遊園地の館とグリモア

「ここが相手が指定した場所よね。」

「えぇ。間違いありません。」

 メルと菜々美は1軒の洋館に辿り着いた。建物は戦前に建築されたものなのだろうか。豪華な洋風の柱や窓枠があり、屋根や雨樋は日本式といったその時代特有のデザインの融合が調和的に行われた建築様式である。しかし塗装は綺麗であり、耐震工事も行われていないところをみると、この建物は遊園地の建設に伴い造られた贋作イミテーションの建物である事を菜々美は理解する。

「しかし……珍しい見た目の建物ですね。英国だとこんなの見たことがありません。」

 メルは洋館を眺めて物珍しそうに言う。

「大体120年くらい前に日本で流行ってた建築様式ですね。でもこの建物は最近に建てられてると思うので、年数はそれ程経ってはいないと思いますよ。」

「偽物の建物の中に本物のロストアイテム。何だか対照的な感じよね。そう思わない、菜々美さん?」

「そうですか?」

 メルは菜々美が共感してくれない事に少し残念な顔をする。そしてそれが菜々美に悟られないようにそそくさと洋館の玄関の扉をノックした。

「すみません!I.W.Sの者ですが、間桐氏はいらっしゃいますか?」

「私、I.W.S英国支部から派遣されましたメル・シルヴァバレットと申します。誰かいませんか?」

 メルが大きな声で英語訛りがややあるものの、見事な日本語で話す。菜々美は先程までメルは日本語を喋ることが出来ないと思っていたので、目を開いてメルを見ていた。

「な、なんで教えてくれなかったんですか?」

「何を?」

「日本語ですよ、日本語。話せるならそう言ってくださいよ。」

「だって貴方、英語流暢に喋れるじゃない。なら良いかなって。」

「あぁ……。」

 菜々美はメルの言い分に少し納得し、メジャーな言語を母国語とするメルが持つ見えない傲慢さが、まだ彼女を年相応の少女である事を思い出した。

 少しして一人のスーツを着た男が扉から出てきた。彼は間桐真司の秘書であり、間桐社長はもう少ししたら来るので、それまで2人は応接間で待っていて欲しいと言う。2人はそれに了承し館の中へと入っていった。

 館内は外見同様に豪華な造りとなっている。建築にあたって取り揃えたであろう調度品たちは厳かな雰囲気を醸し出し、屋敷全体に絢爛さだけでなく調和した規律を与える。1階の中央に2階へと続く大きな石造りの階段があり、部屋の殆どをそれが占めている。階段にはシッカリとした上質な絨毯が敷かれている。メルは音が鳴りやすいブーツ履いているのだが、この絨毯を歩いているときは音がひとつもならない程である。

 応接間は2階にあり、メルたちは2階に上がると扉を開く。部屋は大きく、家具や壁紙は赤と茶で構成されており、来客用のダークグリーンのソファが目立つようになっている。

 メルは杖の入ったケースを足元に置くようにして2人は席に座ると、そのうち案内をしてくれた秘書が盆を持って入ってきた。盆には急須と茶碗、和菓子が入った小皿が2つあり、秘書は二人の前に置かれた机に静かに置いて部屋を去った。

「菓子が出るってことは、もう少ししないと間桐氏は来ないようね。」

 メルはそう言うと緑茶を一口飲んだ。紅茶とは違う非常に渋みと苦みが強い風味がメルの舌を駆ける。一級の煎茶ではあったのだが砂糖入りの甘い茶に慣れていたメルには合わず、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をして茶碗を置いた。

「その感じみたいですね。」

 菜々美は猫舌なのか茶碗を持つとフウフウと何度も息を吹きかけ、ズズズと慎重そうに茶を啜っていた。

「ねぇ。時間もあるから質問したいんだけど、魔導書の鑑定ってそんなに難しいものなの?」

「そうですね……。多分ですけどメルさん程の魔法使いでも難しいと思います。」

 菜々美は顎に指を当てる。

「魔具と違って専門家がいないと、やっぱり魔導書の魔法の正体ってわからないの?」

 メルは素直な質問をする。

「まぁ。簡単に言ってしまうと、魔具よりも魔導書のほうがサンプルが少なく、かつ魔法の暗号が複雑に編まれているからです。そのせいで魔導書は魔法使いが持つ魔具の経験則と違う反応をする可能性が高いので、専門家が判断する方がベターって感じですかね。」

「なるほど……。菜々美さん。私、魔導書にはついては門外漢なの。だから魔導書について少しでもいいから教えてもらってもいい?」

「もちろんです!魔具学のなかでも私は魔導書についてはプロですから。」

 菜々美はふふんと鼻を鳴らし、メルよりも大きい胸を張った。

「まずメルさん。魔具と魔導書の違いって何かわかります?」

「えっと、確か魔具は使用者の意識と魔具の意識を共振させることで使用者の現実改変能力を底上げする。所謂増幅器みたいなものよね。」

「そうです。魔具なしでも基礎的な呪文の詠唱での現実改変は可能ですが、魔具がある方が現実改変を行いやすいと言うのが一般的です。」

「で、魔導書については……。確か魔具の一種であり、魔具同様現実改変能力の増幅器ではあるが、それがより高度になったものだと聞いた憶えがあるわ。」

「一般的にはそうです。より詳しく説明すると、魔導書は著者が編み出した魔法、現実改変能力の原理や方法が記されているのがスタンダードです。ちなみに、現代の魔法は魔導書の編纂と共に学問化され体系化されたものになりますね。」

「次に進んでも?」

「えぇ。大丈夫。」

 メルは見習い時代のときに読んでいた分厚い教科書に、そのようなことが書いてあったのを思い出す。

 簡易防御魔法と簡易攻撃魔法。これら魔法は古代から既に存在する物体を操る簡易操作魔法から派生したものである。そしてこれら魔法は多くの魔法使いが其々の魔導書に書いていた事で、欧州での活版印刷技術の発達と出版文化の勃興により編纂、体系化され簡易的な呪文で発動できるようになった。これを切っ掛けに多くの魔法使いが使用できるメジャーな魔法となった。

 菜々美は話を続ける。

「ただ、魔導書のなかには著者しか体系化できていない…つまりまだ我々には完全に読み解けない魔導書もあります。例を出すと今回再発見された魔具『グリモア』や、私達ミスカトニック大学が所有する魔具『ネクロノミコン』がそれにあたります。」

「読み解けていない魔導書を利用することは、素人が爆弾を解除するのと同じくらい危険です。よって、未解読の魔導書は危険物である魔具と同じ扱いになります。」

 菜々美は少しぬるくなった茶をぐいと飲み干す。

「特に今回の場合、『グリモア』は発見された17世紀からI.W.S国際魔法使い協会が紛失した 20世紀、つまり魔法使いの全盛期が含まれた長い期間があったのにもかかわらず、著者以外誰も解読ができなかったものです。」

「それで爆弾解除のプロフェッショナルである貴方が必要ってわけね。」

「はい。まぁ今回の場合は鑑定だけなので、解読まではいきませんけどね。」

 菜々美はそう言うと大きな伸びをする。メルも腕時計で今の時間を確認する。時間は昼頃で、館に入って10分程度経過したころであった。

 菜々美が茶菓子に手を付けようとした時、応接間の扉が開いた。そして男と少女が入ってきた。

 男は太陽が燦々と照りつける暑い日のに黒いスーツを着ている。髪は整っており、少し整髪料の臭いがする。眼鏡をかけており、度が非常に強いものをかけているのか目全体がやや大きく見える。年齢は30後半か40代くらいだろうか。頬はややコケており経営者特有の狂気じみた熱量は感じないが、瞳からは相手を常に観察し分析をする冷静さが伝わる。

 少女は幼く齢は7か8つくらいだろうか。髪や皮膚は紙のように白く、瞳はメルの赤珊瑚のような瞳よりも紅い。大人しめのドレスを着ているが、袖から見える二の腕は細くやや不健康的だと思わせる。表情は乏しく、少女の視線はメルたちに合っているが年相応の明るさのある反応はない。

「遅れてしまいすみません。I.W.Sの遣いの方ですよね。初めまして。間桐エンターテインメント社長、間桐真司です。今回わざわざ遠いところから来てくださりありがとうございました。」

 間桐はメルと菜々美に挨拶をし、まずメルの方に手を伸ばした。

「I.W.S英国支部のメル・シルヴァバレットです。本日はロストアイテムの回収にご協力してくださりありがとうございます。」

 メルは日本語でそう答えると、間桐が差し出した手を握り返す。2人は握手をすると、次に間桐は菜々美にも手を伸ばした。菜々美もその手を握り返す。

「魔導書の鑑定の為にミスカトニック大学から来ました、橘菜々美です。貴方とお会いでき光栄です。」

「いやぁ。光栄だなんて、私はそこまで偉くないですよ。」

 間桐はそう言い、アハハと笑う。その笑いには自分の自己顕示欲を満たした時の下卑た感情はなく、ただただ謙虚なだけなのだろうと思わせる。

「その子は?」

 メルは間桐の隣にいる少女について、間桐に質問をした。

「あぁ。彼女は私の娘、間桐春華まとう はるかと言います。」

 間桐は春華にメルたち2人に挨拶するように言う。春華は間桐を見つめるとコクリと小さく頷き2人に淡々とした声で挨拶をした。

「シルヴァバレットさん、橘さん。こんにちは。」

「では早速ですが、本題に入りましょう。」

 間桐はそう言うと春華をメルたちの向かいのソファに座らせ、そして自身も向かいのソファに座った。

 すると秘書がジュラルミンケースを両手で持ちながら部屋に入ってきた。そして秘書はジュラルミンケースを机に置いた。

「もうご存知だとは思いますが、今回お二人をお呼びしたのは、このケースのなかに入っている物についてです。」

 間桐はそう言うとケースの鍵を開ける。そしてケースを開けメルたちに見えるように向きを変えた。ケースの中に入っていたのは一冊の本である。重厚な表紙がまず視界に入る。金色の豪華な装飾が施されており、表紙の四隅にはガーネットのような不気味な輝きを放つ宝石が埋め込まれている。本の題名はラテン語で記されている。本の厚みは電話帳よりも分厚く、1枚1枚の羊皮紙がこの本の重みと存在感を保証するようだった。

 そして、メルと菜々美は気が付いた。この本から溢れる圧倒的な威圧感を。メルにとっては魔具の回収・破壊を専門としてきたが、この本が放つ威圧感は今迄経験したどの魔具よりも強いものであった。

 (これはもしかしなくても本物なのかもしれないな……。)

 メルの額から汗が一筋つうと流れる。次の瞬間、メルが置いたモーガンズウッドの入ったケースがカタカタと動き始めた。この変異に気がついたのはメルだけであった。メルはケースを動かないように、両足でケースを挟んだ。

 2人が驚くなか、間桐は重々しく口を開き話しはじめた。

「私の娘、春華が見つけた魔具。推定『グリモア』です。」

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魔弾師レッドフード 春日台昇 @Kasugadai-Noboru

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