三英雄の伝説 出会い編2






「君の持っているそれ、何? さっきは剣になってた。それにマナを吸いとられていたみたいだけど」

「さあ……? 教えてやりたいけど、俺、このまま死んじゃうみたいだからさ……」

「ちょっと……。人の自殺を阻止して、謎の物体を見せつけて僕の興味を惹きつけておいて、自分は死ぬなんて……勝手すぎない?」

「……そうかもな……? じゃあ、勝手ついでにさ……俺の今の望みも聞いてくれよ」

「助けてほしいって?」

「ちがう。何があったのかは知らないけど……死ぬなんて、言わないでほしいんだ」



「………………」







 ◇ ◆ ◇





 

 目を開けると、男がこちらを覗きんでいた。


「――目が覚めた?」


 テオドールはハッと息を呑む。

 視界に映りこんだのは、あの美しい男。儚げな銀髪と、憂いを帯びた碧眼。彼はやはり空中に浮かんでいて、あぐらをかく姿勢をしている。


「あんたは……」


 テオドールは頭を押さえながら上半身を起こす。

 ここは依然として古代遺跡の中。怪物を剣で斬った後、テオドールは気絶してしまったらしい。


「君が起きるのを待っていたんだ」


 彼は冷ややかな声で言いながら、テオドールを見下ろしている。


「さっきの話の続きをしようよ」

「えーっと……何の話だ?」

「君、気絶する前に何かを言いかけてたでしょ」

「ん? そうなのか?」

「覚えてないの?」

「何にも」

「ああ、そう……」


 青年は落胆した顔になる。

 そして、テオドールの胸元を指さした。


「それじゃあ、それは何?」

「これか? これは『アスタ=ラミナ』」

「何で剣になってたの?」

「わからん」

「何でマナを吸われてたの?」

「わからん」

「ちょっと! せっかく君が起きるまで待ってたのに! これじゃあ、意味がないよ」

「おお……それは悪い。ところで、あんたはこんなところで何してたんだ?」

「言いたくない」


 彼はふいっと顔を背けると、浮かんだまま離れていく。

 テオドールは慌ててその後を追いかけた。


「待ってくれ! 名前を教えてくれないか?」

「やだ」

「行くなよ!」

「ついてこないでよ」

「いや……だから、待ってくれ! 俺を置いてかないでくれ!!」


 いきなり声に切実さがにじみ出た。

 すると、青年は呆気にとられたように振り返る。


「……え?」

「実は俺、ここに閉じこめられてるんだ。脱出方法がわからない」

「それで……?」

「あんたに置いていかれたら、困る」

「君……どうしようもない、馬鹿なの!?」


 その言葉が脳裏のセザールと重なって、テオドールは笑った。


「うん、よく友人にも言われるな!」

「ええ……」


 彼は戸惑ったように目をぱちくりさせる。

 それから、ぷっと吹き出した。


「ふ……ふふ……。君っておかしな人だね」


 無表情でも見惚れるほどに美しかった人が笑っている。


(笑った……!)


 その表情にテオドールは釘付けになっていた。


「なあ。俺はテオドール。あんたは?」

「……リュディヴェーヌ」


 ふにゃりと笑いながら、彼は手を差し伸べてきた。

 無表情だと冷え冷えとするほどの美貌だが、笑った顔は隙だらけで幼く見える。


「リュディヴェーヌ・ルースだよ。不思議な剣を持つ、おかしな人」


 その顔に見とれつつ、テオドールは彼の手を握った。

 その時、


(あ……)


 脳裏に閃くものがあった。





『まったく、余計なことをしてくれたね。君のせいだよ。死に損なった』

『……死にたかったのか……?』

『そうだよ。君が余計なおせっかいさえしなければ、僕はあのまま望みを叶えられたというのに』





 先ほど、怪物を倒すために剣を振り切った後。

 テオドールは床に崩れ落ちた。

 意識が朦朧とする中で、彼と話をしたのだ。


(そうか。あの時……)


 同時に、テオドールは重大な事実も思い出していた。


(俺、こいつにキスされなかったか!?)


 途端に恥ずかしくなって、彼は頬を染める。


「りゅ、リュディヴェーヌ……その。さっきのことを思い出したんだが……」

「ああ、何を言おうとしていたか、思い出した?」

「それよりも、あんた、俺に触れなかったか?」

「え?」

「その……キス、とか……しなかったか?」

「ん? それはしてないけど」

「そうなのか?」

「ああ……君、マナ欠乏症を起こしていたんだよ。だから、治療した」

「なるほど……? その治療ってどうするんだ」

「僕のマナを君に渡した」

「そうか」

「口づてで」

「口づてで!?」


 ぐぬぬ、となりながら、彼は心の中で叫んだ。


(それは……キスだ――!)


 しかし、リュディヴェーヌはそれを認識していないのか、空中で体を傾けている。


「テオドール? 顔が赤いよ」


(あんたのせいだよ!!)


 こんなに神秘的で美しい見た目をしているのに、無垢。

 どういうことなんだ、こいつは!? テオドールは脳内で大混乱、胸をかきむしりたくて仕方なかった。

 こちらの心情などつゆ知らず、リュディヴェーヌは能天気に浮遊している。


「君のせいで、僕、死ぬ気が失せちゃったよ。外まで一緒に行こう」

「お、おお……」


 テオドールはドキドキと騒がしい胸を押さえながら頷いた。

 宙に浮いているリュディヴェーヌの隣に並ぶ。

 彼の顔を見上げて、話しかけた。


「あ、そうだ、リュディヴェーヌ。1つ、頼みがある」

「何?」

「外に出たら、俺はきっと鬼神につかまる」

「うん!?」

「何発か殴られる……あと、めちゃくちゃ怒られる」

「どうして?」

「奴はとても恐ろしい、悪魔のような男なんだ。あんなに澄ました顔をして……紳士みたいな振る舞いをするくせに」

「それはいったい誰なの?」

「俺の友人だ」

「今の、友人の話だったの!?」

「だから、俺のことを奴から庇ってはくれないか」

「絶対やだよ!?」


 そんなことを話しながら、2人は通路を進んでいくのだった。






+ + +



領主(+護衛)に絡まれていた親子は、セザールが手を回したので無事です。

セザールがいなかったら、テオ&ルディはどこかで野垂れ死んでいただろうというほどに、彼は優秀です。



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