第22話 男子生徒との楽しい☆追いかけっこ!

「……うん?」


 何が起こったのかわからず、リーベは首を傾げる。

 グレンは一言、


「教師と生徒の淫行の瞬間」


 それだけを告げて、校舎内に駆けこむ。


「え? ……あっ」


 リーベは唖然とする。グレンが持っていたのは魔導式カメラで、若者の間で流行しているアイテムだ。撮った写真を画面に映すことができ、印刷機に接続することで、紙に印刷することもできる。

 生徒と抱き合っている瞬間を写真に撮られた。認識すると同時に、リーベは血の気をなくす。


 ――あんなもの、他の教師に見られたらまずい。特にヴェルネ先生に見つかったら、何を言われることか。


『バルテ先生! あなたという人は――ッ!』


 頭の中でヒステリックな声が響いて、リーベは「ひぃ……」とおののく。


「エリアスくん、ごめん! 続きはまた今度!」


 リーベはエリアスの体を引きはがし、グレンの後を追いかけた。

 校舎に入ると、グレンは階段を駆け上がろうとしていた。この距離なら、飛行術で一気につめられる! だが、さっきのことがある。校舎内で不用意に魔術を使えば、自分の正体がバレてしまう。

 リーベは結局、足を使って走ることを決めた。


「グレンくん! 待って!」


 階段にたどりついて、視線を上げる。

 グレンが大きく腕を振りかぶっているところだった。


「アルバートッ!」


 カメラを、宙へと。

 伸びて来た手が、それをキャッチした。


「はいはい、呼んだか~?」

「こいつを頼む!」

「了解~!」

「え? え?」


 リーベはぽかんとその光景を見る。慌てて後を追いかけるが、もう少しで捕まえられるというところで、


「クリフ!」


 今度はカメラがクリフォードの手に渡る。

 リーベはそれを絶望の表情で見つめていた。


「君たち! むごすぎる!」

「あはは、がんばって、先生! グレン、パス!」

「アルバート」

「はいよ~! もっかい、クリフ!」


 そうしてパスを回され、リーベは校内を駆け回ることになった。

 その結果、


「ひぇ、はあ……ごほっ、げほ……」


 リーベは床に崩れ落ちて、息を切らしていた。久しぶりの全力疾走で脇腹が痛い。息もうまく吸えずにむせている。

 そんな情けない教師を、3名の男子生徒が見下ろしている。


 校舎を走り回って、たどりついたのは屋上だ。辺りは夜の帳に覆われている。星光石の光がボロボロのリーベを照らし出し、無残な雰囲気を加速させていた。

 グレンが1枚の写真を掲げる。逃げ回る間に、紙に印刷したようだ。リーベとエリアスが抱き合っているところが、ばっちりと撮れていた。


「本体はコピーをとった上で隠した」


 グレンは冷ややかに告げる。


「先生。あんたが生徒の誰といい仲になろうと俺には関係ないが。だが、教師と生徒の淫行。その証拠がここにある。これが流出すると、あんたはまずいよな」

「え? あの、君たち……?」

「ねえ、グレン。この写真、ヴェルネ先生に見せてみようよ!」

「ひい、ヴェルネ先生は! ヴェルネ先生だけは! 許してください~!」


 リーベの懇願は切実だった。『ヴェルネ先生に怒られなくて済むのなら何でもします!』と、完全敗北だ。

 彼女の怒り顔を思い出して、リーベはがくぶると震える。

 すると、グレンは顔付きをゆるめて、優しくほほ笑んだ。


「先生。写真は消去してやってもいい。俺もさっき見たことは忘れる。だから、俺と取引をしようか?」


 ――この子、交渉に慣れているな……。


 リーベは思った。

 怖がらせてから、優しくして。緩急のある態度を見せるのは交渉術の基本である。

 それがわかっていても、リーベに抗う気力はなかった。こくこくと頷く。今は一刻も早く写真をとり返して、頭の中の怒ったヴェルネを消し去りたくて仕方がない。


「あんた、アーチボルトの部屋で何かを見つけたのか? それを持っているんだろう」

「え?」


 なぜそれを知っているのだろう。

 疑問に思いながら、リーベは頷いた。


「うん……。でも、あれは」


 すべてを言い切る前に、彼の雰囲気が一変していた。

 グレンは知的な雰囲気を消し去り、剣呑な顔付きになる。


「やっぱり、まだ写真が残っていたのか!?」

「え? 写真?」

「じゃあ、レオはまさか……。おい、あんた、レオに何をした!?」


 つかみかからんばかりの勢いだ。

 それをアルバートが制して、


「待てって、グレン。落ちつけよ。さっきから会話が噛み合ってないぜ。それに、リーベちゃんの様子を見てみろ」


 リーベは先ほどからずっと首を傾げている。ぽややんとした表情で、「何? どうしたの?」状態である。


「ええっと、写真って何のことかな? それに、レオナルトくんがどうかしたの?」

「あんたがそれを言うのか!?」


 グレンは仇敵でも発見したかのように、殺気立っている。

 代わりにアルバートが答えた。


「レオ、まだ寮に戻って来てないんだよ。さっきの様子も変だったろ? グレンが言うには、レオの様子が変になったのは昨日の夜からだって。寮の前でリーベちゃんと2人で話していたのを見たらしくて……」


 リーベはハッと息を呑んだ。

 昨日といえば、エリアスの泥棒騒動の時だ。レオナルトとは夕刻に別れてそれきりだ。

 グレンが見たというリーベは自分ではない。偽物だ。

 そして、今日のレオナルトは様子がおかしかった。まるで何か、追いつめられているかのような……。


 瞬間、リーベはぽやっとした表情を消し去る。冴え冴えとした眼差しで、3人を捉えた。


「それは僕じゃない。僕に化けた誰かが、この学校内にいる。そして、その人物はレオナルトくんの弱みを握っているのかもしれない」


 3人は顔を見合わせる。何か思い当たる節があるようだった。


「アーチボルトの他にもいたんだ」

「どういうこと?」


 クリフォードが険しい声で答えてくれた。


「カミーユ先輩をひどい目に合わせた奴だよ!」

「クリフォード! 余計なことを言うな」


 グレンが彼をいさめる。しかし、それは疑惑を確信へと変えるのに十分な発言だった。

 リーベは立ち上がり、グレンたちと向き合う。


「君たちが何を隠しているのか。僕に教えてほしい。カミーユくんを死に追いやったのは、本当はレオナルトくんじゃないんでしょ?」


 誰も答えない。沈痛そうな面持ちで目を逸らすだけだった。

 それだけで十分だった。

 彼らから更に話を引き出すために、リーベは自分の持つカードを切る。先ほどのエリアスの話。自分と同じ顔をした、マナを持たない者。その正体にリーベは心当たりがあった。


「僕になりすましている者の正体。……僕は知ってるよ」


 3人はハッと顔を上げた。

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