第23話 真相が暴かれて


 レオナルトがリーベに連れられてやって来たのは、校舎裏の林だった。

 電灯の届かない一帯で、宵闇に沈んでいる。学校の敷地内であるとは思えないほどに、不気味な光景だった。

 レオナルトはきつい眼差しでリーベを睨む。今すぐにでも殺してやりたいという刹那的な衝動を抑えこんでいた。


「大人しくついて来たってことは、取引に応じてくれるんだろう?」

「何が狙いだ」


 リーベは鷹揚な笑みで、その問いを受け流した。


「君はこれをとり戻したい、そして、僕は君の持つ聖剣が欲しい。お互いの意図は明確なんだ。ここは1つ穏便に、事を運ぼうじゃないか」


 そう言って、懐から数枚の紙をとり出す。見せびらかすように左右に振った。


「この写真と遺書……公表されたくはないだろう? 聖剣をこちらに渡してもらうよ」

「なぜお前がその写真を持っている」

「カミーユ・フィレールの写真か? はは、よく撮れてるね。これならいい値で売れるんじゃない?」


 嘲笑と共に、彼がその紙を裏返す。映っているものが見えた。

 1人の男子学生の裸体だ。苦しげな表情で泣いている。

 まともに直視できずに、レオナルトは視線を逸らした。拳が打ち震え、無念と後悔で肌を突き破りそうになっている。


「下種野郎が……ッ」


 激情のあまり、目の前がチカチカとしてきた。

 その怒りは卑劣な取引を持ちかけて来た教師と、自分自身に向けられている。

 リーベは楽しそうに写真を眺めた。


 その写真を誰の目にも触れさせたくはなかった。今すぐ破ってやりたい。それが叶わないのなら、それを見つめる男の目を抉りとってやりたい!


 その衝動を抑えながら、レオナルトはリーベを睨み付ける。


「フィレールくんを追いつめたのは君とグレンくんだろう? 遺書にそう書いてある。こちらを公表すれば……どうなるか、わかるだろう? 君も、君の友人のグレンくんの将来も、さぞ愉快なことになるだろうね」

「やめろ」


 レオナルトは奥歯を噛む。ぎりぎりと噛み締める音が脳髄に響いてくるようだった。

 なぜそんな遺書が残っていたのか、レオナルトにもわからない。しかし、それは確かにカミーユの筆跡だった。

 そして、そんな物が存在するということが問題だ。事実がどうであれ、それは紛れもない証拠品として、自分とグレンを告発する物として扱われるだろう。


 自分はまだどうにでもなる。だが、グレンは……。


 レオナルトは観念して、俯いた。


「カミーユをこれ以上、汚すのはやめろ。それに、グレンのことも……。あいつは、何もしていない」


 聖剣を首から外すと、リーベは嬉しそうに笑う。


「ああ、物分かりがよくて、いい子だね」

「1つ聞かせてくれ。9月に赴任してきたばかりのお前が、なぜその写真を持っている? バルテ」

「教師を呼ぶ時は『先生』を付けなさい」


 レオナルトはハッと顔を上げた。

 そして、気付いた。


(ちがう! こいつは、リーベ・バルテじゃない!?)


 リーベは『先生』と呼ばれることを嫌っていたのだ。

 今の発言は、別の男を思わせるものだった。

 レオナルトは険しい視線で、相手を射抜く。


「どういうつもりだ。新任教師になりすましやがって……。ファブリス・ラサル!」


 男も遅れて気付いたようだった。

 口元を歪め、自嘲するように笑う。


「ああ、そうか。私は生徒に舐めた口を利かれるのが何よりも嫌いでね。失言してしまったよ……」


 直後――男の顔が歪み、崩れ去っていく。

 その下から現れたのは、人の顔ではなかった。無機物な甲冑だ。レオナルトには見覚えがあった。

 前戦争で、三英雄が戦った相手。

 人の形をした機械兵士だ。


(帝国軍の魔人兵!?)


 帝国が魔導で作った、戦闘兵器である。

 レオナルトは愕然として、魔人兵と対峙する。


 すると、どこからか哄笑が聞こえてくる。林の中から1人の男が現れた。ファブリスだ。彼は魔人兵の隣に並び立った。

 レオナルトは彼をきつく睨み付ける。


「アーチボルトとあんたはグルだったのか? お前らが、カミーユを……!」


 ファブリスは普段の爽やかな顔付きとは異なる――冷笑を口元に浮かべる。


「アーチボルト先生が前から、フィレールくんに劣情を抱いていることに私は気付いていた。だから、少し焚きつけてやったにすぎない。それがまさか、あんなことになるとはなあ! ははは!」


 おもしろい見世物を前にしたかのような笑い声。それがレオナルトの神経をじりじりと削りとっていく。

 アーチボルトだけじゃなかった。カミーユを傷付け、死に追いやったのは。あの悪夢のような光景は、こいつが裏で仕組んだことだったのだ。


 ――教師はこいつらのような屑しかいないのか。


 焼けつくような怒気が膨れ上がって、呑まれそうになる。


「それにしても、君がそんなに友人思いだとは知らなかったよ。さあ、聖剣をこちらに渡すんだ」

「ああ、いらねえよ。こんなもん」


 手に持っていた聖剣を掲げる。レオナルト以外の人間は本体に触れることができないので、ファブリスは慎重にチェーン部分を持とうと手を伸ばした。

 レオナルトは冷めた視線でその様を見る。


 ――何が聖剣だ。何が勇者の後継者だ。

 ――こんな力を手に入れたところで。

 ――友人の1人も守れないのなら。


(……そんな物に、何の価値がある……)


 ファブリスの意識は聖剣に集中している。

 その一瞬を狙って、レオナルトは動いた。

 聖剣を林へと投げ捨てる。


「貴様!」


 ファブリスの視線が、それを追っていく。

 瞬間、レオナルトは駆ける。一息に距離を詰め、彼の手を蹴り上げた。写真が宙を舞う。それをつかんで、レオナルトは林の中に飛びこんだ。

 唖然としていたファブリスは、すぐに我に返って、


「はは、無駄だよ。コピーをとってある」


 レオナルトは顔をしかめる。

 それでも、言いなりになるなんてごめんだった。


 彼にはきっと、レオナルトの行動が理解できないだろう。

 これ以上、カミーユのあの姿を誰かの目に触れさせたくなかった。下種な視線にさらされることで、友人の尊厳が踏みにじられることは堪えられなかった。

 ファブリスが冷淡な声で続ける。


「そして、言ったはずだよ、ローレンス。私は生徒に舐めた態度をとられるのが大嫌いでね……。君には、教育的指導が必要なようだな」

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