レッドフッドの目醒
一方。メルは暫くトンネルに進み警官たちが完全に見えなくなると、ハァと大きなため息をつく。
「あーあ。なんで私が魔具の回収なんてやらなくちゃいけないのよぉ。」
「全く、ほんと嫌な役割をしないといけないのか。あぁ、可哀そうなメル。」
メルは愚痴を呟いた後、ヤレヤレとしたジェスチャーをする。
「でも、誰かがやらいといけないからね。」
「……モーガンズウッド、出力5%。」
メルは杖の魔力を抑える簡易魔法を唱えると目をつむる。メルが握るモーガンズウッドと呼ばれた杖は、彼女の言葉に呼応するように禍々しいエメラルドグリーンの炎が先端から噴き出す。するとメルの髪は先程の赤髪から黒髪へと色が変化していく。そしてメルが再び目を開けると、彼女の翡翠のような美しい緑色の目は珊瑚のような真っ赤な瞳になっていた。
メルの姿が変化すると同時に、ランプによって生まれたメルの影が一瞬蠢いたかと思うと、別の人型のものになる。人型は女性の姿をしている。そして影は揺らめきながらメルに語り掛ける。
『グググ……何が可哀そうなメルだ。この最速の魔弾師シルヴィア・レッドフッドが、何で見習い魔法使いの小娘なんかと契約をしているのか。情けないったらありゃしない。泣きたくなるのは俺の方さ。』
メルはモーガンズウッドの影の声の主、シルヴィア・レッドフッドがメルを見習い魔法使いと呼んだこと、そしてそれが事実であることに心を痛めた。
メル・シルヴァバレットは現実改変能力、いわば本格的な魔法を安全に操る事ができない。本来彼女は魔法学を扱う専門学校に進むべき学生であり、故に一人前の魔法使いの証である杖を持つには相応しくない立場なのだ。
「黙ってて、レッドフッド。これも貴方と契約したせいよ。」
「あの時は仕方なかった。あの時魔法を使えるのは私しかいなかったから、それが最善の選択だったからよ。」
メルは真っ直ぐで冷静な声で答える。
『なんだ。いまさら後悔でもしているのか?』
レッドフッドの影はメルの肩に寄りかかるように迫り、彼女の耳に囁いた。
「いいえ。でも、この杖が
メルは蠢く影をまるで日常の一部かのように見ることもせず、どんどんと導水路に続く通路を進む。
『フン……まぁいい。』
『俺は俺自身の体を取り戻すことが出来たらいいからな。それで協会の奴らに復讐が出来る。』
レッドフッドはグググと喉を鳴らしたように笑う。彼女の恐ろしい笑い声はトンネルを木霊する。
「そんな世迷言、誰が信じるの。遺体がそっくりそのまま新鮮な状態で100年も残ることなんて、誰もが可笑しいと思うわ。」
『お前は最初、魂の存在を否定していた。だがお前は俺の魂の存在を認め、俺と契約したじゃないか。契約した以上、最低でも俺の御伽噺をお前は信じている事になる。』
「分かったよ。言い訳勝負は貴方の勝ちでいいわ。」
メルがそう言うと、レッドフッドの影の揺らめきは収まり、影は元のメルの形に戻った。
しばらくして、メルは通路を歩いていると倒れた人間たちを見つける。それは先程警官が語ったホームレスたちの死体であった。
メルはランプを通路に置くと死体の傷をしゃがんで確認する。死体は胴から太ももにかけて大きな裂傷があり、死因は裂傷による失血死であることは、医学に乏しいメルでも分かるものであった。
「可哀そうに……。傷からみてやはり物体を操るか、それとも物質を形成して射出する魔法あたりで間違いなさそうね。」
メルは立ち上がろうとする。するとランプが派手な音を立てて切り裂かれた。
メルは一体何が起きたのか一瞬理解できなかった。しかし破壊されたランプをみて確信する。件の暴走した魔具使用者が、メルを殺すために攻撃を仕掛けてきたのだ。
メルは通路の奥から轟々と、何かの異音が自身に迫ってくることに気が付く。魔具使用者の斬撃魔法だ。
「
メルは杖を構えると簡易防御魔法を唱える。すると塵やコンクリートの破片、が宙を浮くと、メルを中心とした膜のような結界を作り始める。
次の瞬間、メルが纏っていた結界が破壊される。結界が破壊されるとき、メルは強烈な風切り音を耳にする。
『グググ……予想は外れだったな、メル。どうやら相手は衝撃波を飛ばす魔法、それも完全な
レッドフッドの影が再びメルに語りかける。いつの間にかモーガンズウッドから出るエメラルド色の炎が、先程よりも大きくなっていることに、メルは気がつく。
「なるほど。こんな派手な衝撃波が相手の魔法とはね。」
メルの額からは冷や汗が一筋、ツウと流れる。メルは簡易防御魔法を再び唱えると、杖を強く握りしめ、魔力を貯めるためにジッとした。
少しして通路の奥から人影が見え始める。メルは気が付く。その人影の正体は既に人とはかけ離れた異形の姿をしていることを。
その異形は服を一切着ていない。しかし全身は白い翼のような器官が体表から無作為に生え、幾重にも重なり恥部や顔を隠している。羽の一つ一つには黄色く濁った瞳があり、それぞれが不規則に瞬きを繰り返す。まだ現実の肉体に慣れていないのだろうか、異形は高速で本来人間が発声できない言語でブツブツと独り言をつぶやいている。
そして、その異形の両足にはエアマックスのスニーカーを履いており、メルはこのスニーカーこそが魔具であると直感的に理解する。
「
『グググ……どうやら遅かったようだな。お前が探していた相手は既に魔具に魂を奪われ、完全に体は魔具のものへと変わってしまったようだな。』
魔具は所有者が保持したとき、その所有者と魂の契約を結ぶ。契約をすると所有者はその魔具の絶大的な現実改変能力を自由に使えるのだ。
しかし契約には代償が必要である。代償は魔具によって様々だ。人の血肉や魂、金塊、情愛……。その代償を所有者が払えなくなったとき、契約によって魔具は所有者の魂を奪い、身体を魔具の新しい身体へと完全に書き換えるのだ。書き換えられた魔具の新しい身体、国際魔法協会はソレを
「警察から話を聞いた時から薄々感じていたけど……。」
「I.W.Sの規定により、たった今より
「
メルは杖を構え、攻撃魔法を唱える。すると杖のエメラルド色の炎が1つの火球へとなり、怪物に向かって放たれた。
メルによって放たれた火球が怪物へとぶつかり大きな爆発を起こす!しかし怪物は羽で体表を守り、本体へのダメージは微小なものであった。
「小娘、このへルメスに攻撃とはな。」
怪物、へルメスは焦げ付いた羽を見る。
(攻撃は効いている。次の攻撃のために少し時間を稼がないと。)
「小娘?私はI.W.Sのエージェント、メル・シルヴァバレットよ。」
「ヘルメス、スニーカーの魔具よ。直ちに契約者の魂を解放して、体を返しなさい!」
メルは胸ポケットからI.W.Sの証明カードを出し、ヘルメスに見せる。
「それは無理だ。契約者の男は愚かにも私に力を欲したのだ。私は男に力を貸し与えた。しかし、男は契約で結んだ3日以内に5人の魔法使いの魂を差し出すことはできなかった。……まぁ男は最後まで魔法使いを探せず代わりにホームレスの魂を差し出してきたが、無駄な努力だったな……」
ヘルメスはフと邪悪な笑みを浮かべる。それは男が力に溺れ、契約によって破滅する姿を思い出しているからだ。
「
しかしメルはヘルメスの話など聞いておらず、魔力が十分に貯まると何発もヘルメスに向かって火球を連射する。
腐ったガスが溜まったパイプにも魔法があたったのだろう。ヘルメスは大きな火炎と爆発に飲み込まれる!
「よし!これなら……。」
メルは着実に相手の魔力を削る、消耗戦へといけると確信した。しかし次の瞬間である。
「な…!?」
突如結界は崩壊し、メルの胸からは大量の血しぶきが飛び散っているのだ。
「無駄だ。貴様の魔法、このヘルメスには痛くも痒くもない。」
爆煙のなかからヘルメスが現れる。彼は羽が多少焦げ付いた程度であり、全身は全く大きなダメージを負っていなかった。
そしてエルメスは右脚を上げると同時に、彼の右脚は眩い光に包まれる!そして右脚の強烈な蹴りによって衝撃波が生まれた!
衝撃波は無防備なメルに着弾し、メルの傷はさらに深いものになる!
(ど、どうして!?制服には防御魔法が組み込まれているはずなのに!?)
ドクドクと流れる血と共に生まれる酷い痛みのせいで、メルはガクリと膝を崩してしまう。メルはこのとき、自身が絶望的な状況に置かれていることを理解する。
ヘルメスの衝撃波魔法は、メルが感知するよりも速く放たれたこと。そしてヘルメスの衝撃波魔法はメルの制服では完全に防御することが不可能であること。このままではメルは次の攻撃で体が真っ二つになるか、消耗戦でもメルが先に力尽きてしまうのだ。
ヘルメスは姿勢が崩れそうになるメルに追撃すべく、高速で接近する。そして鋭い前蹴りをメルの胸に目掛けて蹴りつけた!
「ぐぁ……!」
蹴られたメルは200mほど吹っ飛んだ。そしてヘルメスに蹴られた瞬間、肋の骨がミシミシとヒビが入る音がメルは聞こえたように感じだ。
「い、息が…!く、くるしい……。」
メルはカヒュ、カヒュと小さな息を零す。どうやら肋が折れて肺が傷ついてしまったようだ。
『グググ…困っているようだな、メル。』
レッドフッドはニタニタとした笑みを浮かべたような声を出しながら、メルに語りかける。
『貴様1人ではこのまま死んでしまう。これでは俺との契約が達成できない。どうだ、俺が力を貸してやろうか?』
「ふざ…けるな…!あんた、今度こそあの変態羽野郎みたいに……私の体を完全に奪うつもりなんでしょ…!」
『よく言う。力不足のくせに言葉だけはいっちょ前だな。』
『しかしこのままでは、お前はコールスローみたいにバラバラにされるぞ?いいのか?』
「ちく……しょう。モーガン……ズウッド……。出力……12%……。」
メルは微かな声でそう呟くと意識が落ちる。
ヘルメスは通路に伏すメルを見ると、つまらなそうな表情を浮かべる。そして倒れるメルに止めを刺すべく、ヘルメスはメルに近づく。
(まずは一人目。ゼロ距離からの私の全力の衝撃魔法で小娘の頭を消し飛ばす。その方が死体を犬畜生に喰われ穢されても、彼女の名誉は守られるだろう。)
その時である。銃弾のような射出魔法攻撃がヘルメスを襲う。ヘルメスはその唐突な攻撃を事前に感知する事ができなかった。
ヘルメスは気がつくと彼の右腕は千切れ、宙を舞っていた。
「一体誰が私を攻撃したのだ。」
右腕から青色の血を流すヘルメスは、攻撃を受けた方角を見る。それは倒れたメルがいる方であった。そしてヘルメスは驚く。なんとメルはムクリと起き上がったではないか。
「……こいつ、まだ息をしているのか!」
『いいや。メル・シルヴァバレットは伸びちまってるぜ。』
メルは話し始める。しかしその声は10代の幼さがあるものではなく、蠢く影の声、シルヴィア・レッドフッドの声である。彼女の深紅の瞳は先程よりも、煌々と真っ赤に輝いている。
エルメスはこの少女から、先ほどとは違う、どす黒いオーラが放たれている事に気が付く。そしてエルメスは少女をこのまま放っておくと、自身はこの少女に殺される。そんな野性的な直感をエルメスは瞬時に判断すると、レッドフッドに目掛けて強烈な衝撃波を右脚から放った。
『
しかし衝撃波はレッドフッドに届く前に霧散する。いつの間にかレッドフッドの周りには高度な魔法陣で描かれた結界ができている。それはメルが唱えた簡易魔法のような現実の物質を媒介にした障壁ではなく、エネルギーとなる魔力を疑似的な物質へと変換して強固な防壁を瞬時に作り出したのだ。
『全く。意識は乗っ取られるが、他の魔法使いでも倒せる程度には出力を抑えるとはな……。』
『見習いのくせに、そこだけは器用だからな。』
「貴様……一体何者だ。」
『おうおう。貴様、魔具のくせに魔法のイロハをしらないのか?』
レッドフッドはヘルメスによって出来た大きな切り傷を、手のひらでなぞる。すると、手のひらでなぞったところから傷口がなくなっているではないか!
『魔法は現実改変。貴様のちゃちな衝撃波なんざ、魔法のマの字にも入らないってことなんだよ。』
『改めて自己紹介をしよう。俺はレッドフッド。最速の魔弾師、シルヴィア・レッドフッドだ。』
レッドフッドはその深紅の瞳をヘルメスに向け、ニタリと捕食者の笑みを浮かべる。
『さて、狩りの時間だ。』
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