第2話 池之上とかいう女

 文芸部という部活は、どうやら放課後に本を読む部活らしい。

 文芸部に入部し、数日たって分かった事だ。


 放課後になると、俺は重い腰を上げて文芸部のある部活棟に向かう。

 池之上はもう来ているだろうか?たった1人の部活仲間だからか、意外と気になってしまう。


 文芸部の扉を開けると、池之上がすこし驚いたような様子でこちらを見上げ、会釈をする。

 俺はそれを受け、「うす」、と何とも言えない返事をした。


 ここ数日、こんな感じで何もなく時間が過ぎて行っている。

 正直なところ飽きてきた。

 授業中はスマホを触りたくてしょうがないのに、ここに来るとそうでもなくなる。


 ふと、池之上を見るとなんと目が合った。

 池之上は驚いた顔をしてすぐに顔を逸らす。


 これはチャンスだ、この時間を有意義に潰すための。


「いっつもどんな本読んでるの?」


 すると池之上は、そんなスピードで動けたのかというくらいの素早さでこっちを向いた。


「き、興味ある…の?」


「えと、まあ一応文芸部に入部したし、なんか読んでみようかなって」


 口からでまかせとはこの事だ、そう思いながら俺は喋っていた。


「ちょっと待って、おすすめ教えたい…!」


 キラキラと目を光らせながら池之上はそう言う。

 長い前髪の奥で、まるで少年のようにワクワクを抑え切れていない顔は少し愛らしかった。


「じゃあ、連絡先交換しとこうか」


「え!?い、いや。うん、分かった」


 池之上は慣れない手つきで俺と連絡先を交換した。

 スマホの操作に慣れていないのかフリック入力がかなり遅い。


 ようやく連絡先を交換し、池之上は慣れない手つきでゆっくりと俺におすすめの本をリストにして送ってきた。

 そうして今日は終わった。


 〜


 それからは、部活の最中でも会話が増えた。


 この本が良かった、あの本が気になる、これがおすすめ…などなど本を軸にした会話が多い。


 少しは仲良くなれただろうか。

 いつの間にか、池之上とは同じテーブルで本を読むようになっていた。


 今までは池之上は窓際の椅子、俺は長テーブル、と言った配置だったが、これは大きな進歩ではなかろうか。


 そして俺も少しは本を読むようになった。

 色々と勧められたが、俺には簡単な本が向いているようだった。


「小学校の図書室でしか見たことないよ、この本」


「ふふ、確かに。でも初めはそのくらいの方が読みやすいよね」


 あんなにしどろもどろだった池之上も、今では軽口を叩けるようになっていた。


 メッセージの頻度も増え、最近はほぼ毎日するようになった。

 本以外の日常の会話も増えており、その中で池之上は俺以外とあまり交流が無いと分かった。


 特に驚きもしなかった。


 ある日、部活に行こうとしていたところクラスの女子に話しかけられた。

 クラスのカーストで言うと上位、要するに陽キャだ。


「赤谷君って何部に入ってるの?なんか全然見かけないけど」


「文芸部に入ってる」


 もっとウィットに富んだ返しが出来ないのか俺は。


「え笑、文芸部って何笑。そんな部活あるんだ笑」


 陽キャ特有の悪気はないけど聴く側は若干不快になる笑い。


 彼女…そう言えば名前も知らない陽キャと少し話した後、俺は文芸部に向かった。

 悪い奴ではないけど、空気読めなさそうだな。


 部室に入ると、池之上が不機嫌そうに座っていた。


「よ」


「…どうも」


 声色も不機嫌そのもので、俺は普通に意味が分からなかった。

 なんか声をかけづらいので、そのままにしておこう。


「なんか凄く可愛い子と楽しそうに話してたね」


 池之上がそう言った。


「え、あぁ。うん、そうだね」


「あの人なに?文芸部の事なんか言ってなかった?」


 ボルテージが上がっていく。


「バカにされたりしなかった?私、そういうの凄く嫌なんだ」


「いや、別に…」


「てか、君もなんか楽しそうにしてたよね。なに?もしかして一緒になってバカにしてたの?」


 何なんだこの言い草は。

 名前も知らない陽キャのことを悪く言うのもおかしいし、なぜ俺まで一緒になって貶さなければならないのか?


「おい、そんな言い方ないだろ」


 俺がそう言うと、池之上はかなり驚いた様子で身体を飛び上がらせた。


「……帰るね」


 そうして池之上は部室から出て行ってしまった。



「あーーー、やっちまったかなぁーーー」






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