第一章 世界の形とこどもの森

第9話 不確か

「あの、すみません。質疑応答形式ということは、プレゼンをしていただかないことには、我々も質問が出来ないのですが」

 ぺんぺんがそう言って、右手を上げていた。

「あ、それもそうですね! 僕ってこういうところが鈍臭いと言うか、何と言うか……。あはは、ごめんなさい。えっと、どうしよう。どこから話そう。困ったな。世界のことはいろいろあるけれど、街の話を中心にしていけばいいのかな……」

 うーちゃんはなんだか顔を赤くして、口角をヒクヒクと動かしていた。

 いや、違う。多分、勝手に動いちゃうんだ……。

 うーちゃんは口元を見られないように両手で覆っている。目は少しばかり見開いていて、予想外、とでも言いたそうな表情だ。

 そういえば、お姉ちゃんも似たような感じだったのか、大学でプレゼンがあった日なんかは「口が勝手に動いて気持ち悪い」とか言ってたような気がする……。それに、その時、何か飲んでいた。そうだ。お薬を飲んでいた。

 お姉ちゃんは心の病気? 頭の病気? とにかく、何かの病気で、毎日お薬を飲んでいた。そのせいで、怠くて動けない日が出来たり、逆に何でも出来るような気になって、自分のキャパシティーを超えることをやってしまってその後、反動で動けなくなったりもしていた。

 うーちゃんも、そういう「病気」なのかな……。

「ん、えっと、えへへ、ごめんなさい。口がちょっと勝手に動いちゃうから、変な顔になったりしちゃうかもしれませんが、気にしないでくださいね! んっと、じゃあ、まず世界のことですが、この世界はぬいぐるみや動物がいっぱい、人の形をして過ごしています。でも、人間はいません。本当の、人間はね? もう気づいていると思いますが、ぽてと君達がいるこの世界は今までの君達の世界とは違って、年齢も好き勝手出来るし、名前も捨てようと思えば出来てしまう。何でも出来る夢のような……というより、文字通り夢の世界なんです」

「夢……というと、つまり、ボクがボク達のぬいぐるみ王国を作ることも出来ちゃうの!?」

「うん。出来るよ。ぽてと君。だけどね、聞いて欲しいのはここからなんだ。……あのね、ここは、皆共通して、何かを失うことでここに居られる。ここに、居るしかなくなるんだ」

「え、でも何でも出来るんでしょ? だったら元の世界に帰るのだって簡単に出来るんじゃないの?」

「それは……出来る人と出来ない人、どちらもいる。ちなみに僕とみーちゃんは出来ない人に入るよ」

「なんで?」

 僕がそういうと、うーちゃんは微笑んでいた。

「だって、僕とみーちゃんは、この世界の外に身体がないもの。形なきものは、行けたとしてもすぐに記憶だけの存在になって消えてしまう。記憶も有限だから、忘れられたら最後なんだ。だから、この世界に居るしかない」

 記憶だけの存在……。それって、つまり。

「つまり、あなた方は幽霊、ということでしょうか? うーさん」

 ぺんぺんがボクよりも先にそう聞いていた。

「うん。そう。幽霊……とも言えるかどうか。記憶だけの存在。その記憶に縋っている人の心に、少しだけお邪魔させてもらってるんだ。だから僕達は不確かな存在で、世界の外に出ることは出来ない。怖い、からね」

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