第二話 『不要な奴等の左遷道中』
サスペンションの効いた馬車の中、どこまでも続く草原とパステルカラーの青空を見渡しながら、辺境の町に思いを馳せる。
これで晴れて私は自由のニート生活だ。
昨日、満足の行くお礼参りができた私は何事も無かった様に屋敷に戻り、次の日を迎えて朝早くに家族から叩き起こされ準備もままならぬ内に馬車に乗せられ、今に至る。
「にしても、あのメイド長の必死さと来たら。失礼ながら笑ってしまうわ」
あの出来事を間近で見ていたメイド長は深夜の街中を走る馬車の中、私に頭を下げ泣きながら「我が主人たちの無礼は私が謝りますゆえ!」だとか「卒そのお力をご主人方に向けないでくださいまし!」と自分の主人の為に命乞いをした。
私の家族、あんなのでも思ってくれる人は居るんだねぇと感心しかない。
それにしても、あの威厳しかなかったようなメイド長の泣き顔が、私の心の何処かにチクリと刺さる。
この感覚、なんなんだろう。
まあ今更考えても仕方ないんだけどね。
なぜなら、この馬車の車列にはメイド長は居ないのだから。
私の乗る馬車を含め、三台の馬車が草原を走る。
前方に才能が乏しい騎士が乗る護衛の馬車、中央に私の馬車、そして後方に付き添いとは名ばかりの左遷に近い扱いのメイドたちが乗る馬車。
皆が皆、リフレシア家から邪魔者扱いされた者たちだ。
護衛の騎士は一応は戦えるが、正直山賊相手にどれだけ戦えるのか疑問符が付くぐらいの実力で、もし本当に山賊が出たのなら、まともに相手にできるのは私ぐらいしかいない。
メイド達は当然戦える筈もなく、この中でまともに戦力になるのは護衛される身の私自身とは、なんか皮肉だ。
そんな漠然とした不安を抱えながらも馬車は進んでいく。
次第に日は暮れ、夜が来た。
馬車一行は野営の準備をしている。
緊張した面持ちの騎士達の声が聞こえる。
「周囲には警戒しろよ。俺たちは実戦経験も無いが、今戦えるのは俺らしかいない」
「わかってるって……」
「僕ら本当に町につけるのかなぁ」
そんな頼りない会話を聞き、不安そうな表情のメイド達。
頼みの綱の騎士達が、この様子では心配になるのも当然か。
焚き木で暖をとりながら、メイド達が作ってくれた夕飯をのスープを飲む。
うん、薄味だな。
――ガサッ
うん?
近くの林の中から音が聞こえた。
「だ、だれだ!?」
騎士の一人が声を荒げる。
メイド達は散り散りになって馬車の中に隠れ、私も馬車の中に入る。
騎士の一人が警戒しながら林に近づくと、飛ぶ一本の矢。
「敵襲!」
その言葉を皮切りに、林の中から多数のならず者が出てきた。
うわぁ、ならず者って、本当に見た目からならず者なんだね。
相手はざっと二十人以上。
こちらの騎士は十人にも満たない数だ。
それからの展開は早かった。
果敢に騎士達が挑むもすぐに返り討ち。
彼らがピンチになれば駆けつけようと思っていたが、そんな暇もなく翻弄されては殺される事も無く捕まってしまった。
皆、殺されなかった事は幸いだが、殺す必要もない程に弱かったという事でもある。
悔しそうに、申し訳なさそうに悪態をつくしかできない騎士達。
そろそろ、私も出ようか。
○○
ならず者に捕縛され身動きが取れないでいる騎士達。
彼らは騎士団内でも指折りの無能達だと揶揄されて生きてきた。
「くそっ」
「あんちゃん、どんだけ弱ぇんだよ」
悪態をつく騎士達に呆れた声をかける、ならず者の一人。
一応の訓練を受けている筈が、こんな素人のならず者達に捕まってしまう程の自分の実力に悔しさを滲ませている。
彼らを余所に、ならず者達は舌なめずりをしながら騎士たちが乗っていた馬車の後ろ、彼らが守りたかった者たちに近づく。
後方の馬車からは若い女の悲鳴が聞こえてきた。
どうやらあそこには貴族様付きのメイド達が乗っているようだ。
つまり中央の馬車こそが、この襲撃一番のごちそうだという事を、ならず者達の誰もが理解した。
この襲撃を依頼した者曰く、美男美女揃いの家系の貴族様の娘が乗っているとの言葉が頭の奥で囁いている。
一歩、また一歩と、貴族の娘が乗る馬車に近づいていくならず者達。
その時、不意にキィ…… と、馬車の扉が開く。
静けさに包まれるこの世界を破ったのは、意外な事に貴族の娘の馬車からだった。
馬車から出てきた美少女、メルナの容姿をみて呆然とするならず者達。
ウェーブのかかった桃色のロングヘアの美少女。
その桃色の瞳は宝石の様に輝いていた。
幼少期に見た絵本の中から出てきたような美しさの姿に誰もが息を呑む。
「手荒な真似は、あんまり好きじゃないんだけどね」
そう言うとメルナは、力を蓄える様に前かがみになる。
何かをしてくる。
そう理解したならず者達は武器を構えるが、次の瞬間、驚きのあまり武器を落としてしまっていた。
目の前の美少女が、巨人になっていく。
その美しい姿そのままに、気が付けば家よりも遥かに大きな存在になっていた。
ハイヒールから伸びる美しい脚、白い純白の下着を見せつけるかの様に仁王立ちするメルナ。
メルナは腰に手を当てると、その足に履いた大きなハイヒールを持ち上げ、ならず者達の頭上に持っていき、彼らをまとめて踏み抜いた。
ズドォォォオン! ブチッブチュ!
ならず者達が五人は死んだ。
巨大な美少女が仲間を踏み潰した。
それを理解できた途端、彼らは本能の赴くままに逃走しだす。
一秒も早く、この巨大な美少女から逃げなくては。
彼らは走る。
しかし、どれだけ走ろうが、メルナからみたら一歩もかからない距離だった。
ズドォォォオン! グチャッブチブチッ!
ズドォォォオン! ブチブチブチッ!
メルナが踏み抜くごとに巨大な足跡と沢山の圧縮された物言わぬ屍を作る。
また一歩、また一歩と彼らを踏み抜いては足跡を刻む。
『最後は貴方ね』
大きな声が響き渡る。
とうとう残るは一人になった。
メルナは、その巨体で地面にしゃがみ、最後のならず者を掴む。
自身の体の何倍も太い指に捕まれ、何もできない、最後の生き残り。
彼を顔の高さまで持ってきたメルナは、その桃色の瞳で睨み、彼に問いかけた。
『誰からの依頼なの?』
「し、しらねぇよ!」
メルナの問いに知らないと答える彼。
そんな彼を持つ手を少し締めた。
パキペキッ
「うがぁぁぁぁぁあああ!!」
激痛に悶え苦しむ最後の生き残り。
恐怖の表情で巨大なメルナの顔を見つめる。
「ほ、本当に知らねぇ!俺たちはただのボスの手下だ!ボスしか詳しい事は知らねぇ!」
『そのボスとやらは何処に居るの?』
「山だっ!ここから北の山だっ!」
あまりの恐怖にツラツラと言葉を吐く最後の生き残りを、メルナは無言で指を閉めた。
「やっ、やめてく――」 ブチュ!
メルナは軽く溜息をつき、下で慄いている騎士とメイド達に告げる。
『北の山に行ってくるわ。朝には戻ってくるから、騎士のみんなはメイド達を守るように』
そう吐き捨てる様に言い、メルナは巨体のまま北の山に向かった。
○○
ならず者達をまとめ上げるボスは、信じられない表情で遠くを見ていた。
遠くから山の様に巨大な、桃色の髪と瞳をした絶世の美少女が歩いてくるのだ。
「ボス!どうしやしょう!こっちに近づいてきやすぜ!」
「俺たちに逃げる場所なんざ無ぇ!やるしかなねぇんだ!」
「あんなの無理ですぜぇ!」
ならず者のボスの言葉に泣き言を言う部下。
彼らがうろたえている内に、メルナはならず者達の根倉である山の近くまで来た。
メルナは片手を腰にあて、山の中にいるならず者達に聞く。
『ここのまとめ役って、誰?』
メルナの言葉に、ならず者達は一人の男を見た。
「お、おまえらっ……!」
『貴方なのね』
メルナは周りのならず者達に構わず、ボスの男を摘み上げる。
「お前らっ!戦えっ!弓を撃てっ!」
ボスの言葉に弓を持ったならず者が矢を射るが、メルナに一つ怪我をつける様子が無い。
弓が効かないと分かると、ならず者たちは自然と何もしなくなった。
メルナの指の中で、部下たちの態度を喚き散らすボス。
そんな彼に、メルナは「ねぇ」と質問を投げかける。
『私、馬車で移動中に襲撃を受けたの、心当たりない?』
「何を言って……ッ!」
桃色の瞳に睨まれ、わかりやすく顔色が変わる、ならず者達のボス。
そんな彼の様子に、メルナは眉をひそめた。
『知ってるんだ。誰の差し金?』
メルナのあまりの威圧感に、今までの威勢をポッキリと折られたボスは、ペラペラと話し出した。
曰く、その依頼主は名前を明かさなかった事や、その依頼主は貴族の様な姿の男だった事。
その依頼主は沢山のゴールドと金目の物で前払いした事などを聞いたメルナ。
その話を聞いて、一人しか思い当たらなかった。
なんとなく思ってたけど、やっぱりお父様か……
今まで一緒に生活してきた娘を、こうも簡単に手にかけれるその精神に呆れしかない。
メルナの中で、このまま屋敷に帰って復讐してやろうかという思考が頭に過る。
でも、次に映るのは泣いて謝るメイド長の姿。
無言で目の前の手に持った男を見つめる。
恐怖で顔をこわばらせるその男を、メルナは指で閉め潰した。
「やめっ、あぎゃ――」 ブチュ!
ボスが殺され、次は自分達だと理解した、ならず者達。
散り散りに逃げようとした時には、メルナの足は地面を踏み抜いていた。
ズドォォォオン! ブチブチブチッ!
ズゥゥゥン! ブチュブチッ!
ドゴォォォオン!プチュプチブチュ!
やりきれない思いをぶつけるかの様に、メルナは足元で蠢くならず者達を踏み抜いていく。
周囲に響いていた大きな破壊音も、やがて止む。
木々や草木は消え、そこにあった山は破壊され更地なり、その山を破壊した張本人は、不機嫌そうな表情で馬車の場所まで戻るのだった。
――――【あとがき】――――
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