遊園地へと

「で、ここがその例の場所って事なの?」

 メルは隣に立つ菜々美に向かって質問をする。

 二人は昨日、飛行機に乗って日本に到着した。そして今、二人は関東圏外にあるとあるオープン前の遊園地にたどり着いていた。

「えぇ!ここで間違いないです!」

 菜々美は遊園地の入り口の手前にある大きな門を見上げる。

 門には「バビロニアランド」という大きな文字がついている。文字の左右にはデフォルメされたピエロと女の子のイラストがニコニコと満面な笑みを浮かべている。

 まだ遊園地は完成していないせいで、垣根越しは鉄パイプとブルーシートで出来た仮組のやぐらが見える。今日も工期に間に合わせる為か、つなぎを着た工事関係者たちと工具や材料を積んだトラックが砂埃を巻き上げながら往来している。

 人々はメルの真っ赤なフードと5月で初めて30℃を越える真夏日なのに重々しいI.W.Sコートをメルたちが着ている事に、不思議そうな表情で彼女の横を通り過ぎる。

「全く……。日本人には魔法使いって珍しい存在なのね。」

 メルは涼しそうな顔で言う。メルたちが着ているI.W.Sのコートは多重に魔法の障壁が貼られており、その障壁は暑さや寒さからも着用者を護ってくれるのである。

「えぇ。日本だと明治時代、19世紀に日本政府が神仏乖離と国家神道を定めたときに、宮内省の保護下にあった魔法使い以外の多くは民衆に蔑まれ排斥されるか、後継者がいなくなって廃業しましたからね。」

「そうなると私達は客寄せパンダみたいに見られても仕方のないことって訳ね。」

「さぁ。見世物じゃないんだし、とっとと回収しに指定された場所に行きましょう。」

 メルはそう言うとトコトコと目的に向けて歩き出した。菜々美もメルを追うようにスタスタと歩き出した。

「しかし、ここで回収するなんて、今迄考えたこともないわ。」

 暫く歩いているとメルは菜々美に話す。途中メルは飛び交う土煙を吸い込んだのか、咳き込みながら言う。

 菜々美も風のせいで口の端に付いた自身の黒髪をどかしながら言う。

「それはまぁ。ココは間桐エンターテイメントが新しく建設しているテーマパークですからね。」

 菜々美は何処か嬉しそうな表情で話す。

「菜々美もそうだけど、なんで皆その間桐ナントカっていう企業を知ってるの?なんか出発前にアーサーから娘の為に社長にサインを貰ってきて欲しいってメールが来たし。」

 メルは不思議そうな表情で菜々美に質問をする。すると菜々美は鳩が豆鉄砲を喰らったような、キョトンとした顔でメルを見つめる。

「メルさん……。間桐エンターを知らないんですか?」

「えぇ……。最近は魔具の回収であちこちを回るか、魔法の勉強で全然流行りは知らないの。」

 メルの言葉を聞くと、菜々美はメルをまるで異世界から来た人間を見るような表情でジイと見る。

「だって間桐エンターテイメントですよ!日本人なら誰もが一度は耳にしたことがある新興企業ですよ!VR産業から間桐エンターテイメントはスタートましたがその後は破竹の勢いで急成長して、ARグラス「Ideal」で一躍有名に!この遊園地は仮想現実と拡張現実の経験を最大限に活かしたものになるらしいんですよ!」

「そ、そうなんだ……。」

 メルは菜々美の止まらないマシンガントークについていけず、やや引き気味で返事をする。

 魔具探しに追われて休日は殆ど寝ているメルは知らなくて当然で、間桐エンターテインメントは間桐真司が僅か数年でVR産業で財を成したエンタメ企業である。

 ゲーム会社に勤めていた間桐真司は仮想現実に可能性を感じ、VRのアバター作成及び販売を個人で行い始め、その後様々な処から技術者を集め、退社後に間桐エンターテイメントを発起した。最初は自社の3Dモデルの無断転載や資金繰りに苦しめられたが、その後拡張現実技術にも目をつけて自身のアバターや理想的なキャラクターを表示するメガネ型デバイス「Ideal」という商品を大手家電企業と共同で開発・発売したところオタク界隈を中心に爆発的な売上を出し、一躍世間の目を集める企業へとなったのだ。

「私もIdeal持ってるんですよ。ふたつあるんで、ひとつメルさんに貸しますよ!」

 菜々美はバッグからゴソゴソと眼鏡ケースを出す。そしてケースを開くと、真っ赤な可愛い眼鏡が出てくる。菜々美はその眼鏡をズイズイと渡す。

「ふーん……家電屋にあるスマートグラスと見た目は同じなのね。」

 メルは菜々美の強引さにウンザリしつつ、眼鏡を受け取る。一見それはただのスマートグラスに見える。メルは試しにかけてみると、驚いた。

 なんと菜々美が立っている場所に、二足歩行をする50cm程度の黒猫のアバターが立っているからである。Idealはモニター上で相手の姿を消し、その位置に相手の登録した3Dモデルを表示する。それだけでも凄い技術だ。

 そして、それ以上に驚くべきことは現実の相手の動きを随時3Dモデルに反映していることだ。通常3Dモデルをリアルタイムで現実の人間の動きと同調して動かす場合、モーションキャプチャーが必要であり、最低でも身体に数か所はトラッキングが可能なセンサーを取り付ける。しかしこのスマートグラスはセンサー無しで精密に同調することができるのである。

「どうです?眼の前にキャラクターがいると錯覚しちゃいますよね?」

 黒猫は菜々美の声で喋り始めた。Idealはリップシンク唇の動きの同調もいとも簡単に行っている。そのためメルからすると、猫が人語を話しているように錯覚してしまうのだ。

「菜々美さんなの…?」

「そうですよ。凄いですよね。私も最初、メルさんと同じ反応でしたもん。」

 黒猫はくるくると滑らかに回転する。メルはチラとスマートグラスの淵から現実の様子をみる。すると黒猫が回っている位置に菜々美がくるくると回っている。

「まるで魔法みたいだ。」

 Idealを外したメルは驚いた顔でまじまじとスマートグラスを見つめる。

「フフ。そのセリフ、魔法使いのメルさんが言うと面白いですね。」

 菜々美は少し可笑しそうに笑った。

「なるほどね……。ねぇ、よければコレ少しの間借りててもいい?」

「勿論ですよ!ささ、どうぞ!」

 メルは菜々美から眼鏡ケースを受け取ると、借りたスマートグラスを入れて胸元のポケットにしまう。

 そして2人は目的地に辿り着いた。そこは園内の奥にある緑地、その緑地の奥の森林の中にある一本道を進んだ先にある一軒の洋館であった。



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