第10話 その【玉】、私が握り潰してやんよ
「「お願いします」」
僕と結衣は将棋盤を挟んで互いに向き合い一礼を交わした。
この対局の本来の目的は、ペア将棋における呼吸合わせ。
事前に互いの棋力や指し筋の癖などを把握する為のあくまで模擬戦なのだが、お互い〝神童〟やら〝芸能界最強〟といった二つ名を持つ実力者である故に、実際には互いにバチバチと火花散る真剣勝負といった様相を呈している。
「じゃあ、先手どうぞ」
僕は掌を差し出し、そう言って結衣へ先手を促す。
「……ふーん。余裕だねぇ。 じゃ、遠慮なく行かせてもらうけど――あんま私の事舐めてると痛い目見るかもよ?」
僕から先手を
直後、右腕が動き出す。
スッと色白い結衣の手が盤上に伸びると、【角】の右斜め上にある【歩】を掴み上げ、そのまま慣れた所作で人差し指、中指にて挟むように持ち変えられると、手首をしならせ、勢いよく、それでいて美しい軌道を描きながら盤上へと打ち下ろされた。
――パチ!(先手7六歩)
結衣の指した第一手目――
ふむ。【角】道を開けてきたか。なら僕も。
――パチ!(後手3四歩)
結衣と同じように【角】道をあけた。
そもそも将棋の第一手目というのは大体決まっている。
今僕らが指した【角】道をあけるか、【飛車】先の【歩】を突くか、そのどちらかだ。
その後は手が進むにつれて相手の出方を窺いながら戦略を練っていく。
将棋における戦法は大きく分けて2つ。
序盤で【飛車】を横に振り、駒組みしていく〝振り飛車流〟と、
その逆、【飛車】を振らず、そのままの位置で駒組みしていく〝居飛車流〟。
そして、その2種類を本流に各それぞれの系譜に沿って細かい戦法へと派生していく感じだ。
例えば堅い守りが特徴的な〝居飛車穴熊〟。これは名前の中にあるように、居飛車流の派生だ。
振り飛車流だと〝四間飛車美濃囲い〟が一番ポピュラーだろう。
その他にも様々な形の戦法が振り飛車流、居飛車流それぞれの系譜に沿うようにして存在している。
なので、棋士のタイプを表す上で〝居飛車党〟、〝振り飛車党〟なんて呼んだりもする。
因みに僕はどちらもいける〝オールラウンダー〟だ。
さて、話を盤面へと戻そう。
現状、お互い一手ずつ指し合い、互いの【角】道が通っている状況だ。
さぁ、ここで次に結衣はどう打ってくるか……?
――パチ!(先手6六歩)
ふむ。【角】交換を拒否してきたか……という事は振り飛車か?
あ、そういえば芸能界最強将棋王決定戦(テレビ番組)の時に振り飛車指してたっけな。
――パチ!(後手2四歩)
僕は【飛車】先の【歩】を突いた。
現状、結衣が振り飛車寄りで、僕が振り飛車、居飛車どちらも示唆している状況だ。
そして結衣の次なる一手。
振り飛車なら、ここで【飛車】を動かしてくるだろう。
更に、どこへ【飛車】を動かしてくるかにも注目したい。
中飛車か、三間飛車か、四間飛車……さぁ、どれで来る?
ちなみに、
指し手から見て左から四番目のマスに振るのが四間飛車。
三番目のマスにを振るのが三間飛車。
中央のマスに振るのが中飛車だ。
あと、二番目のマスに振る、二間飛車ならぬ〝向い飛車〟というものも存在するが、そこには現状【角】が居る為に不可。
と、思っていたら――
――パチ!(先手7七角)
ん?【角】が上がった?
今の一手で一気に〝向い飛車〟で来る可能性が高まった。
――パチ!(後手3二銀)
――パチ!(先手8八飛)
来た!やはり向かい飛車だ。
〝向い飛車〟とは、指し手から見て左から2マス目の位置に【飛車】を振る事をそう呼ぶ。
一見して〝二間飛車〟と呼びそうなところを敢えてそう呼ばないのは、そこ(二間の位置)に振る事で左右対称にあったお互いの【飛車】が
つまり、結衣は僕が〝居飛車〟で来ると踏んだわけだ。
しかし――
――パチ!(後手4ニ飛)
ここで僕が四間飛車(振り飛車)にした事で〝向い飛車〟ではなく、〝相振り飛車〟の形となる。
一見して結衣の想定の逆を僕が突いたように見えるが、一方で結衣の狙いは向い飛車ではなく、別にあるかもしれない――と、そんな懸念が脳裏を過ったその時だった。
結衣がニヤリと不敵な笑みを刻んだ。
「――さぁ、どうする? この状況でも〝美濃囲い〟にする?」
(ちっ……。やはり結衣の狙いは美濃囲いへの牽制だったか)
僕はオールラウンダーだけれど、どちらかと言えば振り飛車寄りだ。そして、美濃囲いを多用する。
そして結衣は僕の指す将棋の型を既に知っている。
つまり、僕が振り飛車で来る事も想定した上で、向い飛車にしてきた、という事だろう。
結衣の狙いは以下の通りだ。
まず〝美濃囲い〟とは、振り飛車によく見られる
扱い易さと攻守に優れた、おそらく振り飛車党に最も好まれている陣形だろう。
しかし、指し手から見て右から二番目のマスに【玉】を据え置くその陣形が、相手の向かい飛車(二間の位置)の飛車筋にピッタリ乗ってしまう。
つまり、相手の【飛車】と自陣の【玉】が向かい合ってしまう事で玉頭を狙われてしまうのだ。
そして美濃囲いは玉頭が弱いという特徴もある。そんな急所を、ピンポイントで、それも序盤の内に【飛車】に睨まれるのはかなりキツい。
と、いうわけで既に8筋から【飛車】が睨みを効かせている現状、美濃囲いには行き辛い。行けば劣勢だ。
なので普通ならこの状況、美濃囲いは避けて他の陣形を選ぶところ……なのだが。
――パチンっ!!(後手6ニ玉)
(そうそう。この感じだ……)
と、指していくうちに昔の勝負師としての感情がふつふつと甦ってくる感覚を得ながら、
「面白い。受けて立つよその勝負。……望み通り美濃囲いでいくから、この【玉】、
と、僕は敢えて美濃囲いで組む事を宣言した。
一方、そんな挑発的宣言を受けた結衣は一瞬驚いたように目を見開き、
「……ふーん、なるほどね……それだよそれ。その、人を見下したような絶対的強者の目……。帰ってきたね。おかえり
と、一度は穏やかな微笑みを浮かべたが、その直後「――でも、だからって私相手に舐めプ宣言するとはいい度胸じゃない?――ん?」と、今度は威圧感たっぷりの薄ら笑いを浮かべてそう凄むように言った。尚、目だけは全く笑っていない。
(うわ、めっちゃピキッてなってるし……)
これまでのやり取りの中でも薄々分かっちゃいたけれど、結衣は将棋の事となると闘争心剥き出しでまるで別人格のように変わるようだ。
普段の清楚で優しく、いつもキラキラとした天使の微笑みを絶やさない、まさに絵に描いたようなヒロイン像は今は存在しない。
あるのは苛立ちを隠しきれない悪魔のような微笑みだ。
しかし僕とて、わざと負けてやるつもりは毛頭ない。
「ふん。そういう事は、この【玉】を
結衣からの挑発に対して僕がそう返した瞬間、結衣の表情から一切の笑みが消え、同時に結衣の瞳の奥に青い怒りの炎が煌めいたのが分かった。
「――上等だ、コラ。その【玉】、この私が握り潰してやんよ」
もはや完全に別人の言葉遣いで言い放った結衣は、
――バチィッ!!(先手8六歩)
と、急戦へと持ち込む超攻撃的一手を打つのだった。
そして僕は、
(……【玉】を握り潰すって……。それだけはやめて……?)
と内心で怯むのだった。
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