第48話

 *



「絃さんの家にね、ボウルがたくさんあったので思いついたんです」


 休みの日、編集長は絃の家にやって来ると、台所にあった銀色のボウルを見て嬉しそうにした。


 元々祖母が使っていたものや、絃が使っていたもののほかに、両親が使わないからと言って持ってきたものなどボウルの数はけっこう多い。


「これを使って、網を敷いて、お手軽時短の燻製を作りましょう」


 買い出しに出かけ、今夜のお酒も決める。


 燻製にぴったりだという熟成された古酒を念入りに選んだ。


 さらに、燻製にしたい色々な食材を買い込んで、絃の家に戻ってくる。「ただいま」と編集長が放った言葉に、なんだかちょっと心をくすぐられる。


 編集長はホテルで生活しているため、絃の家を大変気に入っている様子だ。特に畳とこたつは、編集長をうっとりさせるには十分らしい。


 おかえりなさいと小さく呟くと、編集長の纏う空気が緩むのがわかる。


 ほっこりしたあとにちょっぴり恥ずかしさを感じ、絃は少しだけ早足で台所に向かった。


 購入したのは、ウインナー、カマンベールチーズと、ちくわにホタテ。

 さらに、味玉も購入している。


 買い過ぎたかと思ったのだが、冷蔵保存しておけばいいと言われて、いつの間にかたくさん買ってしまっていた。


 編集長は持ってきた桜チップをボウルに入れ、小さな丸網みを乗せる。

 その上から、もうワンサイズ大きなボウルをかぶせて火にかけた。


「これで、煙が出るまで待ちましょう……寒いけど、ちょっと窓を開けて換気しますね」


 台所の窓を開けると、ぴゅーっと風が入ってくる。あまりにも寒くて絃は一歩横へずれた。


「絃さんはどの食材が一番楽しみですか?」

「私は……味玉とカマンベールチーズです」

「絶対美味しい具材ですね。僕もカマンベールチーズは楽しみです。あと、ちくわ」


 チップの匂いがしてきて、編集長は加減を見て食材を網の上に載せていく。まず、味玉とちくわ、ウインナーにホタテの第一陣だ。


 載せ終わったところで、弱火にする。ここからしっかり煙でいぶす時間の開始だ。


 編集長が燻製を作っている間に、絃は横で一品つくる。燻製と合わせるにはさっぱりしたものがいいと思ったので、オレンジとレタスで簡単にサラダを作った。


「編集長、桜のチップがすごくいい匂いですね……どうしよう、これじゃ止まらなくなりそうです」

「でしょう? お酒もそろそろ準備しますか。二回目の燻製で、カマンベールチーズを作りますね」

「了解です」


 ゆでたブロッコリーとニンジンを用意していた絃は、それらをカマンベールチーズの燻製にディップして、トロトロを味わいたいと気が急いてくる。


 ハーフサイズのフランスパンも用意してある。絶対に美味しいに違いなかった。


 最初に燻製した食材の出来を見るために、ボウルの蓋を外してちょっとだけ味見をする。


 ちくわを口に入れて、ふんわりと広がるチップの香りに驚く。


「編集長、すごく美味しいです!」

「大成功ですね。では、これをお皿に移してください」


 絃は食材をお皿に載せると、居間に運んでいく。その間、編集長はカマンベールチーズの用意を始めた。


 今日は、珍しく絃もぬる燗にしてみることにした。


 パンチのきいた熱燗ではなく、ぬる燗でゆっくりじっくり、素材の味を楽しむのもいい。


 とっくりと湯飲みの準備が整う頃には、編集長もひと作業終えて台所からやって来た。


 上背があるせいか、エプロンもかっこよく着こなしてしまっている。絃は和室と編集長があまりにもミスマッチすぎて、ふふっと笑ってしまった。

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