魔弾師レッドフード

春日台昇

第1話 メルとレッドフッド

トンネルの怪

 5月のロンドンはジトジトとした霧雨を降らしていた。

 夜のロンドン郊外にある廃トンネルの入り口には、黄色い立入禁止テープで塞がれいる。周りには5台のパトカーが青色の警告灯を回して止まっており、闇夜のあたりを青く染めている。

 パトカー近くに9人の武装警官が誰かを待つように立っており、そのなかでも少し老けたベテラン警官は胸に着けている通信機を使って誰かと会話をしている。

 すると一台の黒いバンが警官たちに向かって近づいてくる。

 警官たちはバンを見かけると、ようやく来たと安堵した表情をする。バンの側面には『I.W.S.(国際魔法協会)』と書かれていた。国際魔法協会。第二次世界大戦後に生まれた国際的な魔法使い組織であり、魔法関連の事件の捜査では国際魔法協会から魔法使いが派遣されるのだ。

 バンは警官たちの前に止まると、後方の扉がゆっくりと開く。

 バンから降りたのは一人の赤毛の少女であった。

 警官たちは驚いた表情で少女を見つめる。警官たちが驚くのは無理もない。国際魔法協会は科学が発展した現代では数少なくなった魔法使いが所属する組織である。魔法使いの人数は年々減少しており、魔法使いの人数が最盛期である1930年代は3万人だったのが現代では200人前後にまで減ってしまっている。そのため警官らが思い浮かぶのは、図書館にある重々しい歴史書や小説に描かれた年老いた魔法使いであり、目の前にいるまだ学生ぐらいの年頃の少女が来るとは到底考えもしなかったのである。

 警官たちはまじまじと少女を見つめる。少女の身長は大体160㎝にも満たない程であり、ちんちくりんな印象を与える。少女が着ている国際魔法協会の重々しい制服は、逆に少女には似合わないためチグハグなものになっている。年齢は10代後半だと見える。それは化粧っ気のない素朴な顔であり、頬にはソバカスが彼女がまだ大人ではない印象を見るものに与えるからだ。

 そしてなにより、彼女は夜でもハッキリと分かる程の真っ赤なフードを被っていることだ。フードのせいか、警官たちは少女をまるで童話『赤ずきん』の主人公、赤ずきんのコスプレをしているように感じてしまう。

 ベテラン警官は他の警官のように驚く事はなく、少女に話しかける。

「よく来てくれました。ミズ、メル・シルヴァバレット特派員。協力に感謝します。」

 ベテラン警官は握手をするためにメルに向かって右手を差し出す。

「えぇ、こちらこそ。」

 メルと呼ばれた赤毛の少女は、ベテラン警官に気が付くと右手で握手をする。

「まず確認したいんだけど、私が派遣されたということは、魔具関連の事件ということで間違いないのですね。」

 メルは少し大人び居ているのか、ベテラン警官に丁寧な言葉で質問をする。

「はい、その通りです。」

「分かりました。移動中に内容は伝えられましたが、詳細について再確認してもよろしいでしょうか。」

 シトシトと降る雨は、メルのフードを濡らす。

 トンネルはどこかの水路に繋がっているのだろうか、雨のジトジトする匂いの他に、不愉快な気持ちにさせる腐った水の臭いも混じっている。

「はい。今日の17時に廃棄された導水路、ここのトンネルの調査を行っていた水道局員からの通報により、トンネル内で複数人のホームレスたちの死体が発見されました。17時10分、警官2人が現場に到着。現場に突入後、警官から連絡がなくなりました。その事を受け、18時に武装警官たちが突入。18時7分、突入した武装警官の通信により、暴走した魔具使用者を発見。武装警官は直ちに撤退、そして国際魔法協会に協力を要請した次第です。」

「分かりました。」

は持ち主に強力な、いわゆる魔法を与える道具です。しかしその現実改変能力故に一般人には魔具を扱うのも、魔具の使用者を拘束するのも危険です。今回の事件でも魔具によるものだと分かり次第、我々I.W.Sに要請して下さったのは最善の判断だと思います。」

 メルはベテラン警官らの判断を称賛する。そして何かを思い出したのか、少し考えるような素振りをした。

「あー……ちなみに魔具使用者の特徴とかは分かりますか?」

「外見までは把握できていませんが、魔法の特徴は突入した部隊の証言からになりますと、推測するに斬撃系の魔法を用いる事は明らかになっています。」

「斬撃……物質を用いたものか、かまいたちのようなものか、どちらかね。」

 メルは相手の魔法を推察しつつ、バンに置いてあるケースを取り出す。そしてケースを開き、なかから一本の杖を取り出す。その杖は40㎝程の長さであり、赤茶色の古びた皮が持ち手部分に巻かれている。杖の根本には金属板が巻かれており、『モーガンズウッド』と筆記体で彫られている。どこか骨董品じみた雰囲気を漂わせており、この杖が年季ものである事は魔法の素人である警官たちでもひとめで分かる程である。

 そして警官はメルが持つ杖が魔具である事を理解する。魔法使いの条件は2つ、国際魔法使い協会の試験を合格すること、そして魔具を扱える才能があることだ。

 少し前まで懐疑的な警官たちも、メルの杖を見ただけで彼女が魔法使いであると信じた。

「……情報の提供ありがとうございます。今の情報で相手の攻撃は大体推測できるので、私はこのまま突入します。……他の警察の皆さんもありがとうございます。万が一のときはよろしくお願いします。」

 メルは杖を片手で握りしめると、他の警官らに軽く手を振る。そしてメルはランプをつけ、立入禁止のテープをくぐるとそのままトンネルへと進んで行く。

「ロ、ロブさん。本当にあの少女がI.W.Sのメンバーなのですか?」

 少女が見えなくなった後、若い警官の一人がベテラン警官に質問する。

 ベテラン警官はトンネルを見つめながら話す。

「あぁ。メル・シルヴァバレット。I.W.Sの最年少魔法使い。主に魔具関連の事件を扱い、これまでに3つの魔具の回収、2つの魔具の破壊を行った。いわば魔具のプロフェッショナルだ。」

「でも奴さん、俺の妹と同い年には見えましたよ。今からでも追いつけます、俺でもいい。誰か彼女と同行したほうがいいですよ。」

 若い警官は自身の妹と殆ど歳が離れていないであろうメルが、これから殺人鬼がいる現場に一人で行かせることを心配しているのだ。

「確かに見た目は幼いが列記としたI.W.Sのエージェントだ。大丈夫さ。彼女ならきっとこの事件を解決してくれる。」

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