第57話

 冷蔵庫を開けると、先日作っておいたピリ辛こんにゃくがある。それともう一品、カラスミで作ったおつまみでちょうどいい。


 そもそも、一人だと絃はそれほど量を食べない。ちょっとしたおかずとみそ汁か、漬物に納豆ご飯などシンプルだ。


 他の人がいれば料理をするが、自分一人のために調理時間を割くのが面倒くさく思う。


 野菜室を覗くと、セールの時に購入しておいたジャガイモを見つけることができた。絃はこれならちょうどいいか、と四つ取り出した。


 ジャガイモの皮をむいて、電子レンジでホクホクにし、潰しながらバターで和える。そこにたっぷりのマヨネーズと、刻んだカラスミを投入して混ぜ合わせた。


 切り干し大根を入れた、厚焼き玉子もつくって完成だ。


「できたよ」


 母は並べられた料理を見て、驚いた表情のあとにくすくすと笑った。

「洋風かと思ったら、絃はいつでも和風なのね。おばあちゃんとそっくり。しかも、お酒のおつまみみたいな料理ね。そこもそっくり」

「だって、和風のほうが美味しいんだもん」

「おばあちゃんっ子だったものね、絃は。この家を買い取ったのも納得だわ」


 破顔した母は、満足そうに何度もうなずいていた。


「日本の食事が一番おいしいと思うんだよね。美味しい食べ物がありすぎて困る」


 二人でいただきますと手を合わせて、口に運ぶ。


 カラスミ入りのポテトサラダを食べた母が、目をまん丸にした。


「やだ。なにこれ美味しい。カラスミって、こんな食べかたもできるの?」

「美味しいよね。いつも行くお店で、お通しに出されたことがあって。あの時の衝撃は、お通しだけで三合は飲めるかと思った」


 炒めてカリカリにしても美味しいと伝えると、母親はへええと感心している。絃は、ピリ辛こんにゃくに箸を伸ばした。


 途端、甘くてかすれた声が耳奥に蘇る。


(――絃さん)


 絃の名前を呼ぶ声に、胸がジクジク痛み出した。


 編集長は、掠れた声でいつもぬる燗とピリ辛こんにゃくを注文する。絃に挨拶をして優しく微笑む。口元のほくろが脳裏に浮かんだ。


「あらやだ! これも美味しい」


 絃の思考を分断したのは、母親の声だ。我に返って母を見れば、こんにゃくをもぐもぐ咀嚼しながら、口いっぱいに詰め込んでいる。


「絃ったら、いつの間にこんな作れるようになって……」

「家にいる時は、簡単なものだけど料理はするんだよね。たまにだけど」


 美味しい美味しいと言いながら食べる母に、夕飯が入らなくなるよと牽制した。


 それはそれ、これはこれだと主張してきたので、まだ残っていたカラスミ入りのポテトサラダを追加で持ってきた。


「絃。お見合いでもする?」


 急に話を振られて、絃は固まった。


「え? なに、お見合い?」

「そう」

「私が?」

「あなた以外に、いないじゃないの」


 こんにゃくを咀嚼しながら、母親は絃をじっと見つめてくる。


 彼女の目にからかいは一切ない。真剣な印象だが、深刻というほどでもなさそうだ。


 固まってしまった絃を見るなり、母親は困った娘ねと言うように絃の顔面で手を振ってみせた。絃がそれに眉をぴくりと動かす。

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