第7話 桜の闇のその影で
少し経った後、
部屋の電灯は、明るかった。……このカルト教団の屋敷の中には、電話はないが、電灯と、おばんざいを作れるぐらいのガス水道のライフラインは生きているらしい。
明治か大正時代を思わせる厳めしいレトロな造りではあるが、中身は、暮らしていける程度に現代の技術が整っている、ように見える。
そこに、重い打ち刀が出てきて、手渡されたのだからたまったものではない。
「……」
鋭利に研ぎ澄まされたそれは、武器としての殺傷能力があることは間違いなかった。
様子をうかがい、足音を忍ばせながら、刀を握りしめて、廊下を歩く。
先ほどの事があっただけに、
こんな気の狂った人間しかいない屋敷に長居は無用だ。
重厚な扉がついている館の表玄関ではなく、こじんまりした裏口を見つけた。
外は真っ暗闇だった。
ひんやりとした春の夜気が頬を撫でる。
--否、そうでなくとも、近所の家に助けを求めて、電話を貸してもらい、110番通報すればいい。
とにかく、この館を出なければ。
(普通の世界?)
そのとき、
ごく普通の、常識的な世界とは何だろう。
人によって普通と思うこと、常識と思うことは違う。似ているようでも微妙にずれている。それが当たり前であることを、高校生である彼はよく知っていた。
だが、今はそんな、些細な疑念を取り払う。
カルト教団か、ひとさらいの犯罪者集団に捕まっているのだ。一刻も早く、この場を逃げ出さなければ……。
一度だけ振り返ると、メレウトと呼ばれる洋館は、本当に大きかった。
三階建てか、それ以上だろうか。夜の暗闇の中で見上げると、さながら西洋の城のようにも見える。城としては小さい方かもしれないが、個人の所有する館としてはどう考えても大きすぎる。
黒々と闇にそびえる城は、その光景だけで、
暗い庭。
庭だけでも、
広大な空間には様々な木々が植えられている事が、気配でわかる。
木の匂いと土の匂いが混ざり合い、夜風となって
そのとき、次第に闇になれてきた目に、桜の花が目に入った。
桜。
夜の闇の中、ほの白く絢爛と咲き誇る、桜。
花雲に枝をしならせ、冷たい夜風に花弁を華やかに泳がせ続けている。
暗い足下に僅かな紅を残して白く舞い落ちていく花。
何故に、桜は一本一本、違う花樹であるとはっきりわかってしまうのだろう。
桜は一本ずつが、一人の人間のようにそれぞれが個性が違う。主張する事が違う。桜の花が降りしきるごとに、
花枝が空高く伸びて、近い木々の枝と触れあい、風が揺れるごとに重たげな花雲さえも揺れる。
桜の花の回廊の下を、
足音一つ立てる事さえ、はばかられるような、恐いほどの美しさであった。その夜の桜は。
何年もの間、
美しいという言葉さえも有り余る、花の情景を、
そのことさえ、このときは知らず、
迷い込んだ家の中、さらに迷い込んだ桜の回廊。
「--
そのとき、夜気よりも冷たい声が鋭く飛んだ。
「そこにいるのか、
蓮だ。
蓮が、自分を追いかけてきたのだ。
ここで見つかって、捕まるわけには行かない……。
「
蓮は
蓮は、自分の愛用の忍び刀を抜いた。
そのまま、音もなく--足音すらさせずに、蓮は
白刃が閃く。
抜き身の刃が、
そんなことをされたらたまったものじゃない。
現代の高校生は、本来、銃刀法違反で捕まるような事はしない。刀を持っていたとしても、扱い方などわからない。
そういうことに、なっている。
数分後、
脱出、失敗。
その夜の、桜の闇の中のくちづけを、
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