2 目標の確認、英雄はやる気を出す
夜の帳が下りる頃。
リブレキャリア校の寮内にて――。
1人の教師が伸びをしていた。
「んー……今日も疲れたなあ……。お疲れ様、僕」
呑気な口調は昼間と変わりない。細布でゆるく結んだ銀髪も、「ふああ~」と気の抜ける欠伸も。
魔導学の教員リーベ・バルテ。
生徒たちからは「どんくさい」ともっぱらの噂である。
しかし――。
もしその場に居合わせた者がいたのなら、度肝を抜かれたことだろう。
リーベは宙に浮かびながら、あぐらをかいていた。彼の周囲ではカップやポット、書類に教科書といった数々の物がふわふわと浮遊している。リーベが腕を伸ばすと、カップが引き寄せられて、その手に収まった。
口を付けてから、ほっと息を吐く。
その面差しも、昼間からは変貌している。
メガネを外した相貌――それは恐ろしいほどに美麗だった。
知的な碧眼と、繊細な輪郭。社交の場に置けばどんなに美しく着飾った令嬢よりも目を引きそうだが、気安く声をかけられる雰囲気ではなく、遠目から感嘆の眼差しを受けることになるだろう。
それほど際立った美貌だ。
……彼が大人しく口をつぐんで、真面目な顔をしていればの話だが。
残念ながら、口を開けば飛び出てくるのは呑気な言葉、表情を作ればゆるゆるの笑顔。
それがリーベ・バルテの……いや、英雄リュディヴェーヌの素顔であった。
「ルディ……」
リーベと同様、宙を漂っていた受話器。
そこからため息を孕んだ声が飛んでくる。
「あなたは死んだことになってるんですからね。くれぐれも正体はバレないようにしてください」
そう告げたのは、リーベの旧友にして、今回の任務の協力者。
セザール・リブレである。
リーベは空中で体を横たえて、くつろぐポーズをとった。頬杖をつきながら答える。
「大丈夫! 僕、校舎内ではなるべく魔術を使わないって決めたんだ」
「それはそれで、大丈夫ですか? 魔術使わないと、ポンコツじゃないですか、あなた……」
「ところで、どうしたらヴェルネ先生に怒られなくなると思う?」
「……不安要素のセット売りやめてくれます?」
セザールは呆れたように告げる。
「いいですか。あなたの正体がバレそうになった時は、『実はリュディヴェーヌ・ルースの子孫である』ということで誤魔化してください。ひ孫、ということにしましょう」
「え、僕に孫なんていたの?」
「そういう『設定』だって言ってんでしょうがこのスットコドッコイ」
冷たい声で切り捨ててから、彼は話を続けた。
「さて、それでは、そろそろお仕事の話を始めましょうか」
「レオナルトくんの教育? ちゃんとやるよ」
「なるべく急いでくださいね。猶予がありませんので」
「猶予……?」
「あなた……自分の任務内容を忘れたとは言わせませんよ。脳みその代わりに、
「いやいや、いくら僕でも、そこまでじゃないよ。12月の選抜戦でレオナルトくんを勝たせてあげないといけないんだよね」
「そうです」
「あ、ところでセザール」
「はい」
「選抜戦ってなに?」
呑気な問いかけに、セザールは絶句している。
「あああ、もうこれだから、魔術とお昼寝とパイのことしか考えられない、ポンコツは~……!」
「失礼な。あと、僕、魔導のことも考えてるよ」
「選抜戦が何かもわからなくて、任務を受けていたんですか!? レオナルトくんが負けたら、暗殺されるんですよ? わかってますか?」
「えええ、暗殺の話はなくなったんじゃないの!?」
リーベは愕然とした。
暗殺は自分に任されたもので、しかし、リーベにはもうレオナルトを殺すことなんてできない。
だから、暗殺もなしだよね! と、安直な考えに至っていたのだ。
「『選抜戦で勝てなければ暗殺する』変更はありません。あなたが殺せなくても……刺客がいくらでも差し向けられますよ」
「何だ、それなら僕が全部返り討ちにするけど」
「返り討ちにできちゃうんですけどね、あなたなら……。でも、そうやって騒ぎを起こせば、あなたの生存が世間に知られてしまうかもしれませんよ」
「ううー……それは、嫌だなあ……」
「それに、レオナルトくんが平和な学校生活を送ることもできなくなるでしょうね」
「ああ~……それも、困るね……」
レオナルトに刺客が差し向けられることになれば、彼の周囲も危険にさらされることになる。
――選抜戦でレオナルトを勝たせて、彼の有用性を立証し、政府を黙らせる方がいいに決まっている。
リーベは思い直した。
「うん、わかったよ。それで12月の選抜戦って何なの?」
「毎年2月に開催される国際大会があります。魔器を使用した、学生同士の対抗試合――三国対抗戦です。グリフィルア帝国、ソフォス王国、レルクリア共和国の三国間で催され、各国2名ずつの選手を参加させます。選手の選抜は毎年、冬に行われていて、これに参加できるのは3年生から5年生までの魔器特進科の生徒です。これが12月の選抜戦ですよ。レオナルトくんは去年も一昨年も不参加でした」
「まあ……聖剣を起動できないんじゃ、試合どころじゃないよね」
「さて、あなたがやることについては、ご理解いただけましたね?」
「はーい……」
リーベはゆるい返事をしてから、その場でくるくると回って、天井を仰いだ。
「レオナルトくんがちゃんと勝てるように、教えてあげないとね」
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