レッドフッドの魔法

 魔弾師。それは人類史に現代に繋がる銃火器が誕生した時代、15世紀に生まれた魔法使いの一派である。

 魔弾師たちは銃火器の殺傷能力と一般人でも取り扱える手軽さに着目し、当時大掛かりでかつ遠距離でしか使えなかった魔法を脱却するために近距離でかつ速射ができる魔法である簡易魔法の開発と、大型化した杖の軽量小型化を進め、現代魔法使いの技術基盤を作った。

 小型化した杖や簡易魔法により護身術として一部の貴族や高級士官を中心に普及し、最盛期は19世紀末から20世紀初頭となった。しかし二度の大戦による貴族階級の著しい減少、および銃火器の発展と民間への普及、魔法使いとの融和と共に衰退、そして現代では名前だけしか残っていない。

 その魔弾師のなかでも五本の指に入るほどの実力を持つのが第一次世界大戦で活躍した、最速の魔弾師、紅き魔女などの異名を持つ魔弾師、シルヴィア・レッドフッドである。


「さぁ、狩りの時間だ。」

 レッドフッドは片腕が吹き飛ばされたヘルメスを見て舌舐めずりをする。

「切り裂け!」

 ヘルメスはそう叫ぶと、残った片腕と右脚が光り、そこから同時に生まれた縦横二方向の衝撃波がレッドフッドを襲う!

「なるほど、二方向の攻撃ならば狭い通路で避ける暇をなくしたと。だが無駄だ。」

 レッドフッドはモーガンズウッドを構えると同時に、2つのエメラルド色の光波を発射した。光波は衝撃波にぶつかり大きな爆発が起きる!

「…やったか?」

 ヘルメスは緊張を解かないまま爆煙を見る。爆煙からは無傷のレッドフッドが現れた。

「何故だ、何故このヘルメスの魔法が通じないのだ!」

 狼狽えるヘルメスを見て、レッドフッドはニタリと笑う。

「特別に教えよう。それはお前の魔法はメルと同じ、物理簡易魔法の領域から出ていないからだ。」

「魔法は現実改変。真の魔法とは物理現象をも越える禁忌の領域を指す。」

 レッドフッドはモーガンズウッドをくるくると回しながら話し続ける。

「まぁ。魔具は絶大的な現実改変能力を持つとは言うが、お前の魔法だと今まで俺が戦ってきた魔具の中でもミソッカスだよ、実際。」

 メルがそう言うと、ヘルメスの額には大きな青筋が浮かぶ。

「ならば手数で押し切るまでだ!私の魔法に切り刻まれながら後悔するんだな!」

 ヘルメスが叫ぶと、彼の羽の瞳が輝き出す。そして翼から羽の一枚一枚が射出される。射出された羽は鋼のように硬化し、鋭い無数の刃がレッドフッドを襲う!

「グググ…。そうこなくてはな!」

エミロウトア生まれ射出せよ!」

 しかしその刃たちはレッドフッドの簡易魔法によって、彼女に到達する前に爆散してしまう。

 ヘルメスは攻撃の手を休める事なく、次々とレッドフッドに向けて衝撃波を飛ばす!だがレッドフッドはその度に簡易魔法を唱えてヘルメスの攻撃を阻止する!

「魔弾師の神髄は早射ちだ。現代の魔法使いも早撃ちの技術はあるが……。」

 ヘルメスは間髪をいれずに次の羽を撃つために体勢をとった。

 しかし、それよりも速くレッドフッドは再び杖を構える。するとヘルメスの羽は突如爆発する。爆煙は薄いエメラルド色を帯びており、ヘルメスはこの爆煙を見てようやく、自身がレッドフッドに魔法を撃たれた事に気がついた。

「相手は瞬時に撃たれる予測ができない、これが本当の早撃ちだ!事前に撃つ場所を定め、相手が認知するよりも早く杖から魔法を撃つ!」

「シクぜトラ=アエレエ《生まれ爆ぜよ》!」

「ぐぉあ!?」

 ヘルメスの体は次々と爆発する!

「グググ……この程度の魔法で音を上げるとはな!」

 ヘルメスは距離をとろうと、レッドフッドから離れようとする。

「おいおい、そんなに離れるなんて酷いな!」

 なんとヘルメスの足元にいたドブネズミが大きく爆発する!そう、レッドフッドはたった今爆発魔法の対象をトンネルに住むドブネズミに切り替えたのだ。

 ドブネズミたちはあちこちにおり、ヘルメスの近くにいるドブネズミたちが爆発し、ヘルメスもその爆発に巻き込まれる!

 爆発は収まらない、どんどんとヘルメスの身体は焦げ付き、四肢の一部は炭化し始める。

「ば、バカな……!このヘルメスが、こんな小娘に一方的に殺されるだと……!」

 ヘルメスは体が爆発するなか衝撃波を放つが、衝撃波はレッドフッドではなく明後日の方向に向って飛び、下水道のトンネルの壁を傷つけるだけであった。

「おいおい。もう終いか?」

 レッドウッドは血よりも赤い瞳をギラギラとさせながら犬歯が見える程ニィと口を開き、三日月のような笑顔を見せる。レッドフッドの放つ妖気は一層と濃くなる。

 爆発が終わり、プスプスと焦げ付いた肉の焼けた臭いがトンネルに満ちる。ヘルメスは既に体は限界を迎えている。白い体の隅々に大きなヒビが出来ており、ヘルメスの自慢の羽は殆どが消し炭となり、残っているのは顔にあるものだけである。

「まだだ!このヘルメス、貴様だけでも!貴様だけでも道連れにしてやるうぅぅぅ!!!!!!!!」

 ヘルメスは血走った目をカッと開きそう叫ぶと、最期の力を振り絞り天井につくほどの高さまで跳躍する。跳躍したことで炭化しか右脚は崩れ、ヘルメスは残った左脚で渾身の衝撃波を飛ばしてきた。

 衝撃波たちは幾重にも拡散収縮を起こす。手すりやコンクリートを木っ端微塵に破壊し塵埃瓦礫を巻き込みながら、レッドフッドに向かって最速で向かってくる!

「芸のない奴め。」

 レッドフッドは吐き捨てるように呟く。彼女の瞳には最早ヘルメスのことは写っていなかった。

「俺はあの塹壕でクソ帝国兵を何人も殺しまくって、生き延びたんだ。」

「何重にも張られた有刺鉄線やら重機関銃と大砲の無数の雨あられな銃撃を躱して、今度は狭い通路で銃弾やら銃剣の突撃がバンバン来るんだ。」

「そう。こんな下水道みてぇな狭い場所で、今のお前みたいな攻撃を、俺は何十何百と経験しているんだよ。」

「何が言いたい!」

 ヘルメスは、最大出力で放った衝撃波を迫るなかペラペラと悠長に話すレッドフッドに苛ついたのか怒声を放つ。

「だから、この勝負を仕掛けたお前は、最初っから負けってことなんだよ。」

「あの世の手向けだ。お前に魔法の禁忌の一部を見せてやる。」

 レッドフッドがそう言うと、彼女の姿はグニャリと歪み始める。レッドフッドの身体が歪んだのか。

 否、違う!

 レッドフッドの周りの空間が歪んでいるのだ!

「俺が世界大戦のとき編み出した魔法さ。」

「まぁ。最初に編み出したものだから初歩の初歩だけどな。」

 衝撃波は歪んだ空間によってレッドフッドには当たらず、反対側の水路とトンネルの壁にぶつかる。大きな音をたて瓦礫や汚水が飛び散る。

 目の前で起きた事に愕然とするヘルメスは、最早逃げることしか選択はなかった。彼は恐怖によって青ざめた顔で、レッドフッドを背に向けて逃げ出そうとしていた。

「これで終いだ。」

 レッドフッドがそう言うと、モーガンズウッドが光ったと思った次の瞬間にはヘルメスの身体は翡翠色の業火によって消失した。

 ヘルメスが消失したのをレッドフッドは見届けると、ガクリと地面に膝をつく。

「畜生…!あの見習いめ、制限時間までもかけていたのか……!」

 レッドフッドが苦虫を噛み潰したような顔をする。そしてレッドフッドの髪は黒から赤へと戻りバタリと倒れるのだった。


 暫くして、メル・シルヴァバレットは目を覚ました。メルは自身が横たわっている事に気がつく。あたりを見渡すと下水道がレッドフッドとヘルメスの戦闘によって大きく壊れていること、焼け焦げた塵のようなものがヘルメスの残滓であることをすぐに理解する。

「初めて10%以上の出力だったから、モーガンズウッドの魔力を操れる制限時間を掛けておいて正解だった…!」

 メルは壁に背をつけるように姿勢を移すと、ゴホゴホと咳き込む。ズキズキと酷く胸が痛む。

「……くそ、レッドフッドのやつ。骨までは治してくれなかったのか。」

 メルは悪態をつく。モーガンズウッドは手元にあるが、メルの魔力が尽きているのか今は先程のような魔力による炎は出ていない。

「こちらメル・シルヴァバレット。怪物の沈黙と魔具の破壊を完了……。あと救護班か救急車を連れてきて、肋が折れて凄く痛いの。」

 メルは通信機で連絡をする。

 連絡が終わるとメルはため息を小さくついて天井を見上げる。湿ったトンネルは何処かからドブネズミの鳴き声が聞こえる。

「レッドフッド。貴方は一体何をしたの。」

 トンネルが遺した残骸を見つめ、メルは何も言わないモーガンズウッドに問いかけるのであった。

 

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