夕暮れ、海の見える展望台で君は「はなさないで」と言った

黒猫夜

君の「はなさないで」に僕は応える

 夕暮れ、海の見える展望台で君は「はなさないで」と言った。


――――


 桜咲く大学のキャンパスで僕は君と出会った。


 君はわがままで独占欲が強かった。

 でもそこが好きだった。

 

 君は他の女の子と「はなさないで」と言った。

 初めての彼女に嫌われることを恐れて僕は断れなかった。

 その後も、僕は君に振り回された。


 海の見える展望台へのドライブデートの途中、僕の電話が鳴った。

 大学のサークルの後輩だった。

 君は露骨に機嫌を悪くした。

 

 うだるように暑かった。

 君と僕は喧嘩した。

 今までたまっていた鬱憤が爆発して、つい力が入ってしまった。

 君が展望台から落ちそうになる。

 

 思わず手が伸びた。

 落ちそうになる君の手を僕はつかむ。

 もう日は沈みかけていた。


 夕暮れ、海の見える展望台で君は「はなさないで」と言った。


 僕は手を離した。

 君の姿は遠くなり、すぐに暗い海に沈んだ。


 このあたりの海流は速いから、二度と浮かんでくることはないだろう。


――――


 銀杏が色づく大学のキャンパスで僕は君と出会った。


 君はわがままで独占欲が強かった。

 でもそこが好きだった。

 

 君は他の女の子と「はなさないで」と言った。

 そんなのは僕の勝手だと、僕は君を突っぱねた。

 その後も喧嘩は続いたけれど、関係も続いた。


 海の見える展望台へのドライブデートの途中、僕の電話が鳴った。

 大学のサークルの後輩だった。

 君は露骨に機嫌を悪くした。

 

 身を切るような寒さだった。

 君と僕はいつも通り喧嘩した。

 喧嘩して、言いたいことを言い合うと、笑いあって海を見た。

 

 寒そうにするので、僕は君の肩を抱いた。

 君は僕の肩に頭をもたせ掛けてきた。

 そろそろ帰ろうか。僕は言った。

 もう日は沈みかけていた。


 夕暮れ、海の見える展望台で君は「はなさないで」と言った。


 僕はその肩をもう一度抱きなおした。

 君が甘えるように僕の胸に頭をこすりつける。

 僕は君のほほにそっと手を当てた。

 冷たかった。


 君の後ろ、遠い遠い海面にいつか見た君が浮かんできていた。

 

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夕暮れ、海の見える展望台で君は「はなさないで」と言った 黒猫夜 @kuronekonight

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