家族


蒸し暑い。蝉の鳴き声と日差しが夏を表していた。


「…もう、14年くらい経つのかな。あの時もこんな夏だったかな」


空を見上げながら、そんなことを呟いた。

私は、双葉未来(フタバミク)ごく普通の家系に生まれた。どこにでもいる、ただの家族。というのは建前で、本当は少し違う。


『ねぇ、またあの子…』


『しっ、ほら、早くいきましょ』


『…』


私が通るたび、大人たちは、冷たい目で見た。私を憐れむような、そんな言葉を発しながら、離れていく


『可哀想に…まだ、あんなに小さいのに』


『両親があんなんじゃね…』


いつも聞こえないふりをして笑っていたが、私は幼いながらに理解していた。周りが私の家庭環境を理解していると言うことに気がついていた。


今や名の知れた会社の経営者となった父と生まれつき身体が弱い母の間に産まれたのが私。

父は元々『お金はあるが、時間がない』という人間の典型で、家族にさえ殆ど顔を見せなかった。仕事が忙しい。そんな理由で、母が苦しんでいるのに、『女』と遊んでばかり。

母は、そんな父親のために毎日尽くしてきたが、私を産むのも命懸けだったほどの身体。世話のかかる娘一人を一人で育てていけるはずもなく、倒れて病院で入院した。


家に帰らない父と家に帰れない母

残されたのは、小さな子供。

父に関しては母のお見舞いにさえ来ない始末。


そんなことになり、私は母が大好きだったが、父が嫌いだった。


面だけはいい父親、バレないように『家族』を演じていたが、みんな薄々気がついていた。


父親なんてどうでもいい、周りなんてどうでもいい。母さえいてくれたらそれで良かった。


『ママ!』


『ふふ、私の可愛い娘』


父のおかげで生活があるのは事実。だからこそ、私たちは、それだけの関係を続けていた。だが、そんな生活長く続かなかった。


『ママ…ママ…うわぁぁぁぁぁぁ!!!!』


『大丈夫…大丈夫だよ、未来…』


『…』


母は、私が6歳の頃に病死した。父が顔を見せたのは、母親の葬式だった。

涙一つ流さず、何事もない顔で私の前に現れた。


あの頃の記憶は、明確ではない。

だが、確実な事は、あの日、泣いている私の隣に居たのは"父"ではない。

名前も覚えていない誰かが私の隣にいた。

その子は、私の友達だった。


『…未来をよろしく頼む。彼女の残した大切な宝物だから』


『なんで逃げるんだ!?寧々(ネネ)を閉じ込めて、見殺しにして、今度は未来を見捨てるつもりか!?アンタにとって家族って都合のいい道具なのか!?』


『君が寧々の看病や未来の世話をしていたと言うのは聞いていた。その件については、本当に感謝してる。彼女が暮らせるように支援する。それが、私にとっての償いだ』


『…どいつもこいつも地位や名誉ばっかりだな』


『…お父さん』


ぼんやりとした記憶を思い出す。

父は、見えない場所で私の友達と揉めていた。私は、遠くでそれを眺めて知らないふりをした。


『…未来のお父さんは、遠いところでお仕事をするから、しばらく帰ってこないらしい。でも、きっと落ち着いたら帰ってくると思う』


『…そう』


あの言葉が嘘だとは知っていた。だが、それを知られたくなくて私は知らないふりをした。


あれ以来、父が姿を現すことは無かった。


あの出来事から、もうそんなに経つのだと懐かしくも感じる。


「…そういえば、あの子の名前…何だっけ」


私の隣に居た子は突然消えた。なにか、思い出はあったはずだが、うまく思い出せない。


『約束…』


「約束…」


あの『友達』との思い出が、母との思い出と同じくらい楽しかったという感覚だけが残っている。誰なのか、何をしたのか。何も覚えていない。


『…ママ、その人誰?』


『あらあら、見つかっちゃった。この子は、ママのお友達なの。ちょっと捻くれてるけど、優しいお友達よ』


『一言余計だ…。で、コイツが例の娘か』


あの日、忘れ物を取りに病室に戻ったら、知らない人物がいた。私と同じくらいの歳をしていたが、同い年ぐらいとは思えないほど冷たく、性格が悪かった。

あれから、仲良くなって二人で居た、はず。


「ダメだ、思い出せない」


肝心な部分が思い出せない。どこの誰だったのかとか、なんで居なくなったのかとか、そう言う部分が欠けている。

久々に連絡を取りたいが、連絡手段が見当たらない。


「元気にしてるといいんだけど」


私は、道を進み続ける。大通りに出て、目的地に向かう。


「…」


「…?」


ふと、すれ違った人と目が合う。

身長は、180から190センチほどでとても大きく、紫がかった紺の髪が珍しい。片目に包帯を巻いていた。


(あれ…)


誰かに似ている。そんな感情が思い浮かんだ。

ハッと我に帰り、私は急足でその場を去った。


「…ヒィ、恥ずかしい。あんなに見てたら、不審者だって思われてたろうなぁ…。はぁ、朝からついてない」


駅に辿り着き、私は定期を翳して、ホームに向かった。


「フフ、相変わらず変わってないから、すぐに分かっちゃった。可哀想だけど、今の僕は動けない。役立たずなお兄ちゃんでごめんね…。必ず見つけ出すんだよ虚…」


この時の私は考えもしなかった。この生活に大きな変化が訪れるなんて。


(今日のご飯何にしようかな)


呑気な日常が、終わりを告げようとしていた。


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