第2話 ちょっと変
「そういえば古郷君って話すの苦手だったりする?」
「別に強制するとかないけど、俺らも古郷君の事知りたいもんな。なー、
「うん。まあまだゆっくりいこう」
でも古郷、僕といるときは結構うれしそうな顔したり口開いてくれるのに。連絡したら返事は一応してくれるし、嫌なことも言ったりしない。三人でいるとどうしても緊張してしまうみたいだ。もうすぐ夏休みだから、どこか遊びに行ったりするのもいいかもしれない。そんなことを考えていたその日の放課後、忘れ物を取りに戻った僕は噂を耳にした。
『1年B組の古郷柊斗って知ってるよね』
『あのイケメンでしょ!実物見たよ』
『なんか噂で聞いたんだけど、あいつさ』
『セフレとか...結構遊んでるらしいよ』
...何か、聞き捨てならない話を聞いてしまった気がする。友人に関するこんなダイレクトな噂なんて聞いたことがないし、いつも以上に動揺してしまった。良かった。ここに裕二や弘道、そして本人がいないことが幸いだ。と安心して振り返ると、
「あ、古郷...」
「...」
古郷本人がいた。これは恐らく、何か誤魔化す手も野暮だろう。それにそんなタイプには見えないし、まだ日は浅いがチャラい印象は欠片もない。誰に対しても敬語で無口な古郷はそんなことはしないと思う。ただ彼が傷ついて悲しい顔をしているんじゃないか、と顔を覗き込もうとした。しかしそこにはいつもと雰囲気の違う彼がいた。
「...」
「古郷、おいどうした...?」
「俺の事、幻滅しましたか。」
「え?いや...」
「優しい、ですね」
彼は笑った。でもその笑顔は、僕の中の古郷ではない。妙な高揚感にさらされて、ざわ、と全身に鳥肌が行き渡った時のような。ある意味人間らしい表情だった。そして...今まで見た中で一番うれしそうな顔をしていた。でも...なんで?
「いやてか本当の事なの?」
「はい。」
「...そ、そうなの...」
初めて隣の席になったあの日の、妙な感覚が蘇る。笑って薄く細めた目が、ずっと僕を捉えている。捕まえて、まんまとかかったな、と言っているような。廊下に差し込む木漏れ日さえ音や埃を静めさせて、二人だけを取り残す。僕は、僕の世界に新しい存在を見た。
「神楽...君」
「どうした...?」
「俺は...俺達だけ、の秘密が欲しい」
「ん?」
そう言うと、噂話の漏れていた教室内に自ら入っていく。何の迷いもなく堂々と男子生徒と女子生徒に近づく。あっけらかんと入口に突っ立っていた僕も、彼に手招きされてそろりとドアをくぐった。二人はとっくに噂話で盛り上がって、スマホ片手に夢中でおしゃべりしている。背後に近づく彼と僕に、全く気が付かない。どうするのか見当がつかず混乱していると、急に彼が大声を発した。
「わっ!」
『?!』
二人の生徒は、彼の顔を見て真っ青な顔をした。僕も同時に肩を震わせてしまった。それ程、今まで聞いた彼の声の中で一番に大きい声だったのだ。当の本人が、閉めて、と言わんばかりに目配せしてきた。今こんなに何とも言えない空気を閉じ込めて、何をするつもりなんだ。
「俺がどうこう言われるのはどうでもいい、けど...この事が広まれば痛い目、見るぞ」
『え、何どういう事?』
「言葉の通り」
『い、いやただの...!』
「ただの噂でもシャレにならない。この先も踏み込むならもう自己責任にして。神楽、君も困ってる」
『!神楽もいたんなら声かけろよな怖えんだけどこいつ、』
女子生徒はもう驚きのあまり声すら出せず動けずにいる。男子生徒も逃げることに必死だ。ただ僕に言われてもどうしようもないし、本人のしている事だし、何より僕も始めてみる彼は、どうしたらいいのか分からない。
「...帰れ」
バタバタと逃げ去る二人の背中に憐れみながら、僕は少しイラついていた心が落ち着くのを感じた。まだ短いとはいえ友人の事をこそこそ話して、それだけが彼だと決めつけるなんてやっぱり良くない事だし当然だ、と抑えていた気持ちが解放された。
すると突然、背中に熱を感じた。触感はない。だから、ただ近くにいるだけだ。だけどその距離感が、ほんの数ミリだけ離れて、彼の落ち着いたにおいが自分を包んでいた。固まって振り向けない僕の耳元で、彼が言葉をどんどん投げかけてくる。
「俺、寂しくて、最近はたくさんお話聞くことが出来て、近くに居られてそれで満足だと思っていたんですよ、でも...」
「うん...?」
「神楽、君にはもっと、もっとって、俺の中の悪い奴が言うんです。急に連絡先を聞いたり気持ち悪いこと、それも抑えられなくなって...」
「こ、古郷落ち着いて?本当にどうした、」
「ごめんね、もう我慢の限界で...!」
「だから何が」
「俺と夏休み、出かけませんか...!」
え?と口があんぐり開いたまんま振り返ってみたが、やっぱり僕の知らない顔をした彼がいるだけだった。それでも僕は単純に、誘ってくれた事が純粋に嬉しくて、彼の表情の意味も、噂話も忘れていた。そのまま広い教室内で、以上に密着した状態のまま、
「あ、うん」
そう返事してしまったのである。
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