第9話 元アイドルのフトモモ

『――――』


(あぁ。またこの夢か)


 辺りを見渡し、僕はいつものようにこれが夢だという事を悟る。


 ――僕は今、かつて父と母と家族3人で暮らしいていた市営団地の共用広場的場所に立っている。


 空は快晴。背後に建屋、視界には緑豊かな田舎の風景が広がり、右側に視点を移せば、すぐ近くから巨大な鉄塔が空高く聳え立ち、ここからだと首が痛くなる程に見上げなければその頂上を視界に収める事は出来ない。

 ちなみにこの建造物は航空管制レーダーらしく、団地のすぐ隣りにその施設はある。


 一応、団地のすぐ側を一本の車道が通ってはいるものの、車は滅多に通らず、人通りも少ない。加えて住民同士の交流は最低限あるものの、子供は少なく、高齢者世帯が大半を占め、いつも閑散とした雰囲気が漂っている。


 そんな物静かな環境の中、道路を挟んだ向こう側にあるバス停留所に、見知らぬ少女が一人佇んでいた。


『ゔぇええーん!おゔぢに、帰りれないよぉ!どうしよう、お母ざぁーん!ゔぁああーん!』


 見たところ、今(夢の中)の僕と同い年くらいか。


 僕はその少女の元へと歩み寄ると、


『大丈夫?なんで泣いてるの?迷子なの?』


 と、語り掛けるが、


『ゔぁああーん!お母ざぁーん!会いたいよ〜』


 と、泣き止む気配は無い。でも、迷子だという事は分かった。


 何とか泣き止んで貰おうと、僕はこう口にする。


『僕がおうちまで連れて行ってあげるよ!』


 すると、少女はピタッと泣き止み、


『本当?』


 と、言質を取りにこちらを向いた。

 その少女は、おかっぱ頭と眼鏡、赤いサスペンダースカートが特徴的な、まるでち◯まる子ちゃん(眼鏡かけvar)のような風体をしていた。


『うん。お家はどこなの?』


『わかんない』


『う〜ん。困ったな。それじゃあ君のお家に連れて行けないよ』


 再び泣き出しそうな少女。


『――わわ、分かった分かった!一緒にお家探すから!だから泣かないで?』


『うん』


 何とか泣かれるのは回避したものの、さてどうしたものか。

 とりあえずは手掛かりを掴もうと、


『何かお家の近くに目印になるような物はない?例えばお店とか』


 と、聞いてみる。すると、


『お魚センター』


 と、返ってきた。


『――あ!知ってる!ついこのあいだお父さんとお母さんと3人で行ったよ!鰹節かつおぶしが沢山売ってる所だよね!?』


『うん!そうだよ!お魚センターで食べる鰹のたたきが最高なんだ♪』

 

 初めて笑顔になった少女。

 お魚センターには確かに食事処が併設されている。

 それにしてもこの歳で鰹のたたきとは……。僕が行った時に食べたのは、確かお子様ランチだった。

 ……何か負けた気分だ。と、それはさておき、重要な手掛かりを得た僕は、少女と行く目的地を〝お魚センター〟に定めるのだった。


 但し、目的地である〝お魚センター〟は、両親に連れられて行った際の車の移動距離から推察するに、ここからだいぶ離れた所に位置する。徒歩では到底辿り着けない。


『ちょっと待ってて』


 僕はそう告げると一旦家の中へと戻り、お手伝いで得た全財産が入った貯金箱からその全てをポケットに仕舞い込むと、再びあの少女の元へと駆け出した。するとその時――


『――奏?どこ行くの?』


 母の声が響いた。

 その時、母は一人将棋盤に向かっていた。


『美織ちゃんのお家!』


 〝美織ちゃん〟とは同じ団地に住む言わば幼馴染だ。でも今、母へ告げたその内容は嘘だ。

 

『そう。5時までには帰ってくるのよ?』


 と、優しく微笑む母。


『はーい』


 母を騙した事へ罪悪感を感じつつも、僕は少女の待つバス停留所へと急いだ。


 走って戻ると、


『ゔぁああーん!お母ざぁーん!お父ざぁーん!会いたいよぉ〜……ゔぇええーん』


 少女は再び泣いていた。

 僕は息を切らせながら、


『お待たせ!……はぁ、はぁ……お金、持って来たよ……!これで、一緒にバスに乗ってお家に帰ろう!』


 と、励ます意味でも出来るだけ明るく声を掛けた。


『うん……』


 すると、不安そうな表情のまま、少女はなんとか泣き止んでくれた。

 そして僕らは次のバスが来るまでの間、設置された長椅子に座って待つのだった。




 ◆◇◆




「――君? ねぇ、大丈夫!?おーい、奏君!?」


 結衣の声と共に意識が戻り、僕はゆっくりと目を開けた。


「――あ!!気がついた!? 良かったぁ、すごく心配したんだよ?」


 頭上から結衣の顔が覗くように落ちてきて、その近さと、不自然なアングル、更に自分が横になっている事に加え、後頭部と首に感じる素肌の感触から、ある事に気付く。


(これってもしかして……膝、枕?)


「――ッ!?」


 ハッとなって起き上がり、後ろを振り返ると、ホッとした表情の結衣が居た。


「気分はどう?大丈夫?いきなり鼻血出して倒れるんだもん。本当、びっくりしたよ」


「……鼻血?」


 言われて気付く、鼻腔に詰まるティッシュの感触。

 そして僕はここまでの経緯を思い出すが……。


 まさか、『結衣から発するシャンプーの匂いと魅惑的体臭に加え、服の隙間から覗くチラリズムに興奮して鼻血を出し、さらには気絶までしてしまいました』だなんて到底言えるわけもなく、


「……ここ来る前にお風呂済ませてきたんだけど、ちょっと長く浸かり過ぎちゃったみたい……のぼせちゃったのかなぁ〜……えへへ……」


 と、お風呂のせいにするのだった。ただ、実際には湯船には浸からずシャワーのみだったので、のぼせた線はほぼ無いが。


「そうだと思った。――っんもう、驚かせないでよねぇ〜」


 と言った結衣の手にはうちわがあって。

 正座でうちわを手に持ったその体制から、僕が気を失ってる間、膝枕しながらそのうちわで仰いでくれていた事が想像できた。


 そして自然と目が釘付けになる結衣のその露出した太ももは、正座でいるせいか普段よりも太くムチムチとして見え、とても柔らかそうだ。

 そこにたった今まで自分の頭が乗せられていたと思うと、気持ち的に熱くなる。


「……ご、ごめん……」


 と、理性を働かせ、なんとか視線のやり場を太ももから引っ剥がすと一言謝罪を口にするのが精一杯だった。


「本当だよぉ〜?すっごく心配したんだから。もうちょっと目が覚めるの遅かったら救急車呼んでたよ。 で、気分はもう良いの?もしまだ体調が優れないなら対局はまた今度にしようか?」


 僕は気を取り直す意味合いで己の頬を両手でパンッ!!と叩くと首を横に振り、


「――ううん!やろう!今から、将棋!」


 と、力強く答えるのだった。


――――――――――――――――――――


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