第9話 ”メレウト”の意味
「ゆっくり覚えてもらっていいんだけれど」
「Ladyは電話は嫌いだけれど、便利な世界は好きだから、ここは、令和時代と遜色ない設備が整っている……はずだ」
「令和と?」
さすがに一番の気がかりに
「うん。詳しい説明はあとで、館の設備を説明する時にするけれど……そろそろお昼の時間だから、食堂に降りていかないと、当番が怒るかな?」
「当番?」
「ああ。館の家事は全員の当番制なんだ。君にもそのうち参加してもらうからね。とりあえず、昼食に……って」
腹は減っているが当て身を入れられていた筋肉が痛い。ずっと腹部をなでさすっている
「ちょっと見せてくれる? 僕はこう見えても医者なんだ」
「医者って……」
「大昔の医者だけどね。当て身ぐらいなら見る事は出来ると思うよ」
それだけでも、痛かった。
「痛い? わかった。すぐに鎮痛剤を持ってくるよ。明日からは食べられるようにしてあげよう」
「鎮痛剤って、妙なものを混ぜたりしないだろうな」
「?」
思わず唸るような声を立てた
「なんでそんなことをすると思うんだ?」
「いや……」
「僕は、このメレウトの執事役でね」
不意に、
「全員の健康状態や問題点を把握しておく必要があるんだよ。だから、疑問なんかがあったら、正直に話してくれるのがいいんだけど」
「執事」
執事と聞いたら、普通は館の執事という意味なのだろうが、
(もしかして羊? 子羊……とかか? いや、明らかに執事って聞こえた)
「そう。北条家の執事とかそういう事でもなくて、君らの時代で言う執事。英語で言うバトラーだね」
「500年前の日本人が、なんで英語を知っているんだよ」
「
「試練って、なんだ?」
それこそ宗教を感じさせる言葉に、
「……それはそのときにわかるよ。口で説明するのは、難しい」
「……」
そんなふうに逃げられると、黙るしかない。
「それなら言うが、なんで、俺をさらったんだ?」
「さらったって?」
「違うのか? お前達は、何の目的で、公園で昼寝をしていた俺をさらったんだ。何かの目的があるんだろう。身代金っていったって、うちには俺の金を払ってくれる親なんていないぞ」
威嚇もこめて鋭く言う
「あー……うん。そういう結論に出たか」
「ひとさらいは犯罪行為だ。おまけに電話がない家屋の奥に俺を連れこんで、どうする気なんだ。あんたらは何者で、俺に何がしたいんだ」
「神が君に何をさせたいのかは、僕が知りたいぐらいなんだけど」
やや疲れた声で
「神って、やっぱりカルトかよ!」
「いや……そういうわけじゃない」
「そういう結論を出してしまうのも、珍しい事ではないけれど、僕らはカルト教団じゃないし、犯罪組織とも違う。そこは誓ってそういうよ。君がここに現れたのは、神のご意志で、僕たちの力の及ぶところじゃない。何か計り知れない考えがあってのことなんだ。僕らは犯罪組織ではないから、君が傷ついていたら手当はするし、人間らしい衣食住は保障する。だけどね?」
「そういうものを、人に向けようとするのはよくない。そこはよくよく、考えて」
場合によっては
「僕たちは、このメレウトの中での500年の歴史の中で、様々な地球上の時代と繋がってきた。そこは、必ずしも日本とは限らなかったよ。それで、君の令和時代らしい言葉も理解出来る。……それだけのことだ」
「……メレウトって、どういう意味なんだ?」
宗教か。犯罪か。その疑いは消えないが、この館の聞き慣れない名称は、それ自体が手がかりになるかもしれない。そう気がついて、
「海岸。もしくは川の岸辺」
「海岸って……マヨイガは、山の中にあるものだろう?」
意外な言葉に、
「そう。勿論、そういう意味だけじゃない。メレウトは、古代エジプトの言葉で、”愛”、それに”望み”と言う意味もある。そして岸辺。この場合の岸辺って多分、彼岸に近いと思うんだけど」
「海岸って、彼岸っていう意味での……岸?」
「そう。彼岸と此岸。あの世とこの世。……本当の愛を知らなければ、絶望の日々を送る岸辺にいる僕たちに、ぴったりの名前だろう?」
「なるほどな」
「それじゃ、僕は昼食の時間に遅れるからもういくよ。ゆっくり休んで、腹の調子を戻してくれ」
まだ険しい顔をしている
五分と経たずに戻ってきて、錠剤と水のコップをおいていった。
それは、
「……ふざけやがって」
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