湖畔にての物語
ひとえだ
第1話 湖畔にての物語
湖畔にての物語
お題:はなさないで
波が歌っている。
湖から吹く風が心地よい。
いつか葵が湖の波はほぼ月の引力を受けないと教えてくれた。
私たちはこれまで随分話をした。
付き合っているのだから会話をするのは当たり前だ。
当たり前なのだろうか?
私は男の人を好きになることはないと思っていた。
「
葵の声に我に返る。手は繋いだままだ
「波と話していただろう。目が虚ろだったぞ、遥らしくもない」
葵の優しい顔があった。学生時代から付き合っているのでもう2年になる。葵の笑顔は出会った頃と変わらない気がする
「私らしいってどういうこと」
「責任を他に求めないところかな?」
葵は即答した。理系専攻だけあってか”なぜ”とか”どうして”という言葉を嫌う傾向がある。分からないことは分からないと正直に言うが、次の時にはその答えを用意している。しかも、私が話題にしなければ一切調べたことについて自分から話すことはしない。
私が源氏物語の話題をすれば、次のデートのときは源氏物語の話だけで1日が終わったこともあった。葵は私の会話のために予習をするのだ。信じられないほどの聞き上手で私が話したいときは面倒な顔をせず、意見も言わず、心地よい相槌とともにずっと聞いてくれる。
両親の方が先に葵の魅力に気付いた。社交性の弱い不憫な娘が連れてきた希代の逸材を、絶対逃してはいけないと躍起になっている。すでに私と葵のどちらが自分の子供か分からない状態だ。今回の旅行もレンタカーを借りると言った葵に、父親はよろこんで車を貸してくれた。母は母で葵が家に来た夜には口癖のように言う
「葵君を、はなさないで」
「きゃっ」
葵が私のお尻を撫でた
「こっちの世界へ戻っておいで」
希代の逸材に見える葵も2人の時はかなり淫乱である。そもそもは私が源氏物語の話をした日から葵の制御板は崩壊してしまったようで、言葉にするのが恥ずかしくなるようなことをする。唯一の救いは私以外の女性には一切いやらしいことをしないことだ。
葵の手を振りほどくと、靴と靴下を脱ぎ、スカートの裾を翻して湖に入った
「つめたい」
波が歌っている。こっちにおいでと
私と葵には霊感がある。最初のデートでお互いそれが分かった。葵といるときは社会性を維持するために謙譲しなくて済んだ。小学生の時からずっと我慢をしていた。きっとこれはかごの中に囚われた鳥が大空に羽ばたくような感じと似ているのかもしれない。
葵にどうして私を誘ったのか聞いた事がある。
「拓が遙のこと侮辱していたから」
「同情したわけ?」
「拓が嫌いならば僕は好きになれると思ったから」
拓は私の友人”いづみ”の彼氏である。拓は葵の友人でもある。
波が歌っている
「はなさないで、はなさないで、はなさないで・・・」
「世話が焼けるな」
葵は私を湖から抱き上げると祓詞を唱えた
「遺る罪は在らじと 祓え給い清め給う事を・・・
速川の瀬に坐す
陸に上がると
「降ろして」
と告げた
「ダメ、遙は地に足が着いていない」
と葵がいう
「葵は容赦がないね」
「日本の法律は間違っている。犯罪者は人として扱うべきじゃない。
罪を犯した時点で人権は奪われるべきだ」
深い息を吐いた
「幽霊になった時点で人間じゃないってことね」
「僕は幽霊に一切同情しないし、罪を犯した人にも同情しない
見えるようになってから一貫している
同情したら終わりだ」
「葵、駐車場まで
もう
はなさないで・・・」
-了-
湖畔にての物語 ひとえだ @hito-eda
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