第41話
想像以上に食べ歩きは楽しいと思ったことに、絃は自分でも驚いていた。
小腹がすいたので温かいそうめんを二人で分けて食べ、さらにみたらし団子に葛餅、カフェでお茶と楽しい時間が過ぎていく。
こんなにゆっくり法隆寺周辺を散策したことがなかったのだが、隠れ家的なカフェもあって、まるで宝もの探しをしているようだ。
「柿くへば、モツが呼ぶなり法隆寺」
編集長のいきなりの言葉に、絃は彼の横顔をじっと見つめた。眼鏡の奥の優しい瞳を見て、ピンとくる。
「つまり、夕飯はモツということですね?」
「そういうことになります。お酒がすすみますね」
カフェで一息ついたばかりだが、今からモツが楽しみになってしまう。絃は立ち上がると早く行こうと、編集長を引っ張った。
「……美味しい夕飯のために。今からまた歩いて、お腹空かせなくちゃ。はやく中宮寺へ行きましょう」
絃が意気込んでいると、編集長も嬉しそうに破顔した。
「はい、そうしましょう」
お腹を空かせるつもりで向かった寺なのに、結局二人とも熱心に見学してしまった。小ぶりだが中は静かで気が整っており、深呼吸すると非常に心地よい。
そうして見学するうちに、すっかり半日過ぎていた。
歩き疲れた絃と編集長は、〆に柿ソフトを半分こして食べることにした。見た目もオレンジ色で可愛いそれは、柿の甘みが舌先でとろけながら優しく広がる。
歩き回った身体にしみわたるような、柔らかな自然の甘さに疲れが吹っ飛んだ。
ちょこちょこ食べていたのにもかかわらず、歩いたおかげもあってお腹は空いている。二人とも燃費は悪いようだ。
空を見上げるとすっかり暗くて、二人はびっくりしながら早足で駐車場に戻った。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だというのを実感する。
車に乗り込む頃には、カラスも帰宅したのか鳴いていない。
「本当は、龍田大社とかも行きたかったんですが……」
編集長はシートベルトをしながら、時間配分を間違えちゃったなと苦笑いをしている。
「また今度行きましょう。楽しかったです」
「ですね。楽しかったですが、夜ご飯がこれから待っていますよ」
絃は喜びで顔がにやけてしまう。帰り道の車内は、日本の歴史の話に花が咲いた。
車を事務所に置き、電車に乗り換えて向かったのは、編集長のおすすめのモツ鍋屋だ。
「……編集長も、飲みますよね?」
「モツを前にして、飲まずにいられません。そのために電車で来ました」
席に腰を下ろして、温かいおしぼりで手を拭きながらメニューを見る。
テーブル席で向かい合うのが慣れておらず、いつもと違う空気感に気まずいような感じがする。絃は恥ずかしさを隠すように、メニューをじっと見つめた。
「モツ鍋二人前でいいですか?」
「もちろんです。あと、酢モツも食べたいです」
「奇遇ですね。僕もそう思っていました」
お燗とモツ鍋を注文し、しばらくして運ばれてきたボリュームに絃は目を丸くして固まった。
「……こんなに、いっぱいですか?」
「煮込めば、すぐになくなります」
目の前には山のようにこんもりと盛られたキャベツが見える。その上にニラと唐辛子、ニンニクが美しく飾られていた。
「博多のモツなんですよ、だから、牛モツです。臭みもないし、コラーゲンたっぷりで口の中でとろける味わいです」
「早く食べたいです」
「その前に、お疲れ様の乾杯をしましょう。絃さん、今日は僕の趣味にお付き合いくださってありがとうございました」
乾杯をしてから、くいっと一気に一杯を飲み干した。
やはり、歩いたあとの熱燗は骨の髄までしみていくようだ。疲れが一気に取れてくると、口が自然と動き始める。
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