学園ラブコメに俺は要らない

椿

第1話 文芸部とかいう舞台

「赤谷、良い加減に部活を決めろ」


 職員室で、濃紺スーツに身を纏った30代くらいの長身の男がそう言った。


 びちっとした着こなしに、赤いネクタイ。

 とても教師とは思えないようなエネルギッシュな風体で、まるでどっかのセミナー講師みたいだ。


「おい、聞いてるのか赤谷。お前だけだぞまだ入部届を出していないのは」


 そう言って机の上にあるプリントを手に取り、俺に手渡してきた。


「入学式でも説明したろ、この学校は2年になったらどっかの部活に入る必要があるんだ。なんでも良いからさっさと決めろ」


「でも先生、入りたい部活がありません。だって俺、スポーツはしたくないし、そんな仲良い奴も居ないし」


 するとセミナー講師改め我が担任教師は大きなため息を吐いた。


「だったら誰も居ない部活に入れば良いだろ、わかったもう先生が決める。お前は今日から文芸部だ」


 ついさっき俺の手に渡ったばっかりの入部届を奪うと、部活動欄に[文芸部]と勝手に書いた。

 俺の意見はどうなってんだよ。


「たく、お前は成績は普通なのにどうしてこう言うのは渋るのかね。はい、部活動は今日から始まる事、部室はB棟にあるから早く行け」


 それだけ言うと、俺は職員室を追い出された。何か言ってやろうと思ったが、まあまあイラついてそうだったのでやめた。


 文学部の部室はB棟か…。

 流石にこのままバックれて帰るのは印象悪すぎると思い、とぼとぼと歩き出す。


 そこかしこで部活動に励む生徒たちの声が聞こえる。

 廊下をすれ違うのは、ジャージ姿で汗を額に浮かべた人ばかり。

 それを見て、まるで引け目を感じるかのように早足になった。


 さて、部室前に着いたわけだが、聞いてた通り誰かがいる気配は無い。


 先ほどまでの喧騒が嘘のようにこの辺りは静かだ。


 俺は部室の扉を開く。


「え…」


 なんだよ、誰かいるじゃねーか。


 中に居たのは、メガネをかけた髪の毛の長い女子だった。

 クラスにいるような、わいわいキャイキャイしてるようなのとは、縁もゆかりも無さそうな雰囲気を醸し出している。


 そんな彼女はこっちを見て固まっている。

 手には文庫本があり、ページをめくっていたのであろう、変な方向で紙が曲がっている。


「あー、今日から文芸部に入部する事になった、2年1組赤谷優です」


 とりあえず自己紹介だ。

 いきなり変な男が部室に入ってきたら誰でも驚く。


「あ、はい…」


 女子はそう言うと、こっちを見てまだ固まっている。

 状況が飲み込めていないのか、何をしたら良いのかわからない、そんな顔だった。


 気まずい空気が流れる。

 ちょっとしんどい。


「あー、取り敢えず座っても良いですか?」


 俺は椅子を指差す。


「え、あ、ど、どうぞ…」


 俺は軽く会釈をして椅子に座った。


「……」

「……」


 座ったのは良いものの、何もやる事がない。

 びっくりするくらい会話もない。

 ただ無言の空間がそこにあった。


 ページを捲る音が聞こえない。

 彼女も相当困惑しているようだ、そりゃそうだよな。


 そうして何分か分からないが、しばらく経って少し眠くなった頃。


「あ、えと…2年2組の池之上…です…」


 唐突に静寂が破られた。


 なるほど、どうやらこの女子は2-2にいる池之上という人らしい。


「あ、うん…よろしく」


 スマホを触りながらそう言った。

 池之上からは消え入りそうな声で、「よろしく」と聞こえてきた。

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