23:55

3月8日。

卒業式の予行演習で、三年生は体育館に集まってた。


『明日で卒業なんて信じられないね』

『なんか意外とさみしくないかも』

『実感わいてないだけじゃない?』

みんなでそんなことを言ってるうちに、昼休み前に予行演習は終了。


『黄瀬さん、ちょっと手伝ってもらえる?』

先生に呼ばれて追加でイスを出すのを手伝ったから、わたしはみんなよりも遅れて教室に戻ることになった。


『ほんと明日で最後なんて感じ、全然しないかも』なんて思いながら、昼休みになっちゃった渡り廊下を歩く。

ふと、人の気配を感じた気がして、中庭を見る。

背が高いから臣の後ろ姿だってすぐに気づいた。

『え』

思わず小さく声をもらす。

臣の背中に女の子の腕がまわされたから。

背中ごしに、少しだけ顔が見えた。よく臣と一緒にいる二年の子。

心臓がバクバクしちゃって、見たくなくて、急いで教室に戻った。


***


23時50分。

「臣の好きな子って、あの子でしょ?」

だってあの子は臣と同い年。

「あれは、告られて断ったんだよ」

臣がため息をつく。

「だけど、やだって泣かれて、抱きつかれて。侑莉に見られてたなんて思わなかった」

「でも……」

「俺が好きなのは、侑莉だから」

臣はわたしの目を見て言う。


「嘘だよ。だって臣は……年上は好きじゃないんでしょ?」


だから嫌い。わたしの誕生日。

一年で今日だけ、学年だけじゃなくて年齢も臣より上になるから。


「誰がそんなこと言ったんだよ」

「……臣と同じ学年の子たちが言ってるの、何回か聞いたよ」

泣いたまま、目をそらす。

「は?」

臣は考えるみたいに、少し無言になった。

「それ、俺が言ったのと変わってる」

「え……?」

「好きなタイプって聞かれたら〝妹みたいな子が好き〟って答えてたんだけど」

「……それって、年下が好きってことじゃない?」

「ちがうよ」

……よくわかんない。

「一応年上なのに、妹みたいに手がかかる侑莉が好きって意味」

「……なにそれ」

思わずほっぺをふくらめた。

「とにかく、そんなの侑莉の勘違いだから!」

臣が、わたしのほっぺを両側からはさむみたいに包みこんで顔をのぞきこむ。目がそらせなくなる。

「だって臣は……いじわるするし」

眉を八の字にして、またかわいげのないわたし。

「いつもからかってくるじゃない。今日だって『エイプリルフールおめでとう』しか言わない」

「からかうのは……俺がガキだからだけど」

恥ずかしそうな顔。

「誕生日は、侑莉が悲しそうな顔したから」

「え?」

「12歳になった年だったと思うけど」

中学にあがる年。

「『誕生日おめでとう』って言ったら、『ありがとう』って言ってくれたけど……今にも泣きそうで」

思い出した。

「あんな顔されたら、おめでとうなんて言えなくなるよ。あんな悲しそうな顔見るくらいなら、嫌そうな顔された方がずっとマシ」

今年と同じだった年。

「だってあの年は……中学生になんてなりたくなかったから」

たまらなく嫌だった。

「他の人たちは、誕生日が1日違ったって同じ学年なのに」

一年のうちのたったの1日。

「わたしの誕生日が今日だから、臣より学年が上になっちゃって」

大っ嫌いな日。

「臣と違うところにいかなきゃいけなかったから」

学年が違ったって、小学生同士とか中学生同士だったら近くにいるって思えるのに。

「今年だって、高校と中学で離れ離れになっちゃったら……臣が小六だった頃みたいに、またあんまり会えなくなっちゃうんでしょ?」

また泣いてるわたしに、臣が〝コツンッ〟ておでこをぶつける。

「そんな風に思ってたんだ」

臣の顔が近い。

「だって、そうだったじゃない学校だって朝早く行くようになっちゃって、放課後もお休みの日も、あんまり会ってくれなくて」

あの頃は、嫌われて避けられてるのかと思ってた。

だけど、中学に上がってきたら元の懐っこい臣に戻ってた。

「さみしかった?」

臣に聞かれて、思わず素直にうなずく。

「ごめん、侑莉。それ、全然ちがうんだ」

「え?」


「俺だって、どうして4月2日に生まれちゃったのかなって思ってた」

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