第29話

 几帳面そうに見える編集長でも、こんな風に散らかすことがあるとは。ついつい物珍しさに絃はきょろきょろしてしまう。


「ソファでお待ちください」


 コートを脱ぎつつエアコンをつけると、編集長は給湯スペースで湯を沸かし始める。絃は言われた通り座って待つ。


 しばらくして、プラスチックのコップを二つとやかんを手に持って編集長が現れる。それらを机に置くとすぐに給湯室に戻り、コーラのボトルと安物の酒の一升瓶、それからプリンを数種類持ってきた。


 いったいなんの儀式だろうと思っていると、編集長は絃の隣に腰かけて意味深に笑った。


「プラスチックのカップでお酒を飲むなんて、邪道だと思いませんか?」


 口元をゆるめながら、邪道だと言ったコップに半分ほど日本酒をとくとくと入れている。


「たしかに、プラスチックの入れ物では飲まないですが……」


 絃が見ていると、編集長は次にコップの中にコーラを入れた。


「……ええっ?」


 しゅわしゅわする音が聞こえてくると同時に、コップを絃へ手渡そうとしてくる。目を合わせると「はいどうぞ」と微笑まれた。


 絃が目を白黒させていると、隣から編集長の声が聞こえてきた。


「今日購入したお酒は、美味しいおつまみとともに、お腹が空いている時に飲むのがよろしいかと。僕もそうしますから、絃さんもそうしてください」

「わかりました。それで、これは一体……?」


 ぷくぷくと泡が立っていて、コーラなのに酒の匂いが混じるという、なんともハチャメチャな印象だ。


「見ていたでしょう、いま。日本酒のコーラ割りです。あてはプリンです。小腹の足しにちょうどいいんです」


 はい、とスプーンを渡されたが、絃はどうしていいかわからないまま固まってしまった。


 絃が今まで見知っている編集長は、硬派な飲みかたをする人物だ。まさか、安酒をコーラで割るとは想像できなかったものだから、びっくりが続いている。


 編集長は絃がフリーズしている横で、日本酒のコーラ割りなるものを、ごくごくと飲み干した。


「絃さん。飲まないんですか?」

「あ、いえ……飲みます」


 ひとくち口に含んでから、絃はふふふと口元が緩んだ。

 飲みやすさから言えば、サワーやカクテルのようだ。炭酸のさっぱりと、日本酒のコクが妙にマッチしている。


「……たしかに、これは邪道です」


 様子を見ていた編集長が「美味しいでしょう」と言いながらプリンを差し出してくる。


 プリンをつまみながら、日本酒のコーラ割りを飲んだ。お酒が身体に入ってきたからか、ぽかぽかあったかくなってきた。


 なんとも言い難い罪悪感とともに、イケナイことをしている気分になる。

 お酒の神様に申し訳なくて言えないが、日本酒のコーラ割りは、妙にあとを引く美味しさだ。


 ともすれば、ごくごく飲めてしまう。ついでに言うと、苦手な人でもこれなら飲めるだろう。


 アテンドする外国人の中に、日本酒が苦手な人もいる。彼らに日本酒のとっかかりとして提供してみるのも面白いかもしれないと想像が広がった。


「普通のプリンも美味しいんですが、ジャージー牛乳プリンとか……ああ、チーズケーキも美味しいです。あとはですね、わらび餅」


 編集長がやっぱりいつもと同じように、突然話しを始めた。聞かなきゃよかったと思うような、悪魔的な内容だ。


「……編集長が、こんな飲みかたをするとは思ってもいなかったです」

「僕は、こんな飲みかたをするような人ですよ」


 そういえば、三千円を握り締めて海外を放浪していたのだったなと思い出し、絃は自分でも気づかないうちに笑顔になっていた。

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