番外編
三英雄の伝説 出会い編1
焼きたてのピザだ。
かまどから出してすぐに提供されたのだろう、具材がまだ煮えている。チーズはとろけて、生地の上に広がっていく。そのなめらかな白が、トマトソースの赤と、綺麗な境目を描いていた。
見るからに美味しそうな焼きたてピザ――そこに男は、容赦なくタバスコをぶっかけた。
「テオ」
向かいの椅子に座る男が声をかけてくる。
テオドールは、ピザに執拗にタバスコをぶっかけながら、顔を上げた。
食堂のテラス席だ。大通りに面した位置で、2人の男が食事をとっていた。
片方は黒髪黒目の青年。落ち着いた面持ちで、コーヒーをすする様が何とも様になっている。彼の名はセザール。その繊細な容姿は、丁寧な物腰によって紳士然としてまとめられている。
もう片方は金髪碧眼の青年、テオドール。
爽やかな見た目をしているが、ガラの悪さが所作ににじむ。椅子の背もたれに腕を預け、脚を組んでいる。悪童が大人になったような雰囲気を持つ青年だった。
「いいですか。この街の領主は、非常に陰険なくそ野郎……こほん、厄介な人物なので、もめごとは起こしたくありません。だから、ここではあなたも、おとなしくしていてくださいね」
「セザールは心配性だなあ」
「誰のせいでそうなっているのか。一度、ご自分の行いを顧みては?」
「おい、セザール!」
「はい」
「このピザ、すごく美味いぞ」
「それは何よりですね〜。……蹴りたい顔で」
穏やかな笑みを浮かべながら、セザールが毒を吐いた――その時。
「このボールを投げたのは、てめえか、このくそガキが! ああ?」
品の欠片もない怒声と共に、女性の震え声が聞こえてきた。
「ああ、申し訳ありません……! どうか、どうかお許しを……!」
通りに馬車が停まっている。そこから顔を覗かせた男が、親子を怒鳴りつけていた。
どうやらボール遊びをしていた子供が、馬車の
「この馬車が、領主様のものと知っての行いか!? 来い、ガキ! てめえはたっぷりとしつけしてやる! まずはむち打ちの刑からだ!」
「申し訳ございません……! 私が代わりに罰を受けますので……この子の命だけは、どうか……どうか……!」
セザールはその様子を見て、顔をしかめている。
「あれは……。テオ、先ほど話した領主の馬車ですね。いいですか。くれぐれも……って、ん!?」
彼はそこで愕然とした。
向かいの席は、もぬけの殻となっている。
その時、
「おい、やめろ!」
通りから響いた声は、
セザールは頭を抱える羽目になるのだった。
「こ、これだから、あの脳筋馬鹿は~~~!」
◇
右を見る。薄暗い通路だ。
左を見る。やはり薄暗い通路だ。
テオドールは左右を確認してから、困ったなあという顔をした。
「あー……参った。さすがに参ったぜ……」
外界の光から遮断された場所。
細長い通路がどこまでも続いている光景は、まるで迷宮だ。
そんなところにテオドールが放りこまれてしまったのは、1刻ほど前のこと。
通りで領主の護衛と揉めていた親子を助けるために、テオドールは割って入った。しかし、セザールの言う通り、領主の男もその護衛もくそ野郎だった。
彼らはテオドールに逆上。身柄を拘束すると、古代遺跡の中に放りこんだのだ――まるでゴミをポイ捨てするかのように。
人が大地で暮らしていた頃――『古代魔術時代』。その時代の物と思われる遺跡が、世界各地には残っていた。
それが古代遺跡と呼ばれるものだ。
浮島歴1765年、古代遺跡の発掘調査はまったくと言っていいほど進んでいなかった。
内部には多数の罠が存在し、外界では見たこともない怪物まですくっているという。その内情を知るすべもなかった。遺跡に潜った者は、誰1人として生きて帰らなかったのだ。そのため、レルクリア王国では遺跡の入り口を封鎖し、中に立ち入ることを禁じたのである。
そんな遺跡に、武器も所持せずに放りこまれるなど――死刑と同義である。
しかし、テオドールの態度は呑気そのものだ。「ちょっとまずいことになっちゃったなー」という風に立ち尽くしていた。
転移装置を使って、遺跡の中へと入れられたので、出口がどこにあるのかわからない。
壁を叩いたり、座りこんでうんうんと唸ってみたりしたが、妙案は湧いてこなかった。
(セザールなら、どうにかしてくれるかもしれねえが……)
相棒の男のことを考える。彼は頭が切れるし、すでにテオドールを救出するために動き出してくれていることだろう。
でも、たぶん、助かった後でこうなる。
『ああ、無事でよかったです、テオ! おかげでその無傷な顔を、思う存分、ぶん殴れますから』
その様子を想像して、テオドールはげんなりとした。
(あー……。よし、自力で脱出しよ)
彼は通路を進むことにした。ありがたいことに、等間隔で明かりが設置されているので、視界は確保されている。
ゆらめいた炎が闇を揺らして、怪しげな雰囲気を作る。通路の奥がどうなっているのかは、ここからでは見えなかった。
(こいつの使い方がわかればな……)
歩きながら、彼は胸元のリングを握りこんだ。
それは代々、家に受け継がれてきた物だった。誰も触れることができないということで、物置の奥にしまいこまれていた。
それをテオドールが発見したのは子供の時だ。
彼は初めからこのリングに触れることができた。
祖父の話では『聖剣アスタ=ラミナ』というらしい。
不思議なことにこのリングは、剣に姿を変えることができる。しかし、それをすると力が抜けて、体調不良に陥るので、普段は使わないようにしていた。
他に武器を所持していないので、怪物に襲われたらこれで応戦するしかない。使用しても、体力を削らなくて済む方法がわかればいいのだが。
そんなことを考えながら歩いていると、開けた部屋に出た。
中の光景を目にして、テオドールは目を丸くする。
怪物がいる。トゲがたくさん生えた、獅子のような姿。
その怪物が1人の男に襲いかかろうとしていた。
初めて目にする怪物にも驚いたが、テオドールは男の姿にも目を見張っていた。
(浮いてる……!?)
その男は空中に浮遊しているのだ。
見えない糸で吊り下げられているかのように、直立不動の体勢をとっている。
その男に向かって、怪物は飛びかかろうとしていた。
「危ない、逃げろ!」
テオドールは咄嗟に叫んだ。
同時に、地面を蹴って駆け出した。
男がこちらを振り返る。
目と目が合った。
この状況下でも見惚れてしまいそうなほどの、美しい男だった。
長い銀髪を後ろで1つに結んでいる。キラキラと輝くように綺麗な色をした碧眼。その瞳に哀愁の影が濃く落ちていることに、テオドールは気付いた。
テオドールは駆けながら、胸元のリングを握りしめる。
地面を踏みこむと同時に、腕を大きく振るった。
一閃が駆ける――!!
聖剣『アスタ=ラミナ』――!
リングが剣に変わり、刃が怪物の喉元に食らいつく。
同時にテオドールの体から、ごっそりと何かの力が吸いとられていく。
今にも膝をつきそうなほどの虚脱感。
(くっ……持たない……! けど!)
だが、テオドールは剣を手放すことはせずに、強く握りこんだ。
(俺に力を貸してくれ、『アスタ=ラミナ』――!)
剣を振り切るまでは、死んでもこの手を離さない――!
刹那、怪物の首が断ち切られる。
テオドールは限界を迎えて、膝から崩れ落ちた。
意識が急速に閉じていく。無理をしすぎて、気絶する寸前のようだ。
ぼやけていく思考の中で、『彼は無事か?』と、テオドールは視線を上げる。
男はじっとこちらを見下ろしていた。氷のような冷ややかな眼差しだ。
(はは……。やっぱり、こいつ、浮いてる……)
そう思った直後、テオドールは地面に倒れこんだ。
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