KAC20245 タイトル:こんなことになるなんて お題『はなさないで』

マサムネ

こんなことになるなんて

「こら、パパの手を離さないで」

「はーい」

 幼稚園児くらいの子供とその父親の他愛のない会話。


「———っ!」

 しかし、たまたま近くを通りかかっていた青年は必要以上に驚いた反応を見せた。

 いや、驚きというよりは、恐れている様子だった。


 そんな青年の様子には気づかずに、親子は通り過ぎていった。


―――離さないで―――


 その一言は、青年にとっては何よりも恐ろしい言葉だった。



 — * — * — * —



「離さないでな」

「ああ、これでいいのか?」

 大学に通っていた二十歳の頃の青年と、その友人の会話だ。

 二人はお互いの左手で握手をしている。

「俺が、『えい!』っていったら、催眠術にかかったふりして、『ホントだ、手が離れねえ』みたいに言ってくれればいいよ」

「いつまでそうしてればいいの?」

「次に俺が『はい、解けた!』って言うまで、それ言ったら終わりな」

「オーケー、分かった」

 本当に他愛のないことだった。

 合コンで、催眠術が出来るふりをして、それでちょっと女の子と手を繋ごうというくだらない計画だった。

「女の子相手にやればすぐにインチキってばれるけど、それもネタさ。『ちょっと手を繋ぎたかっただけだよ~』なんてふざけてさ、少し盛り上がればそれでよしさ」

「そんなもんかね、まあいいや」

 青年はどちらかと言えばお調子者、友人は大人しいが、青年とは不思議と気が合った。



 こんな悪ふざけ、しなければよかった。



「えい!」

「あ、あれ? 離れない」

 合コンで披露すると、『えー、ほんとー?』と女の子たちの声が上がる。

 楽しそうな反応に、二人は満足した。

「はい! 解けた」

「……あれ? ちょっと、離れんだけど」

「何言ってんだよ。ふざけなくていいから」

「いやマジで……」

 二人はお互いの左手を思い切り引っ張り合って、それでも離れることはなく、女の子たちも最初は笑っていたが、二人の本気で焦っている様子に、すっかり引いていた。


 合コンも早々に切り上げた二人は、かといってこの離れない左手をどうしたらいいかも思い浮かばずに途方に暮れた。

 とりあえず寝て朝になれば離れているかもしれないと、独り暮らしをしている青年の家で二人して寝ることに決めたものの、朝起きても二人の左手は握手したままだった。


「あ、ちょっといいこと思いついたかも!」


 青年はポジティブな人間であった。状況から言ったら能天気と言ってもよいかもしれない。打ちひしがれている友人に一つの提案をした。


「今さ、朝のルーティンとかさ、何気ないこと動画であげてバズってる人いるじゃん? こんな左手が離れないなんて状況、他にないからさ、それで何とか生活する俺たちの動画を上げたら、ウケるんじゃないか?」


 そんな馬鹿なと友人は思ったが、こんな状況で面白く生きようとする友人の姿には感動すら覚えた。半分やけではあるが、その青年の提案に乗ることになった。


 するとこれが大バズり。


 左手が本当に離れないかどうかの真偽はともかくとして、二人の奇妙な共同生活は多くの人にとっては面白く、二人はあっという間に有名人になった。


 テレビにも出演し、多額の出演料を得た二人は、大学も中退し、タレント兼配信者として暮らすようになった。


 二人して札束のはいったバスタブに入り、繋いだままの左手を掲げた写真を撮って、

「わたしたちは、これで大金を手に入れました」

 なんて成人向け雑誌の広告に載っていそうな写真を撮ったりもした。


 生活そのものは非常に不便な部分もあったが、大金があり、二人で風俗店にも行き、やりたい放題の満足な生活を送っていた。いや、送っているように見えた。


 あの合コンから一年半ほど経過したある日。


 二人で過ごしているマンションの寝室で、いつも通りに寝ているところで、ふと気配を感じ青年は目を開けた。


 そこには、ハサミをこちらに振り下ろそうとしている友人の姿があった。


 すんでのところで体をよじって、青年は振り下ろされたハサミを避けた。


「ど、どうしたんだよ!」


「どうしたもこうしたもねえよ。もう俺は耐えられないこんな生活」

 血走った眼と震える手で青年にハサミを突き付ける友人。

「こんなに贅沢な暮らしをしてよ。お金もたくさんあるじゃねえか。何が不満なんだよ」

「お前の方がおかしいんじゃねえか? 不満しかねえよこんな生活!! お前のくだらない計画に付き合ったせいでこんな目にあって……やらなきゃよかったよ、ほんとに。全部お前のせいなんだよ!!」

 狂ったようにハサミを振るう友人。

 友人の言うことは最もであった。

 青年も時に気が変になりそうなこともあったが、何とか正気を保っていたのが本音だ。

 しかし、いまは目の前に命の危険があり、必死になって抵抗した。

 そして、何とか相手のハサミを取り上げた。


 だが、左手は離れない。


 ということは、こうして自分を殺そうとしている相手と、ずっと一緒にいないといけないわけだ。

 それこそ、気が狂いそうだ。

 殺すしかない。やられる前にやるしかない。

 そうして青年は、友人に向かって、執拗にハサミを突き刺した。


 相手が動かなくなってから、返り血の海の中で、青年は警察に電話をした。


 そして、ついに二人の左手が離れる時が来た。

 誰がどうやっても離すことが出来なかった二人の手を離す方法。催眠術であったはずなのに、意識がなくても離れなくなっている左手を引きはがす方法、それは―――


 くっついている友人の左手の皮を剝ぐことだった。


 友人の体は遺体として処理され、一部の皮が、青年の左手の平に残った。


 裁判になり、青年は正当防衛を主張した。

 あまりに特異な状況に、裁判官の判断も非常に難しかったが、相手をメッタ刺しにした点で強い殺意があり、防衛であったとしても過剰防衛であるとされ、殺人罪で懲役五年となった。

 その頃は、ちょうど大学時代の同期が卒業したころだった。


 青年は基本的に大人しく服役していたが、時折狂ったように自分の左手に残った友人の皮ごと、自分の左手の平を引っ搔いていた。時に血みどろとなり、刑期を終える頃には、傷跡で友人の皮が残っているかどうかも分からなくなっていた。



 — * — * — * —



 中のいい親子の横を通り過ぎ、青年はとある寺に向かった。

 そしていま、友人の墓の前に立っていた。


 悪気があったわけではない

 ちょっとした悪ふざけとしか言えない思い付きだった。

 それが、こんなことになるなんて。


「——————っ、くぅぅ」


 男は泣いていた。

 友人の墓前で泣いていた。


 あの頃稼いだ大金は残っている。

 だから今すぐに生活に困ることはない。

 だが、青年に思いつくお金の使い道は一つしかなかった。

 出刃包丁でもいい、大型のナイフでもいい、何でもいいから大きな刃物で……


 この左手を―――



 了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20245 タイトル:こんなことになるなんて お題『はなさないで』 マサムネ @masamune1982318

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ