第二章 結衣の部屋にて

第8話 元アイドルの部屋着姿

 ――次の日の夜。


 昨夜、結衣にペア将棋のパートナーになって欲しいと頼まれ(脅され)、ならまずはお互いどんな将棋を指すのか、ペアとしての呼吸合わせの目的で模擬戦をしようという事になった。

 もっとも、結衣は既にもう僕の指す将棋の形を分かっているようで、ただ単純に僕との対局を楽しみにしているようだった。


 そして今、僕は結衣の住む部屋を前に立ち尽くしている。


「……すぅー、はぁー……」


 この緊張と昂ぶりをどうにか鎮めようと深呼吸しても効果は得られず。ならばと、落ち着きを得る方向性から意気込む方向性へと考えをシフト。

 己を奮い立たせ、「よし!」と一言、いざ、震える指先で呼び鈴を鳴らす。


 ピンポーン。


 呼び鈴がドアの向こうで響くと同時に、タッタッタという足音が迫ってきて、ガチャっと、鍵の音と共に扉が開いた。


「いらっしゃい」


 すると結衣の天使のような笑顔が出迎えてくれた。が、その姿は〝童貞〟という人種に該当する僕にとって、あまりにも刺激的過ぎた。


 普段じゃ絶対に見る事の出来ないポニーテールと完全ノーメイクに黒縁めがねを掛け、それから、ほんのりと薄紅色に染まった頬と、ふわりと香るシャンプーの匂い。おそらく風呂上がりだろうと容易に想像できる。

 これだけでも充分刺激的なのに、さらに黒のタンクトップの上から白の薄手のカーディガンを羽織り、下はコットン生地のショートパンツを履いたそのラフな部屋着姿は、トップアイドルだった頃のカリスマ的な印象とも、制服姿の可憐で清楚な印象とも違う。

 無防備で、赤裸々で、どこか危うさを孕んだような――端的に言えばつまり、結衣のそのエロい身なりに僕の心の純潔は容赦なく殴打され、今にも崩壊寸前だという事。


 思わず結衣の部屋姿ソレを見てゴクリと生唾を飲んでしまったタイミングで、結衣が口元に手を当ててクスッと小さく笑った。


「ふふ。奏君、女の子の部屋は初めてかな?」


 そう聞かれ、僕は視線を逸らしながらコクリと頷くだけ。


 たぶん今の生唾ゴクリがバレたんだ……。


 そう思い、気まずいのと恥ずかしいのと、そんな居た堪れない気持ちで未だ玄関先から一歩を踏み出せず、その場に俯き、立ち尽くしていると、結衣の方からこちらへ一歩を踏み出して来た。


(いや、ちょっ待――それ以上近寄ら――ッ!?)


 そんな心の叫びも虚しく、結衣は間近までやって来ると、


「まぁ、そんなに緊張しないで? ね? さぁどうぞ、上がって上がって」


 そう言って僕の背中へと手を回し入室を促してきた。


 密着する結衣の身体。

 ふわりと香るシャンプーの匂いと、それとはまた一味違う柔軟剤でも石鹸でも無い、おそらく結衣自身から発せられているだろう甘く魅惑的な匂いに、僕の脳は文字通りの悩殺的ダメージを受ける。


 が、童貞殺しの暴力はまだまだ終わらない。


 前開きしたカーディガンの隙間から覗くわきチラ、薄着ゆえか、いつにも増して主張の激しい胸の膨らみ、ゆったりとしたタンクトップの首元から覗くブラ紐、そして谷間……あらゆる暴力に僕の脳はとうとう限界を迎え、そして遠のいてゆく意識の中、


「……え?――ちょ、奏君?奏君!? 大丈夫?!」


 という結衣の焦った声を最後に、僕の意識は完全に途絶えたのだった。


――――――――――――――――――――


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