アナタと共に眠りたい
凍星
いつか眠る日が来るまで
*
「…俺の血液を5Lくらい抜いてくれ」
無愛想で嫌そうな顔が隠せない。ここに来ると、いつも隠せない。
昔から馴染みのある、その表情は、数十年経った今でも何一つ変わらない。この異臭を感じる空気も、異様な空間も何もかも昔のままだ。
「ヒヒ…キミが珍しく訪ねてきたと思ったら、頭がおかしくなってしまったのかい?」
馴染みのある顔はいつものように笑う
「ヤブ医者ほどイカれちゃいねぇよ」
「イヒヒ、変わらないな。相変わらず私に対してあたりが強い態度だ」
目の前にいる男はヤブ医者。俺は幼い頃からそう呼んでいた。
この男は、"俺たち"の『育て親』だ。
「ククク…しかし、あんなに私のことを嫌っていたキミから、私に頭を下げに来るなんてね…」
「状況が状況だ。アンタにしか頼めない」
「ヒ、誰かに物を頼む態度ではないが、君なりの接し方なんだろうね。いい成長だ。しかし、しかしだね、君の依頼が何を意味しているか、わかって居るだろう?人体の血液量は…」
「1kgあたり70〜80mlほど。つまり、俺の血液を全て抜いて欲しいって事だ。」
俺のセリフにヤブ医者は笑った。
「…恐ろしい子だ」
俺の名前は春夏秋冬虚(ヒトトセソラ)、生まれたことすら、誰も祝福してくれなかった存在。
この異世界にある、第4都市。通称、死の都で、この都市で一番の権力を持つ貴族、【支配者】の血筋の次男として生まれた。見た目は人間の『死神』だ。
肩書だけ見れば、貴族生まれの御坊ちゃまなんて羨ましがられるが、そんな甘いものじゃない。
俺には、二つ上の兄がいる。
名前は、春夏秋冬冥(ヒトトセメイ)。愛想が良く、周りに好かれていた兄と違い、俺は昔から嫌われていた。
母親は兄を可愛がり、俺に無関心だった。それは、両親以外もそう。
父親は何に対しても無関心だった。
ずっと暗い部屋に閉じ込められ、必要最低限の食事と生活環境と教育だけを受け、ずっと天井を見つめるだけの生活だった。
たまに、兄と部屋の外に出れば、周りはヒソヒソと哀れみ、冷たい目を向けた。
幼い俺は、まともに顔も知らない母親に捨てられ、餓死寸前だった。そんな時に、俺を拾ったのが、このヤブ医者だった。
このヤブ医者は元は、まともな医者だった。だが、何かが原因でこの汚れた世界で悪人の臓器売買を行う闇医者になった。
そんな医者に俺は育てられた。
俺は、解剖を楽しむ、不気味で血生臭いこの男が昔から苦手だった。大人になった今、できる限りの関わりは避けたかったが、こうなってしまったからにはどうしようもない。
俺の特異体質を上手く使えるのは、このヤブ医者と、ヤブ医者の助手である能天気な医者の先生とその生徒たちだけだ。
「…時間がない。その血は手遅れになった時に使う。だから…抜くなら今しかないんだ」
「君の特異体質を生かす時が来る…と言う意味か。しかし、それだけ大掛かりなことをすれば、君は回復することは愚か命さえ危ない。死んだらどうするんだい?」
「アンタなら俺を死なせない。そうだろ?」
「キヒヒ…言ってくれるじゃないか。良いだろう、だが…君の身体が、しばらく不自由になる可能性は忘れないように」
「覚悟の上だ」
「それじゃあ…はじめようか」
ヤブ医者は不気味な笑みで俺に笑った。
全てが手遅れになる前に俺は、罪を犯す。
死神としての禁忌に手を出すだろう。
それでも俺にはやるべき事がある。
たとえ俺の命が尽きても彼女を生かすことが俺の役割だ
「…よし、準備できた。もう夏…なんだね。行ってくるね、お母さん」
全てを失っても、俺は約束を果たす。それが、俺にとっての生きる意味なのだから。
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