第28話 『光翼の征剣』
「てめええ! このオーク野郎があああ!」
次にロウギの前に立ち塞がったのは、無精鬚の剣士アンガスだった。
剣を両手で構えながら怒りをあらわに吼える。
「今度は俺がこの『カマイタチ』の力でてめえをバラバラにしてやゴゲハぁっ!?」
しかし言葉の途中で真横にドォウンッと吹っ飛ばされた。
いきなり何者かのショルダータックルを受けたアンガスは、頭から地面に落ちて「ぎえっごっごっごげぇっ」とゴロゴロ転がっていく。
「ヌモウ、モオオ(お久しぶりです)」
呆気にとられるロウギの元に現れたのは、ミノタウロスのジュリアスだった。
「グウ……グウウ?(お前は……今までどこにいた?)」
「モオ、モオモオヌモウ(恥ずかしながら、気を失っておりまして)」
先ほどモプリンとの戦いに敗北したジュリアス。
冒険者達が介入してからも姿を見ないと思えば、意識を失っていたところを今になってようやく目を覚ましたらしい。
「モオ、モオモオモオ。 ヌモウモウモウ、ヌモウモウヌモオモオ(まあ、厳密には意識は一度も失っていないんですがね。私を起こそうと必死に嬲り続けるユザリア様のお姿があまりに可憐過ぎて、起きるに起きれなかったのですよ)」
「グウ、グウウ?(お前、状況わかってるか?)」
「あのイモガキ……」
そしてジュリアスの主であるユザリアもまた当然のようにやってくる。
その視線の先には地面に倒れ伏すエコがいた。
ユザリアはギリッと苛立たし気に表情を歪めている。
「私が何度も止めてあげたのに……私よりも先に、バカみたいに身体張って……これじゃあ私が何もできなかったみたいじゃない……!」
その声は小さく、他の誰も聞きとることができない。
しかし静かに滾る炎のような感情は、エコやその素性を意味する黒い紋様などでもなく、ユザリア自身に向けられているようだった 。
「本当に不愉快……ジュリアス! こいつらをやるわよ! 冒険者狩りよ!」
「モウ(仰せのままに )」
ジュリアスは体の具合を確かめるように肩をぐるりと回す。
屈強な右腕の先には愛用のバトルハンマーが握られている。
モプリンとの死闘を終えたばかりだというのに、まだまだ余力があるらしい。
「ヌモウモウ(そういうことですので。ここは私が引き受けます)」
先ほど吹き飛ばされたアンガスが起き上がり「クソがあ!」と叫びをあげている。間もなくこちらに向かってくることだろう。
それだけではない。
「隙だらけだしっ! とっとと死んじゃえっ!」
今まさに、後方から緑髪の女ミュッセがこちらに矢を放ち――ガシッ。
しかしそれをジュリアスは難なく素手で掴んで止めながら。
「モオ、ヌモオ、ヌモウモウ(貴殿はどうか、貴殿の主を救うための戦いを)」
「グウウ。グウ(……感謝する。頼んだぞ)」
「ヌモオ、モオ(我が誇りにかけて)」
二人の冒険者はジュリアスに任せ、ロウギは再び歩を進める。
残る敵は純白のマントを纏う少年――『
「エコ様っ!」
そこで銀髪をなびかせながら走ってきたのはクーリャだった。
地面を転がっていたエコを拾い上げ、ひしっと抱き寄せる。慌てて駆けつけたせいかクーリャの首筋を隠していたストールはずりおち、黒い紋様があらわになってしまっていた。
デュランは目ざとくそれに気付く。
「へえ。お前も魔族か。まさかこんなところで魔族を二人も確保できるとはね」
「…………」
クーリャはエコを抱いたまま、ギリッとデュランを睨みつける。
「安心しろよ。別に殺したりはしない。なんでも魔族の持つ魔力は『魔煌石』を始めとした多くの研究において必要不可欠なものらしいからね」
「……エコ様には、手出しさせないから」
「はあ? まあ、お前たちの相手は後でじっくりとしてやるよ」
デュランはクーリャの反応をせせら笑うと、オークへとその体を向けた。
「こいつの相手をした後でな。前は逃がしてやったが、
クーリャはロウギへこくんと頷くと、エコを抱きかかえて走っていく。
それを確認し終えたロウギは、
「ガアアアアッ!」
即座にデュランへと迫った。
「…………、」
ブンと振るわれた拳は、しかし寸でのところで避けられる。
さらに続く拳をデュランは難なく躱しながら黒鞘の柄に手をかけるが、反撃の暇を与えるつもりはない。畳みかけるように一気に攻撃を仕掛ける。
「ガアッ!」
「くっ!」
今度こそ捉えたかに見えた一撃は、しかし黒鞘を盾にする形で防がれる。
デュランはロウギの拳の衝撃を利用する形で後ろに跳躍、射程の外へと逃れた。
一順――奇襲 で一気に仕留め切ることはできなかった。
「驚くほどのパワーだ。『角付きのオーク』……やはり並のオークとはレベルが違うらしいな」
デュランは感心したように呟く。
黒鞘から銀色の刀身をきらめかせ、不敵な笑みを刻んだ。
「だが『異界種』の敵ではない。見せてやるよ。『【凶風】フレスベルグ』の力を」
柄の装飾部分に嵌められた翡翠色の石が光る。
デュランが剣を軽く振るうと、いくつもの風の斬撃が生まれる。
「……!」
ロウギは即座に両足を地面に踏みしめる。
――【地剋万象《金剛》】
大地からの奔流を受けて纏われた氣が、次々と迫る不可視の刃を弾く。
デュランは「ほう」と感嘆の声を漏らし、剣を真横に薙いだ。
「だったらこれはどうだ!」
今度は荒れ狂う暴風が大気に生み出される。
それはロウギの全身をあらゆる方向から絡め取り、暴力的に抑えつけようとする。
前もこれで『赤毛のマンティコア』の動きを封じていた。
「グ……ウウウ…………!」
ぎちぎちと、ロウギの力と風の力が激しく拮抗する。
それをデュランは余裕の表情で見ている。
「グウ…………ガアアアアアアアアアアア!」
次の瞬間、均衡を破ったのはロウギだった。
ロウギは咆哮をあげて風の拘束を強引に突破、
「ガアアアアアア!」
勢いを乗せた拳をデュランに向けて打ち下ろした。
デュランは咄嗟に後方へ飛んで逃れる。体勢をすぐに立て直して視線を前にやる が、しかしそこにロウギの姿はない。
――【地剋万象《絶影》】
既にロウギは氣を用いた超瞬速移動歩術によりデュランの背後へと回りこんでいた。
無防備な背中に向け、拳を放つ。
「……っと」
しかしデュランはこちらの動きを把握していたかのように、落ち着いた様子で反転。反撃の刃がロウギの左腕を裂いた。
「グ……ッ!」
「危ない危ない。まあ、僕には視えていたんだけどね」
デュランは冷笑を浮かべながら明かす。
「フレスベルグには『世界樹から下界の全てを俯瞰する』という謂れもあってね。半径五十メートルくらいまでなら周りの動きを全て把握することができるんだ。背後からの攻撃を見るまでもなく返り討ちにするくらい、造作もないことなんだよ」
「グウ……」
確かにそれらしい光景は何度か見た。
『赤毛のマンティコア』に対しては死角からの攻撃を回避していたし、先ほども背後から迫る調教師とモンスターをあっさりと切り伏せていた。
デュランが持つ剣の力は、風を起こすだけではないということか。
そして今ので三順。
拳は未だ一度も相手に届いていない。
デュランが次々と披露する、魔術のような現象の数々。
『光翼の征剣』は封印したモンスターの力を操る。
まさに事前にクーリャからも聞かされていた通りだ。
「それにしても、風の刃を全く受け付けないとはね。オークごときが。ただ肉体の頑丈さだけで?」
デュランは左手で茶色い髪を弄りながら、考え込むような仕草をする。
余裕の態度を崩さないデュランではあるが、ロウギもまだまともなダメージを受けてはいない。それはデュランにとって想定外のことなのかもしれない。
「だったら……これならどうだ ?」
次に剣を振り、生み出されたのは黒い風だった。
それは撫でるように淡く、圧力や斬撃を伴うものではない。
(これは……)
しかし、その風を受けたロウギは自身に起こる異変に気付く。
大地から受け、全身を巡っていた力の存在が感じられなくなっていく。
氣が――打ち消されている!?
「はあっ!」
デュランが剣を横薙ぎに振るう。
生み出された風の斬撃は、今度こそロウギの胸元を大きく切り裂いた。
「グウアアッ!」
ぼたぼたと、生々しい血が溢れ出る。
デュランは納得を示すように指先をこめかみに当てた。
「やはり身体強化の魔術、あるいはそれに類する何らかの力を宿していたか。だが、これで終わりだ。フレスベルグは魔力を始めとしたあらゆる力を喰らう」
「グ……」
ロウギは深く大地を踏み、呼吸を整える。
もう一度大地からの奔流を受けるイメージを繰り返し、氣を練ろうとする。
「さあ! 一気にいかせてもらおうか!」
しかしデュランはその隙を与えてはくれなかった。
剣が振るわれる度に風の刃が生まれ、ロウギの体中を切り裂いていく。
「グウウ……!」
こうなってしまっては不可視の刃から逃れる術はない。夥しい量の血がオークの全身から舞い散る。剣が振るわれ、裂傷を刻まれる度に意識も削がれていく。
やがて氣を練るための集中も途切れ――とうとうロウギはがくりと膝をついた。
――ズキン。
そして、ここにきて例の頭痛が訪れる。
「………………――――――!」
悲鳴をどうにか堪える。
しかし体は動かない。全身が軋む。
途切れそうになる意識と視界から、どうにか自我を保つことに全神経を注ぐ。
「感謝するよ。『角付きのオーク』」
いつの間にか攻撃は止んでいた。
曖昧な意識に、誰かの言葉が流れ込んでくる。
「冒険者の数が増え、モンスターが次々と討伐されている。これは喜ばしいことではあるが、一方で人々のモンスターに対する恐怖心というものが薄れつつあることも事実でね。僕達はそのことに、実はちょっとした危機感をもっているんだ」
虚ろな視界に映る、白いマントの少年の姿。
それは薄い笑みを浮かべながら自分を見下ろしている。
「だから冒険者協会は強大なモンスターに対して懸賞金をかけた 。人々の恐怖を煽るようにその危険性を周知した」
まさにロウギも特別なオークとして懸賞金をかけられていた。
今の自分は、人々を恐怖に陥れるモンスターだ。
それを肯定するように――破壊の衝動が内から湧き上がってくる。
「かの勇者が今も英雄として語り継がれるのは、恐怖の象徴たる魔王を倒したからだ。つまり魔王なきこの世界で僕達が英雄たりえるためには、代わりとなる『悪』が必要なんだよ」
――魔王。
その言葉に、ロウギの思考と感情が止まる。
「そう! 貴様のような悪がいるからこそ僕達は勇者の末裔として英雄視され続けるんだ! 本当に心から感謝するよ『角付きのオーク』。オークとしての枠組みと常識を超え、よくぞ今まで頑張ってくれた。最後はこの僕に倒されてくれるために!」
そして勇者。
魔王無き後も未だ残されている、薄っぺらい正義の象徴 。
「さあ、終わりだ! 僕の勇者としての名声の礎となり、今ここで散るがいい!」
正義の象徴たる冒険者の刃がきらめく。
それは当然の摂理として邪悪なるモンスターへと振り下ろされ――
「………クッ、ククッ…………」
「……なんだ?」
しかしそこに異変が生じた。
「…………ククッ、くくく……」
オークはうずくまったまま、プルプルと全身を震わせている。
低い唸りのようなものを漏らしながら。
「……くくっ、くくくく……くはははっ」
それは痛みや恐怖に喘ぐ声などではない。
「くはははははははははははははははははは!」
「なっ……!? わ……笑っただと!?」
明らかにヒトの言葉で紡がれた哄笑に他ならなかった。
わずかに残されていたロウギの自我が生み出した感情と声音。
そう。
我慢できなかったのだ。
この世界における歪な平和とその真実。
それを楽しそうに語る一人の少年。
なにもかもが――あまりに幼稚過ぎて。
ロウギはゆっくりと立ち上がる。
そして言った。
「『光翼の征剣』。どれほどのものかと思えば年端もいかぬ小僧が借り物の力で勇者を気取るだけとはな」
「な……っ。オークが言葉を……?」
デュランの表情が今度こそ驚愕に染まる。
ロウギは告げる。
「底は見えた。今のお前に 【不落の門】は落とせん」
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