第十章 愛しき焼き鳥に心恋(うらごお)し

第51話

 同僚の笠井にイタリアンに誘われた。


 断れなかったのは、相談があると言われたからだ。


 さらに、美味しいワインもあるしおごるとまで言われたら、邪険にするのも野暮である。


 会社で話ができないのかと問えば、できないから誘っているんだと言われてしまう。


 イタリアンもたまにはいいかもしれない。


 話をするなら、本当はお酒抜きがいい。欲を言えば、イタリアンよりもしっぽり日本酒が好みだ。


 でも、たまには味変も大事かもしれない。言い聞かせるようにして、絃は渋々うなずく。


 イタリアンが嫌いなわけじゃない。


 頭ごなしに否定するのはよそうと思い、絃は誘いに乗ってふらふらと出かけることにした。


 それが、予想していた単なるお誘いではなかったと気付くのは、笠井と向かい合ってからだった。


 カジュアルな雰囲気の気取らないイタリアンのお店で、なかなかいい感じだ。うるさくもなく、かといって混雑していない具合なのも良い。


 食べたいものを注文し、シェアしようということで話がまとまる。


 絃がブルーチーズの入ったサラダを取り分けたところで、笠井はスパンと切り出した。


「単刀直入に言うで」

「うん、なに?」


 しかし、タイミング悪くアツアツのラザニアが来た。


 それを自分の皿に取り分けてから、絃は笠井に再度向き合う。


 もちろん、手には白ワイのステムとしっかり握りしめている。美味しいご飯とお酒はセットであるべきだ。


 そんな絃の気持ちが伝わったのか、笠井は苦笑いをこぼした。


「まずは、乾杯しよか」


 仕事終わりの一杯は、やっぱり美味しい。


 グラスの中で泡が立ち昇ってくるスパークリングは、喉をキュッと引き締める味だ。


 アンティパストのホットサラミを口にしてから、日本人向けの味だなと感じた。


 日本人向けに作られた料理は、カジュアルで若者向きだ。もちろん美味しいのだが、絃が想像していた現地風味ではなかった。


 脳内でちらりと、あの掠れた声が蘇ってくる。絃はスパークリングをごくりと飲んで、幻聴を追いやった。


「ほんでな、花館。俺、お前のこと気になってんねん」


 はあ、とか、へえとか反応をすべきなのに、絃はそれもできずに固まった。


 笠井は正直だ。真面目な顔をしているので、冗談ではないことはすぐに理解できた。


「……はあ」


 首をかしげることしかできなかった。


 気のない返事に聞こえただろうか。だとしても、予想外すぎるので、理解が追い付いていないから、それ以上のことが言えない。


 絃は笠井を凝視しながら、サラダを口へせっせと運ぶ。


 ブルーチーズのフレッシュさと、ロケットサラダのシャクシャクが絶妙に美味しく、これはいけると思った。


「はあってなあ……はあって。まあ、そういう反応やろなあと思っていたけど。まさかほんまに、はあって言われるとは思わんかったで」


 笠井は半分面白そうに、半分は苦笑いをしながら絃を見つめる。彼の肩に入っていた力が、一気に抜けたのが見て取れた。


「……ええと。そう?」

「まあええわ。別に、俺が勝手に気になっとるだけやし。あわよくば付き合うてくれへんかなって思ってるだけやねん……待て待て、今すぐ返事せんといて」


 先に牽制されて、絃は、さらに「はあ」と言いかけた口をつぐんだ。


 おかしな間合いが気持ち悪く感じ、パンプキンのラザニアを口に入れる。美味しくて少し感動した。


 黙々と食べている絃にモヤモヤする様子は笠井にはない。彼もああこれ美味いなあとか、こっちもいけるなあ、とか振ってくれる。


 それにうんうんとうなずきながら、絃は料理を食べるのにだんだん必死になってきてしまう。

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