第10話 お姉ちゃん

 お姉ちゃんの声が不意に頭に響く。

「――誰だって、怖いものはあるんだよ。忘れ去られたら、終わりなんだ。私の作品は、私は、皆の記憶に残らない。残らないんだ……!」

 そうだ。お姉ちゃんが最も恐れていたこと。それは、自分が誰の記憶にも残らずに、また絵などの作品も誰の記憶にも残らないこと。

 死んでから価値が出るかどうかはどうでもよくて、ただ覚えていて欲しかったと、お姉ちゃんはあの日、カッターを握りしめてキャンバスに突き立てた。そして美しかった絵を自分の手で壊した。

 その後、お姉ちゃんは家族が誰もいない時に、たくさん泣いた。夢を、諦めるしかないのだと。

「ぽてと、お姉ちゃん、疲れちゃったよ」

 あの時、お姉ちゃんは、笑ってた? 泣いてた? それとも……。

 それに、その時心には何が在ったのだろう。

 何の記憶が、お姉ちゃんを苦しめていたのだろう。

「うーちゃんは、一体、誰の心に居るの?」

「――お姉ちゃん、だよ」

 そう言ううーちゃんを見て、ボクは思い出した。

 そうだ。あの時のお姉ちゃんは、今のうーちゃんと同じで、壊れそうな笑みを浮かべていた。

 もう限界なんだと、そう感じさせる笑顔。

 でも、なんで。どうして。うーちゃんはボク達のお姉ちゃんと同じ表情を浮かべているの。

「ボク達のお姉ちゃんと、うーちゃんのお姉ちゃんは、同じなの?」

 ボクの心臓が飛び出そうなくらい、ドクドクと大きく脈を打つ。

「さあ、わからない。そうかもしれないし、違うかもしれない。ただ、ここは、肉体を持たないはずの人達が肉体を持つ世界だよ」

「……」

 ボク達は沈黙するしかなかった。

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