隣に引っ越してきた清麗な元アイドルが僕とペアになりたいと寝かせてくれません

毒島かすみ

第一章 え?!僕とペアになりたいってマジ!?

第1話 元アイドルが同じクラス?!それも隣りの席ってマジ!?

 ――全国小学生将棋トーナメント。地方予選大会、決勝。



 今日、私の念願がようやく叶う!

 

 決勝の相手はあの『神童』こと吉本奏君だ。

 私は君と向き合って将棋が指せるこの日を目標に今日まで頑張ってきた。


 そして今、私は逸る気持ちを抑え、将棋盤を前に君の到着を待っている。


(……ちょっと早く着き過ぎたかな?)


 今やアマチュア将棋界最強と謳われる君。

 そんな君は私にとって遠く手の届かない雲の上の存在で、その逆、君にとって私など眼中に無い存在。


 でももし、真正面から、至近距離で、互いの顔を合わせる機会があったとすれば……君はあの日の事を思い出してくれるだろうか?

 あの時の、あの眼鏡っ娘が、私だって、気付いてくれる?


 ……ううん。たぶん気付かない。


 おそらく君にとって私との出逢いは遠く薄い記憶で、私の事などきっと覚えていないはず……。


 ――期待はしない。すれば、裏切られた時の落胆も大きい。だから、期待しない。でも、


「…………(どきどき)」


 そうは言っても、時間が迫るにつれて鼓動は早く大きくなってゆく。


 ……君がどうであれ、私にとっては色鮮やかに色付いた濃い記憶だ。それでいて、淡くて儚い幼き日の思い出。

 キュっと、私の胸の奥を痛く締め付ける元凶でもある。




 時計の針が対局予定時刻を差した。


 ――いよいよだ。

 

 私ははたと思い立つと、慌てて自分の服装の不備を確認する。次に前髪を触り手櫛で整えているとそこへ、


「――佐々木結衣さん」


 大会運営の職員の人がやって来た。何の用だろう?


「はい」


 返事をすると職員の人はにこりと微笑み、こう続けた。


「対局相手の吉本奏君が棄権されましたので佐々木さんの不戦勝となりました。従いまして――佐々木さんの優勝です!おめでとうございます」


「――え?」


 ぱちぱちと周囲から祝福の拍手が巻き起こるが、私はそれに応えれず、君が座るはずだった誰もいない対面側をただ茫然と見つめながら、心の中で泣いた。

 こんな優勝、欲しくなかったと――


 そして、その日以来――君は将棋の世界から姿を消した……。




 ◆◇◆




 

《史上最年少名人米山康生よねやまこうせい7段は今日、2個目のタイトル奪取に向けて王位戦七番勝負第一局に臨みます。相手は……》


 テレビに映し出される朝の情報番組。

 それに耳を傾けながら僕は今、学校へ行く準備を進めている。


「――へぇ。米山君、次は王位戦かぁ。凄いなぁ」


 テレビへ向かって感嘆の言葉を漏らした僕――吉本奏よしもとかなでは、実は昔プロ棋士を目指していた頃がある。  

 しかし今はもう将棋の道からは外れて5年が経った。


 そんな僕とは正反対に、将棋の道を極め続けたかつての戦友ライバル――それがそう。今テレビから流れてきた米山康生名人その人の事である。


 14歳5ヶ月で四段(プロ棋士)へ昇段。

 16歳7ヶ月で『竜王』獲得。


 そのどちらも史上最年少記録であり、更にそれまでの記録を大幅に更新した事から、まるで創作の中の〝主人公〟のようだと。

 もはや将棋の枠を越えた注目が今、米山名人へと注がれている。

 

 小学生の頃は互いに刺激し合い、よく僕と米山君は比べられたものだが……今となっては随分と遠い存在となってしまった。

 かと言って、今更プロ棋士を目指そうにも遅すぎる。というか、そもそも将棋への情熱を失った僕にプロを目指す資格はもはや無い。


《巷じゃ米山竜王の事を〝主人公〟や〝神童〟なんて呼ばれていますが、その事についてどう感じてますか?》


 記者会見的画角から米山竜王へ記者から質問が飛ぶ。

 それに答える米山竜王。


《ははは。……まぁ、そうですね。〝主人公〟については特に何も思う事はありません。勝手に呼んで下さいって感じです。――ただ、〝神童〟の二つ名は僕にはちょっと荷が重いというか……僕は知ってますから……本物の〝神童〟を――》


 ――ピッ。


「さて、行くか」


 準備が整ったところでテレビを消し、僕は学校へと向かうのだった。




 ◇◆◇




「――今日はまず始めに、転校生を紹介するぞ!」


 朝のホームルームの時間。

 教室へ入って来た担任の先生は唐突にそんな声を上げた。


 転校生という単語にクラスの大半が、おぉ〜っ、という関心の声を上げる中、特に興味無いとばかりにそっぽを向く者も中にはいる。

 そう、僕の事だ。


「……でだ。お前達……驚くなよ?」


 そう前置きした先生。

 

 はて、驚くような転校生?

 その言葉にようやく興味を惹かれた僕は窓の外から先生の方へと視線を移す。するとその顔には得意気とも不敵とも取れるようなニヤリとした笑みが刻まれていた。


 まだ見ぬ転校生がどんな人物であるのか、クラスの関心が転校生へ集まるまでは分かる話だ。

 だがしかし、その転校生を実際に見た時の〝驚く〟という表現がいまいちピンとこない。


 驚くような美少女?

 それとも驚くようなイケメン?

 

 うーむ。どちらもピンとこないところだが、どせなら前者でお願いしたいものだ。

 ただ誤解しないで欲しいのは、その美少女転校生(仮)との具体的な何かを期待するわけじゃあ、ない。

 そもそも僕みたいな陰キャにとって、そんな妄想は御法度なのだ。

 

 と、そんな妄想はさて置き、依然として先生は勿体ぶるような笑みを浮かべている。

 それに対して疑問符を浮かべる僕達生徒一同。


「――それじゃあ、入って来てくれ」


 ――ガラガラガラ。


 先生の呼び掛けに応じて引き戸式の扉が開かれた途端、外から春風が立ち込め、教室内にひらひらと桜の花びらが舞った。

 直後、長いダークブラウンの髪を靡かせながら転校生と思しき少女が教室内へと入ってくる。

 サラサラと流れる絹のような焦茶と、舞う桃色。

 その美し過ぎるコントラストに僕を含めたクラス全員が息を飲む。

 そして、


「――佐々木結衣です! 今日からよろしくお願いします」


 教壇の前で自己紹介を口にしたその少女は軽く一礼をした。


「「「………………」」」


 クラスメイト全員がポカーンと口を半開きにし、まるで時が止まったかのような静けさが教室内を支配する。

 次の瞬間、まるで溜め込んだエネルギーが一気に放出されたかのような凄まじいどよめきが教室内に響き渡った。


「「「えぇぇぇーーーーーッッ!!!!????」」」


 


 ◆◇◆




 佐々木結衣――大人気アイドルグループ〝ハピネス〟の絶対的センターであり、その圧倒的ルックスはもはやアイドルの域を越え、彼女は今〝日本で一番可愛い女の子〟と、この上無い二つ名で呼ばれている全国区の超有名人である。


 かくいう僕もまた、テレビやSNSなどで姿を見かければついチャンネルを止めてその容姿端麗に見惚れてしまう一人だ。

 

 まさに今が人気絶頂。しかし、そんなタイミングで、あろう事か彼女は突如としてハピネス脱退を発表すると、始めつつあった女優活動を含めた全ての芸能活動まで辞めてしまったのだ。


 あまりに突然な引退発表だった為、ワイドショーでは連日にかけて取り上げられ、様々な噂や憶測も飛び交っていた。

 

 そして僕もまた――もう彼女の活躍は見れないのか、と。


 僕の心もそれなりに沈んだ。それが、つい先日の事。


 それが今――


 これまでテレビやスマホの画面越しでしか見た事の無かった佐々木結衣が、現実として僕の目に映っている。

 とても不思議な感覚だ。

 

 艶のある真っ直ぐに伸びた焦茶の髪は天使の輪ができる程で。なるほど流石芸能人。この時点で一般人とは一線を画している。

 ぱっちりとした目の中の瞳色は黒というよりは髪色と同じ焦茶色。

 そして、彼女の容姿を讃える上で最も重要且つ、感嘆を零してしまう項目が、その端正な顔立ちだ。

 綺麗と可愛さ、それと若干の幼さを残した、まるでアニメの世界から飛び出したヒロインのような圧倒的美貌。

 これが彼女を〝日本一可愛い女の子〟と言わしめる所以だ。

 肌は白く透明感があり、ニキビそばかす一つも見当たらない。そして、

 化粧気の無い顔貌。

 膝上5センチのスカート丈。

 白のハーフソックス。

 これらなんとも慎ましい身なりが、彼女の清楚な印象に拍車をかける。


 つくづく思う。さすがは芸能人……。

 いや、その芸能界の中ですらも他を圧倒するような容姿端麗が、見慣れた教室の風景の中に不自然佇んでいる。


 明らかに異様な光景。文字通り、佐々木結衣が立つそこだけが違う世界のような錯覚を覚える。


「じゃあ席は、吉本の隣り……あそこだ、あそこ」


 そう言って先生は僕の隣りの席を指差した。


「はい」


(……え?ここ?)


 鼓動が跳ね、胸が騒つく。

 スタスタと、あの佐々木結衣がこちらへ歩いてくる。近付いてくる……そして、


「よろしくね。吉本君。……(よしっ!)」


「あ……はい……」


(ん?ガッツポーズ?)


 言葉を交わした。名前を呼ばれた……あの佐々木結衣に。

 ただ、ほんの小さくガッツポーズしたように見えたのは……うん。多分僕の気のせいだろう……。


 目の前に立つ実物の佐々木結衣に思わず見惚れ、魂の抜けたような何とも情け無い返事を返した僕に対して、佐々木結衣はニコっと眩しい程の微笑みを向けると、隣りの席についたのだった。


――――――――――――――――――――


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