第一話 『下着に張り付く虫が二匹』


 無言の圧が充満する神殿で、私は神官と女神像にお辞儀をして出口の扉に向かう。

 扉を開けた先には、我が婚約者殿であるロナウドと、一列の馬車が待っていた。

 私を見るや否や、彼は爽やかな笑みを浮かべる。

 

「やあメルナ。君にはがっかりだよ」

「……」


 無言の言葉を投げかける私を嗤う様に、ロナウドは笑いながら言った。


「クラスノヤ帝国の皇太子である私の婚約者だというのに、神々から貰ったスキルが『巨大化』だってぇ?」


 ケラケラと笑いながら言う彼は心底嬉しそうだ。

 代々クラスノヤ帝国の皇帝も皇后も、皆が目立ったスキルを貰っていた。

 ある代では『聖剣使い』と『聖なる歌姫』だったり、その次の代では『偉大な指導者』という演説のスキルと『聖女』だったり。

 私という相手が気に入らないからと、彼が何かと理由をつけて婚約を解消しようとしていた事は知っている。

 つまり、そういう事なんだろう。

 心底呆れた感情を隠していない私だが、彼は気にもせず奥に止まっていた馬車の扉を開けた。

 中に乗っているのは一人の少女。

 記憶だと伯爵家の令嬢だった筈だ。


「君の『巨大化』なんていうガッカリなスキルよりも、もっと有能な『聖女』のスキルを持った、この娘のほうが私には相応しいと思わないか?」

「そうですか」

「やっぱり君もそう思うかぁ!双方の同意も得たし、私は麗しの姫と正式に結婚できる!」


 私の返事にロナウドは嬉しそうに言いながら、馬車に乗る。

 お互いの愛を見せつけるかの様に伯爵家の令嬢と熱いキスをした後に、私を見ながら馬車の扉を閉めた。

 前進を始めた馬車の列。


「今夜は寝かさないよ」

「まあロナウド様!貴方と一つになれるのですね!私の屋敷でもよければ、今夜は私がお相手しますわ!」


 開いている馬車の窓から聞こえてくるのは、そんな新婚夫婦の様なやり取りだった。

 幸せそうで、なによりだよ。

 


○○



 家族一同会するダイニングで、屋敷に戻った私は我が家族からの叱咤激励を受けていた。


「なんて使えん奴なのだっ!!この栄えあるリフレシア家に生まれておきながら、マトモなスキルを貰わずにノコノコと帰ってきおって!!」

「まぁ~汚らしい!!巨大化なんて野蛮で不潔なスキル持ちが我が家系に生まれるなんてっ!!」

「姉さまダッサ!!巨大化ってなによっ!っぷ!けへへへへ!!」


 心温まる声援を好き勝手投げかけ続ける家族一同だったが、ある程度満足したのか父親から具体的な今後の話が出た。


「私としても、このような野蛮でみすぼらしいスキルを持った者を家に置いておくわけにはいかん」

「そうねぇ…… リフレシア家の名に傷が付くことは、なんとしても避けないとねぇ」

「姉さまの人生終わり!だっさ!」

 

 後に続いて追撃してくる母と妹。

 私は彼女らに何かしただろうかと疑問に思う程の、必死さだ。

 まあ人は無条件に叩ける相手が現れると嬉々として叩いてしまう生き物なので、彼女らの気持ちはわからなくもなかったりする。

 父親は母と妹が好き勝手いうのを待った後に言った。


「しかし戸籍というのは、そう簡単には捨てられん。特に我ら公爵家ともなればな。そういうわけで、お前には病気になってもらう。不治の病に倒れ、遠い僻地で療養する事になった」

「まあ、かわいそう!これなら誰もから同情を貰えるわ!」

「道中で山賊に襲われればいいよっ!ぷぷぷっ!」


 そう言い、我ら家族から事実上の絶縁宣言を受け、なんと明日の朝にも辺境の町に出発する事になったのだった。

 


○○



 この屋敷最後の就寝の時間、私はベッドで横になりながら今日あった出来事をつらつらと思い出していた。

 巨大化のスキルを得た私は皇太子様からの婚約破棄、その後の家に帰ってからの家族の罵詈雑言。

 ろくでもない一日なのは間違いない。

 その元になったスキルだが、入浴の時に風呂場で軽く使用してみたが、名前そのままの能力で巨人になった。

 姿そのまま巨大になるので、どちらかというと巨人化といったほうが合っている気がする。

 

 枕の上で思い出すのは、元婚約者であるロナウド様が私に見せた、伯爵家の令嬢とのキス。

 彼と彼女のキスは、それはそれは嬉しそうだった。

 

「……」


 腹が立つ。

 私も、この世界で女に生まれた身として色々な覚悟をしていた。

 前世が男なのにも関わらず、女として生きる事を決め、いろいろ努力してきたつもりだ。

 それなのに、彼と彼女のキスは、それはそれは嬉しそうだった。


「……」


 本当に腹が立つ。

 あの元婚約者であるロナウドは、何も不自由なく人生を謳歌していた。

 私の前世の人生と比べても、今の人生と比べても、両方の私の人生と比べても彼の人生はぬるま湯に映る。

 なにより、彼と彼女のキスは、それはそれは嬉しそうだった。

 

 ベッドから出る。

 貴族御用達の、お忍び用の外套を羽織り、部屋を出た。

 私の姿を見て、メイドたちは大慌てでメイド長の部屋に突撃していく。

 屋敷の玄関まで来た頃に、メイド長が後ろから駆け寄る足音が聞こえてきた。


「どちらへ行かれるおつもりですか」


 驚きを滲ませながら言うメイド長に、私は彼女が一番知りたいであろう事を先に答える。


「大丈夫ですよ、明日の朝には必ず戻りますから」

「そういうわけにはいきません!思い詰めた方は、皆似たような事をおっしゃるのです!」


 私の言葉に、メイド長は焦りと不安をもって答えてくる。

 なるほど、確かに今の私は人生を投げ出し、自殺しようとしている人に見えなくもない。

 べつに、今死ぬ気は無い。

 むしろ私としては辺境町でニート生活ができるチャンスなのだ。

 なので自殺には興味はない。


「私は別に死ぬつもりはありません。ただ…… 行きたい場所とやりたい事があるのです」

「行きたい場所とやりたい事ですか……?」

「ええ、少し…… 感謝を伝えたい人が居るのです」


 私の言葉にメイド長は黙り、暫く考えた後に言った。


「かしこまりました。わたくしもご同行いたします。もし貴女様に何かあれば一大事です。すぐに馬車をご用意いたします故、少しお待ちください」



○○



 ロナウドは伯爵家の一室のベッドで目麗しい少女相手にお互い裸で熱烈なキスをしていた。

 微笑む少女に笑みを返し、嬉しそうに少女を抱き返す。


「やっと君との恋が実った……」

「ええ、嬉しいですわ!」

「あの令嬢との婚約解消には骨が折れたよ」

「なら私が癒して差し上げないと、ですね!」


 軽く冗談を言い合う彼ら二人。

 幸せいっぱいと言わんばかりの二人が、互いに包み込むように手を繋ごうとした。

 その時。

 窓から見える屋敷の庭に、巨大なハイヒールが落ちた。


ズドォォォオン!!


 屋敷の調度品と一緒に吹っ飛び天井に強く打ち付けられる二人。

 ドスンとベッドに落下したお陰か怪我は無かった。

 ベッドからヨロヨロと這い出るロナウド。


「な、なんだ!?なんなんだ!?」


 突然の出来事に戸惑う事しかできないでいた。

 そんな屋敷の中に居るロナウドなぞ露知らず、小さな屋敷の庭を足に履いた巨大なハイヒールで踏みしめ、屋敷の前で仁王立ちしているのは、まごうこと無き婚約破棄されたメルナ本人だった。

 メルナは凍り付く程の凍て付いた声色で、ミニチュアほどの屋敷に向かって言葉を放つ。


「伯爵家に居る皆さん?死にたくなければ屋敷から出たほうが良いですよ?」


 メルナの言葉に伯爵家の屋敷のメイドや執事達が一斉に外に出る。

 彼らは外に出るや否や、屋敷を見下ろす巨大なメルナの威圧感に圧倒され、腰を抜かした。

 そんな彼らに、メルナは庭に置いていた足を持ち上げ、彼らの頭上に掲げた。


「あら、下着を覗く変質者たちですわ」


 そう言いメルナは容赦なく足を降ろした。

 

ズドォォォオン!!


 メルナの履くハイヒールは彼らの真横に落ち、衝撃で彼らは天高く飛ぶ。

 ボトボトと落下する彼らを凍て付いた瞳で見下すメルナ。


「早く立ち去りなさい。今度は外してはさしあげませんよ?」


 メルナの言葉に、蠢き苦しむ彼らは這う這うの体で散り散りに逃げていく。


「キッショ。まるで虫みたいですわね」


 その様子を見ながら吐き捨てるようにメルナは言う。

 散り散りに逃げた彼らを見送った後、メルナは屋敷の屋根を蹴り上げる。

 轟音を響かせながら迫りくるメルナの巨大なハイヒールの前には、屋敷なぞ無に等しかった。


ベキベキベキバキボキ!


 耳に刺さる破壊音を響かせながら屋敷の屋根が吹き飛ぶ。

 なくなった屋根の下から出てきたのは、一糸纏わぬ姿のロナウドと伯爵家の令嬢。

 巨大なメルナの姿を見て、ロナウドは初めて現状を理解した。


「ごきげんようロナウド様?」

「ま、まってくれ!これは何かの間違いだ!」

「何か言ってますわね……、小さすぎて聞こえませんわぁ」


 巨大なメルナを見上げながら必死に何かを訴えるロナウド。

 しかし巨大なメルナにはピヨピヨと何を話しているのか全く伝わらない様子。


「メルナ、俺が悪かった!俺は騙されただけなんだ!この令嬢にそそのかされたんだ!」

「そ、そんな事してませんわ!騙されたのは私ですわ!まさかロナウド様に婚約者が居たなんて聞いてませんもの!」


 次第にロナウドと伯爵家の令嬢が喧嘩を始めた。

 その様子を見て、どうせ責任の押し付け合いを始めたのだろうと理解するメリナ。

 いつまでたっても喧嘩ばかりで、これ以上の面白い反応が無い二人にメリナは背を向け、少し前かがみになる。

 

「立っていてばかりで疲れてきましたわ。少し座らせてくださいな」


 その言葉を聞いて顔面を蒼白にする二人。

 迫りくる純白の下着に包まれたメルナの巨大な桃尻に慄き叫ぶ事しかできない。

 

「「ヒィイイイイイ!」」


 二人の悲鳴が響き、轟音が続いた。


ドッズゥゥゥウウウウウン!


 メルナの巨大な桃尻は彼らをギリギリ掠め、二人のすぐ近くに落下した。

 あまりの衝撃で勢いよく真上へ吹き飛ぶ二人。

 彼らの頭上にあったのは、赤いリボンが付いたメルナの下着だった。


ビタンッ!

「うぐっ」

「うぶっ」


 メルナの下着に張り付くロナウドと伯爵家の令嬢。

 二人の感触をメルナは下着越しに感じ取る。


「んっ!下着に張り付くなんていやらしい虫ですわね。どの様な虫なのかしら?」


 そんな屈辱的な言葉を浴びる二人。

 しばらく虫の様に下着に張り付いていた二人だったが、ついに下着から剥がれ落ち、部屋の床に落下する。

 二人はあまりの激痛に気絶。

 その様子を見下ろしていたメルナは立ち上がり、ボロボロになった伯爵家の屋敷を離れ、満足そうな笑みを浮かべて帰るのだった。

 

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