第52話
先ほどの笠井の言葉が、まるでヘビー級のパンチのように後々から響いてきていた。冷静に考えて、あれは間違いなくストレートな告白だ。
そう思うと、心臓がばっくんばっくんと脈打ってしまう。
食事についての言い合いっこをして、話題をチラホラと変えながら時間は過ぎる。
そして満腹になってき始めたところで、笠井が香車を突っ込んできた。
「――花館はさ、興味ないの? 恋愛とか」
絃はうーんと唸る。どうにか流せないかと模索していたのだが、どうにもならない。
「ないわけじゃないけど」
「アラサーだと焦らん?」
絃は首を横に振った。
結婚を焦る三十のボーダーラインに近づくにつれ、意識が恋愛から遠ざかっていく感覚がする。
急いで結婚した友人の末路も、あまり良いものではない。だから、よりいっそう恋愛や結婚が、よくわからないものになってしまっている。
「焦っていい人が見つかるなら、そうする。でも、その前に、結婚も恋愛もピンとこない感じかも」
「さすが、現実主義者。まあわかっとったけど……気が向いたら、恋愛とかやのうて、俺のこと考えてみてや」
しつこくなく引き下がったので、絃はほっとしながらグラスに唇を押し付ける。しかし、安堵している自分が嫌になって、息を大きく吐いた。
笠井が真正面からぶつかってくれたのに、興味がないとかよくわからないという言葉で濁した自分は、たいそう不真面目だ。
「わかった。考える」
絃の返事に笠井のほうが安心したような表情になる。さりげなく話題を変えてくれた。
目の前に座る男性を、それとなくじっと見てみる。
顔立ちはいたって普通、どちらかといえば少し濃い目だが、さわやかな笑顔が人好きのする青年だ。
むしろ、なんで自分のことを好きになったのだろう。笠井ならば、引く手あまたに違いないのに。
とつぜん、編集長の顔が思い浮かんだ。絃は自分でも驚いて目を丸くしてしまったのだが、ちょうど笠井の話に反応したようなタイミングになった。笠井が「せやろ、俺もそんな顔になったわ」とケラケラ楽しそうに笑う。
歓談は楽しかったのだが、スパークリングワインのせいか、どうも物足りない気分になってしまった。
「笠井、恋ってなにかな?」
話を振ってみると、笠井はワイングラスを持ったまま止まった。
「……なにって、まさか、俺がそこから説明せなあかんの?」
「説明っていうか、笠井はどういうものだと思っているのかなって?」
「そんなん言われてもなぁ……胸がドキドキしたり、会いたいと思ったり、ついついその人のこと考えてしまったり。ちゅーか、なんで俺が説明せなあかんのや」
最後はムッとしながら、笠井は眉根を寄せた。
「花館は鈍いというか、そっちにセンサーいっとらんというか、仕事に全振りしとるというか」
大正解だ、と絃は頷く。
「とにかく、会いたいと思ったりすんねん、急に、なんとなく。ほんでもって、胸がぎゅううってなったりすんねん。こんなんでええ? わかった?」
必死に説明してくれる笠井の表情はいたってまじめだったし、その面影に少年っぽさが垣間見えた。
「うん、ありがとう」
「参ったな、ほんまに」
笠井はほっとした顔をしながら、髪の毛を掻いている。絃は再度お礼を伝えてから、アツアツのピッツァを頬張った。じゅわっとチーズがとろけて、噛めば噛むほどにチーズの甘みが押し寄せてくる。
美味しいと思うと同時に、すでに恋をしていると、先ほどの説明ではっきり自覚した。
笠井の言う恋の定義が、会いたくて胸がドキドキするというのだったら。
――絃は、恋している。確実に。
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