第11話 ヤられちゃった……(てへ♡)

「……ま、負け……ました」


 と、そう悔しそう言って頭を下げたのは結衣の方だった。


「ん。ありがとうごさいました」


 僕の方も頭を下げる。


「……やっぱり、さすがだね奏君。私の将棋が全く通用しなかったよ……完敗だなぁ……」


 結衣はそう言うと落ち込んだように頭をしゅんと下げた。


 ちなみに今はもう、将棋の悪魔に取り憑かれたアノ様子はなく、の結衣に戻っているようだ。…………と、ここで、ちょっと恐い事を思ってしまう。


 ――『上等だ、コラ。その【玉】私が握り潰してやんよ……やんよ……やんょ……』


 今、頭の中でエコーの如く響き渡ったのは先程結衣が放った戦慄の台詞だ。


 まさか、あっちが本来の結衣だなんて事は……いやいや、んなわけないか。


 僕は邪念を振り払うかのように軽く首を振ると、落ち込む結衣に言葉を掛ける。


「いや。そんな事もないよ。8筋から急戦に持ち込まれた時は正直きつかったし、かなり苦戦を強いられたよ」


「気休めはやめてよ。敢えて私の有利な形にされた上で負けたのよ?どう見たって私の完敗よ」


 結衣はムスッとした顔で目だけこちらを向いてそう返してきた。


 本当に悔しそうだ。

 結衣が将棋に対してどれ程真摯に向き合っているかが強く伝わってくる。


(少しやり過ぎたかな……?)


 棋力は確かに僕の方が上だ。だが、将棋へ向ける熱量じゃ、僕は結衣の足元にも及ばない。


 例えば、今の対局に使用したこの将棋盤は折り畳み式ではなく、本格的な足つき盤だ。駒も一目見て分かる高級品。僕の見立てではおそらく、これ一式でウン十万とするだろう。

 普通、将棋道具は安価で揃えられ、盤も場所を取らない折り畳み式を選ぶのが一般的だ。

 高級品だからと、特出した性能があるわけでもなく、むしろ高価な足つき盤よりも、安価な折り畳み式の方が利便性は上とまである。

 それでも尚、本格足つき盤に拘り、そこにお金を掛ける事に並々ならぬ将棋愛を感じさせる。

 

 一応、僕もこういった高級品のを持ってはいるが、それは女流棋士だった母の形見であって、母が病に倒れてからは、何年も押し入れに仕舞いっぱなしだ。実際、僕自身将棋を指すのは今日が久しぶりだ。


 目の前の悔しがる結衣の様子を見て思う。

 先程の対局内容、分かっていながら相手結衣の術中に嵌まり、そこから勝利を収めるというやり方は些か傲慢なやり方だったのではないかと。

 ましてや、将棋などどうでもいいと、特に思い入れ無く今日まで将棋から離れていた僕が、将棋に対してここまで真剣な姿勢でいる結衣に対して失礼極まり無い愚かな所業だったのではないかと、今頃になって気付き、後悔する。


 ――やるなら、もっと全力で、完膚なきまで叩き潰すべきだったと。

 それが将棋をこよなく愛する結衣に対する礼儀だと、そう思う。


「もし良かったら、もう一回しない?」


 しゅんとしている結衣に、僕はそう声を掛けると、結衣はすぐに顔を上げ僕を見る。


「いいよ」


 その目は再び勝負師の目だ。

 瞳の奥に光を宿し、僕を睨み付けるように見据える。

 僕も負けじと結衣の目を見る。


「今度こそ本気だ。覚悟しろよ?」


「望むところよ!次手加減したら、今度こそから」


(ひぃ……)




 ◆◇◆




 ――30分後。


「……うぅ……ゔぅ〜ん…………ま……負けました」


「ありがとうございました」


「……全然……何もさせて貰えなかった……」


 第一局目では所々で攻防を繰り広げる場面があったものの、第二局目では殆ど一方的な展開で終わった。もちろん、僕が勝った。

 圧倒的棋力の差を見せつけ、遠慮なく、完膚なきまでに叩き潰した。


 そして、今の結衣の表情には正気は無く、ボーっと負けた盤面をただ一点に見つめている。

 まさに茫然自失といった様子だ。


(アレ? 今度こそ、本当にやり過ぎてしまったか……?)


「まさか、ここまで強いとは思ってなかったよ……。 ねぇ奏君。将棋指すの本当に久しぶりなの?」


 力無く、淡々とした口調でそう問われ、僕は申し訳なく答える。


「……うん。まぁ、そうだけど……」


「(……次元が違い過ぎる……これでアマチュア? それも、五年ぶり?……信じられない。まだ『プロです』って言われた方がよっぽど納得がいく。……神?いや、もうこれ〝神〟じゃん。マジもんの天才よ。いや、鬼よ。化け物よ。そりゃ誰も勝てなくて当然よ。勝てるわけ無いじゃない、こんなの。強すぎ、反則よ。……ていうか、そもそも私なんかが挑んでいい相手じゃなかったのよ……)」


 何やら一人呪文のようにぶつぶつと言い始めるが、その内容は聞き取れない。


 あれほど自分の棋力に自信満々といった様子だったのに、今やその自信は完全に破壊され、死んだようなうつろ目でもはや虫の息だ。


 そんな結衣の様子を目の当たりにして本格的にやり過ぎてしまったと、焦る。


「――結衣!!しっかりして!!僕の声聞こえる!?戻ってきて!!」


 そう声を張って結衣の両肩を手で激しく揺するが、結衣の目は死んだまま、力無く頭部だけが揺れる。

 

 しばらくそれを続けてるとようやく結衣の目に生気が戻り正気を取り戻したのが分かった。


「結衣!?大丈夫!?」


「……えっ? あぁ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた。……てへへ」


 結衣はそう言って申し訳なさそうに笑った。


 でも、やはり負けたショックはまだ残っているようで、それを隠そうと必死に作る笑顔が僕の心に痛く突き刺さる。


「ごめん……」


「ん?なんで謝るの?」


「……いや、だって僕のせいで結衣がこんな事に……」


「あぁ、これね。気にしないで。私って、ものすっごく負けず嫌いで、特に将棋の事となると我を忘れちゃうの。……それにしても二局目。本当凄かったね。されるがまま……これまで培ってきた自分の将棋が一切通じず、全て(矢倉)を剥ぎ取られ、あっという間に私の【玉】は丸裸にされて、必死に逃げるも奏君はそんな私を許してくれなくて、多方面から取り囲まれ……そして、ヤられちゃった……(てへ♡)」


 その、まるで強姦アレまでの過程を描いたかのような言い回しに僕は苦笑い。


 ……てへ♡、じゃないよ。


「あの……結衣、さん?」


「ん?何?」


 何ら悪気ない表情。もしかして、天然なのか?

 

「いや、その……言い方、がね……?」


「言い方?……え?私なんか奏君の気に触るような事言ったかな!?だったら、本当にごめんなさい!私って鈍感だから……どこの箇所かな?」


 ……あぁ、どうやら天然らしい。という事は悪気なく素の感想を言ったという事か……。


「……ううん。何でもない。大丈夫、気にしないで」


 教えて、と言われてもそれを言語化するわけにもいかず、結局お茶を濁しその場を切り抜けるのだった。

 そして結衣はそんな僕をただただ不思議そうに見つめ、小首を傾げるのだった。


――――――――――――――――――――


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