第2話 隣りのベランダに元アイドル?!
佐々木結衣が転校して来たその日。休み時間になる度に僕の隣りの席の周りには尋常じゃない
視界には見渡す限りの人、人、人。
さらには教室内に収まりきらず、外にまで無数の人集りが出来ている。おそらく全校生徒が一斉に集まって来ているのだろう。
でもまぁ、あの佐々木結衣がこんな地方の高校に突如として現れたのだ。当然と言えば当然の現象とも言える。
押し寄せる生徒の波に飲まれ、押し潰され、そんな尋常じゃなく騒がしい一日も、放課後を告げるチャイムと共に終わりを迎える。
僕は、ヨロヨロとした足取りで家路についた。
「はぁ。なんだかものすごく疲れる一日だったな……」
ボソリと、そんな疲弊の言葉を吐きながら家の鍵を開け中へと入る。
築20年1LDKのアパート。
ここで一人暮らしを始めるようになって一カ月。
母は僕が小学生の頃に亡くなり、父は海外赴任中の為、現在の僕の境遇は実質的に天涯孤独と言っていい。
そして僕は、家族をかえりみず、何よりも仕事を最優先させてきた父の事をもはや〝父親〟だとは思っていない。
母が死だ時でさえ父は大事な仕事が立て込んでいるからと、赴任先の海外から戻って来ず、その為、当時小学生だった僕が喪主を務めるしかなかった。
その後も父は海外勤務を続け、そして僕は親戚の家へと預けられる事となった。
親戚の叔父さんや叔母さんにはとても良くして貰っていたが、同世代の従姉妹がいる中で、僕だけが叔父さんや叔母さんの本当の子供ではないという疎外感はどうしても拭えなかった。
そして何よりも辛かったのは目の前で繰り広げられる叔母さんと従姉妹達との母子によるやり取りだ。
その光景を目の当たりにしながら僕は死んだ母の事を思い出した。
その思い出が明るく楽しいものであればある程に、僕の心はそれだけ傷ついた。
ただ、そんな辛い思いを抱えながらも約5年間、従姉妹達と変わらない扱いで接してくれた叔父さんと叔母さんへの感謝の気持ちは絶えない。
年齢を重ねるにつれて母と叔母さんを重ねて見る事は無くなっていったが、この家族の中で自分だけが部外者という肩身の狭さは変わらず感じていた。
いつまでもこの家族の中に混じっているわけにもいかない。
そんな思いから、僕は一人暮らしを決意し、その思いを叔父さんと叔母さんへ伝えた。
でもその時の叔父さんと叔母さんの寂しそうな表情を見た時、僕は初めて叔父さんと叔母さんから愛されていたんだという事を知った。
――『困った事があったらいつでも頼りなさい。それと、週に一度は必ず帰って来て、こうして
それを条件に一人暮らしが許可されたのだった。
◆◇◆
――夜。
夕食後、風呂を済ませ、洗い物やその他家事諸々やる事全てを終わらせた僕はホットココアが入ったマグカップを片手にベランダへと出る。
特に何を考えるというわけでもなく、ただボーっと、一日の終わりに星を眺めるのが最近の僕のマイブームだ。
しかし、今日はいつもと違ってどうにも気分が上ずってならない。
その原因は無論、今日転校してきた佐々木結衣にあるだろう。
すぐ隣りにあの佐々木結衣がいる。
ただそれだけでそわそわと落ち着かず、授業も上の空で聞くしかなかった。
否が応でも湧き立ってしまう高揚感が単純に鬱陶しいとすら思えた程だった。
事実、今日一日を終えてみて昨日までの日常には無かった疲労感を覚えている。
ただそう言った負の感想も結局のところ僕自身が勝手に舞い上がっているだけ。
嬉しく思っているのか、厄介事として捉えているのか、正直自分でもよく分からない複雑な心境だ。
ただひとつ確実に言える事。
それは、例え佐々木結衣が隣りの席になったからと、僕にとっては完全なる他人事であり、僕の学校生活には何ら影響は及ぼさないという事。
間違っても、この機をチャンスと捉え、あの佐々木結衣とお近づきになろうだとか、なりたいという願望すら持つ事はない。生憎、そんな野心を膨らませる程僕は自分を高く評価していない。
たぶん会話すら無いだろう。
最低限挨拶を交わすだけ。現に今日も、最初の「よろしくね」以降は一言も話さなかった。
「……またっく。何考えてんだ僕は」
佐々木結衣について、あーだこーだと考えてる事自体、憚られる思いだ。
自分には関係無い事だと、そう頭の中で区切りをつけると、僕は星を見上げながらホットココアを飲んだ――と、その
「あれ?」
突然、僕の左側の鼓膜を鈴音のような美声が震わせた。
振り向くと、その声の主は隣室のベランダに居た。
「あ、やっぱりそうだ!こんばんは。吉本君」
と、そこにあるはずのない〝日本一可愛い〟微笑みが、僕の事を見つめていた。
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