失った日常
◆
『彗星蘭の花言葉って知ってる?』
私が、友達に問う。友達は、目を細め、嫌そうな顔をした。
『…貴族に愛される花』
嫌悪感を抱く友達に、私は微笑んだ。
『彗星蘭の花言葉は、『特別な存在』だよ』
◆
「双葉ちゃん!」
「はいっ!」
大きな声で我に帰り立ち上がる。周りは私を見て驚き、クスクス笑った。
めちゃくちゃ、恥ずかしい。
「双葉ちゃん…」
目の前にいる女の子も半笑いだった。
(あの髪色…やっぱり見たことある)
今朝、すれ違った包帯の男の人が気になって仕方がない。特徴的な髪色だ、知り合いなら忘れるはずがない。だが、私の記憶にはない。それでも、見覚えがあるような気がする。
例えば…あの友達とか。
(彗星蘭…)
オドントグロッサムの名で知られる花は、左右対称の花弁を持ち、個性的な姿をしていることから、特別な意味を持つ花になった。
そんな話を…したような、してないような。
「…んん、えっと…なんだっけ」
咳払いをして、何事もなかったかのように椅子に座る。
これ以上考えると、また、やっかいなことになりそうなので、一旦考えないことにした。
「明日から休みでしょ?合コンとかどうかなって、人数足りてなくて、出てくれる人探してるんだよね」
「ごう…こん…?」
頭がぼーっとしてて話が入っていなかった急に合コンと言われても何も追いつかない。合コンってあの合コンだよね?
「そうなの。春休みだから、大勢でやろうって話になったんだけど、なかなか集まらなくて…。ぜひ、出て欲しいなって思って」
「あはは…合コンかぁ…でも、そんなの参加したことないし」
「大丈夫、大丈夫!結構いろんな男の子とか女の子くるから、友達からとかさ?あ、ご飯だけでもいいからさ!」
「ご飯…かぁ」
「お願い!」
あまり話したことがない、学科が同じと言うだけの子に話しかけられたと思えば、なぜか合コンに誘われた。話からするに、人数合わせなのは、確かだが、私に話が回ってくるあたり、一体どれだけの人数を集めるつもりなのか…いや、どれだけの人数が都合が合わないのか?
(合コンなんて…絶対に浮くよなぁ…)
生まれて、もういい年になると言うのに彼氏なんてできたことがないし、そう言った経験もない。モテたこともなければ、誰かを思う事も知ってる限りはない。
完全に恋愛と無縁の人生を歩んできた。それに、私はコミュニケーションが大の苦手だ。まともに人と話せないし、友達がいない。
(…断りにくい)
きっぱり、断ればいいのに、それが中々言い出せない。
「…考えてみる」
「本当!?よかったら来てね?ね?」
曖昧な答えしか出せずに戸惑う。
ご飯が食べられると言う意味では行きたい気持ちもあるが、やはり浮いてしまうのが怖い。
ただ…キッパリ断ってしまうと、何か思われるんじゃないかと不安になる。
(楽しいことを考えよう…あっ、バイトどうしようかな)
名前も顔も覚えてない父親は、あの日の贖罪なのか、定期的にお金を振り込んでくれるが、私はそれだけで生かされるのが嫌だった。父ほど経済力はないが、少しでも自立するために、空いてる時間はバイトをしている。
(…)
毎日、毎日繰り返す日常。友達も家族もいない。でも、不自由はない。明日も明後日も変わらない日常を送ると思ってた。
でも、数時間後に全て壊れてしまった
「…あ…ぎ…じ…で…」
酷い異臭に、耐え難いほどの痛みに涎や涙が止まらない。今すぐ死ねるなら、死にたいと願うほどに苦しい。人生で初めて経験した、その絶望に、今日1日の出来事が思い出せなくなりそうだ。
どうして、こんなことになったのか。いつ?誰に?なぜ?そんなことを考えることもできない。
「あ…ぁ…」
ドロドロと流れ出す感触に心拍数があがる。恐怖で呼吸が乱れて壊れていく。
「あぁ…可哀想に。他の女達は、絶望して泣き喚きながら、すぐにこの世を去ったが、お前は、あの【王族】のお気に入りだから、簡単に殺せない。その顔、最高だ。少しずつ近づく死の恐怖に怯えて壊れていく様、実に愉快」
男は、拍手をしながら、私を嘲笑う。
「時間はまだある。ゆっくり、泣いて喚いて吐き散らかしながら死んでくれ」
「い…」
ドクドクと脈が激しく鼓動する。一体、なぜ私はここにいるのか、なぜ私の体は血だらけなのか、なぜ首から出血しているのか。なぜ、なぜ、足枷がはめられているのか、なぜ…頭部が飾られているのか…
様々な疑問が脳裏を過るが、何一つ答えが出ない。
(頭だけじゃない…手首や足首、臓器まで…)
人体模型のように飾られた臓器。無駄にリアルだなんて、そんな単純なものじゃない。もちろん本物なんて見たことない。でも、リアルすぎる。形や質感や色。全てがあまりにも…。
「うぅ…」
吐き気がする、眩暈がする。
「美しいだろ、前に知り合った女で作ったんだ。1つ1つ丁寧に取り抜いたんだ」
「うう…おぇぇぇ」
小さく嗚咽を漏らす。想像したくもなかった。あれが、生きた女だったと言うことに。
知れば知るほど気持ち悪い。徐々に力が抜けていく。私は、耐えられず、地面に倒れる。
視界がぼやけて、まともに見えなくなる。
ドンと何かが割れる音がする、その瞬間に、頭に感じたことのない激痛が走る。
「あぁ…想像以上に脆かった。王族のお気に入りだから、特別な力を持っている死神だと思ったのに、貧弱な死神か。しまった、殺してしまたった」
(なに…おかしなことを言ってるんだろ…わたしは、にんげん、なのに)
何度も何度も鈍い音が響き、段々何も感じなくなる。
(にんげん…なのに…)
そして、本当に何も感じなくなった。
「…ふふ、いい気味」
女は、動かなくなった私を見て笑った。
◆
「…吊るされた罪…か」
亡骸に挟まれたメッセージカードを見てため息をつく。俺自身が恐れていた事態が起きた。ただでさえ貧血でしんどいというのに、この悲惨な現場で心が引き裂かれそうだ。
「虚くん、ケースの中身を全てバラした。想像以上に雑に…いや、雑だが、細かく解剖されてる。特に左手首は、肉と骨が細かく解剖されていた。君の血でも生き返る保証もない」
「…そうですか」
こんなにも普通に話す先生は、初めて見た。いつもは、医者とは思えないほど、陽気でヘラヘラしていて、脳内がお花畑なのに、今は真剣で、何かを恐れているような、悲しんでいるような先生…。
「ヒヒ…奇妙だね。頭部だけ飾られた生き物達たちや、1つ1つ臓器を抜かれた生き物の中に、変に解体された人間らしきもの。この子だけ大胆に壊されている」
奇妙な笑いを浮かべるヤブ医者に冷たい目を向けながら呆れる。こいつは、相変わらずだ。だが…少し様子がおかしい。
「…で、君が私たちをキミの罪の共犯者を増やすためかい?」
「虚くん…本気で人間を生き返らせるつもりかい?もし、そんなことが知れたら…」
先生は戸惑いながら俺に問う。
「死神のルールに反する。ですよね、本気ですよ。で…あと、どれくらい血液あったら足りますぅ?」
「…正気か?」
あのヤブ医者でさえ顔を曇らせる。今の俺の判断が、誰にも理解できないことはわかっている。
死神の大半は、特有の回復能力を持つ。その力は、自己のみならず他者にも使える。例えば…死んだものを生き返らせるとか。
そんな力があるわけで、死神は生き物の命を操作することが禁止された。その法を犯せば、死ぬ。
それでも、俺はやる。例えこの命にかけても。
はぁはぁと息を荒げ立ち上がる。貧血が酷いのに、血が抜けていく。かなり苦しいが、それでも俺は、やらなければいけない。
ナイフで腹を抉り血を流す。立ち上がるのが限界だ。
「はぁ…あっ…本気だっつーの…。ちぃは、ぬいた…あとは頼んだぞ…ヤブ…医者ッ!」
フラフラする足で、切り裂かれた頭部を見る。そっと抱きしめる。
「…ごめんね、みく…。
あぁ…ずっと…いっしょ…だよ…。」
たとえ全てを失ったとしても彼女だけは守るよ。
◆
アナタと共に眠りたい 凍星 @itebosi_rime
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