事に驚くメイド。

 そんな彼女など構わずに私は今日のやりたい事を伝える。


「ねぇ、今日は町へ散歩に出かけたいの」

「散歩、ですか?」

「そうよ」


 少し驚くメイドに構わず肯定する。

 私を置いてメイド長を呼びに行く彼女。

 しばらくすると、この屋敷のメイド長となった黒髪黒目ショートボブなメイド姿の美少女がやってきた。

 彼女は確か、トモエといったはずだ。


「お呼びでしょうか」

「うん、町へ散歩に出かけたいの。どうせこの屋敷にいても暇だし、外の景色を見てきたくて」

「左様ですか」


 どうせ屋敷に居てもやることも無いし、幸いにも貴族を襲撃しようと思う輩も少なそうな町でもある。

 そんなこんなで、外出する事になった。

 付き添いのメイド一人を連れて、町へ向かう事に。

 カジュアルなワンピースを着て、屋敷の外に出る。

 ぽかぽかとした日の光を降り注ぐ太陽を眺めた。

 今日の天気は良さそうだ。


 屋敷からしばらく歩き、大通りを歩いていると商店街に出る。

 それなりに身なりの良い恰好をしているにも関わらず、先ほどからスリや手荒な輩の一人も出てこない所が、この町らしさだと思う。

 とりあえず、この商店街唯一の本屋にでも入る。

 扉のベルが鳴り、奥から快活な女性が出てきた。

 

「いらっしゃーい。……って、だれかと思えば噂の貴族様じゃないかぁ!」

「はい!先日この町に来たメルナ・リフレシアです」

「あたしゃオルソラさ!」


 快活な店の女店主、オルソラに笑顔で答える。

 私の様子を見て嬉しそうに答えてきた。


「んまぁー!貴族様が来たと聞いてどんな人かと思っていたけど、こんな可愛いく礼儀正しいお嬢さんだったなんてねぇ!」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「貴族様って事は、何か難しい本をお探しかな?生憎、この町に学者先生方の著書なんて何も入って来はせんえぇ!」

「まあ、そうでしょうね」


 彼女の言うことは最もだ。

 こんな何も無い町に学術などの本が入ってくる訳もない。

 私は軽く店の中を見渡し、一つの棚を見つけた。


「魔法書を取り扱っているんですね」

「ああさ!一応は町の近くに魔物が出る森があるからね。数少ない冒険者達が買っていくのさ」

「冒険者って事は、冒険者ギルドもあるのですか?」

「ああね。こんな町に意外でしょ?」

「ええ。意外です」

「正直な事はいいことさね!」


 そう言ってケラケラ笑う女店主オルソラ。

 いい事を聞いた。

 この町にも冒険者ギルドはあるのか。

 なら、冒険者登録をして暇つぶしに軽い魔物討伐とかも楽しそうだ。

 次に行くべき場所を決め、書店の中の一冊を手に取る。

 この世界で有名な作家が書いたロマンス小説だ。


「これにします」

「はいどぉもぉ!千二百ゴールドだよ!金貨なんて出さないでね。そんな大金のお釣りなんて持ってないからねぇ!」


 そうオルソラに言われ、私は小銭を確認する。

 大金貨が五枚に小金貨が十枚、それに大銀貨が十枚。


「あの」

「ん? なんだい」

「大銀貨で許してくれますか……?」


 呆れ顔のオルソラ。


「はぁ……。さすがは貴族様だね。そんな小銭の数、無いに決まっているさね。ちゃっちゃと二十冊ほど追加で店の中から見繕いな」


 言われるがまま店の中からロマンス小説をかき集めた。




 

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