第27話 最強の鬼人

「くらえいいい! 頭蓋粉砕! 脳殺鬼嫁クラーッシュ!」


 ズゴオォォォォォゥ……!


 鬼人の少女が空高く跳躍し、落下の勢いと裂帛の気合を乗せた棍棒を振り下ろす。

 まともに浴びれば脳を頭蓋骨ごとグシャグシャに破壊し、衝撃の余波が大地はおろか大気さえをも震わせるほどの一撃だ。


「…………」


 しかし鬼人の男には効かなかった。

 両手持ちの棍棒を思いっきり脳天に叩きこまれたというのに、その体はビクともせず表情の変化すらない。絵に描いたようなノーリアクションだ。


「や、やるなロウギ……!」


 鬼人の少女が額の汗を拭う。

 余裕の表情で立つ鬼人の男――ロウギを見上げては不敵な笑みを浮かべた。


「マオウの攻撃を二十順も一切の抵抗なく受けながら悦んでいただけのことはある……ロウギにはわしの必殺技すらゴホウビであるというのか!」

「何の話をしている」

「セリナが言っていた。ロウギはセッカンを浴びて悦ぶシンセイのマゾヒストであると。意味はわからん! セリナな賢いからな!」

「そうか。あいつ……」


 微動だにしなかったロウギの表情がそこではじめて険しいものになる。

 それを好機と捉えた鬼人の少女は「すきありっ!」と再び跳んだ。


「開幕からぶっ放す必殺技が失敗ふらぐであるならば! 終幕に至るまでわしのゼンシンゼンレイをもってぶっ放しまくるのみ! てあーーーーーーーっ! 脳殺鬼嫁クラッシュ! 脳殺鬼嫁クラッシュ! 脳殺鬼嫁クラッシュ!」


 ズゴオォォォォォゥ……!

 ズゴオォォォォォゥ……!

 ズゴオォォォォォゥ……!


 大雑把ではあるが、対象の破壊のみに魂を注いだ気迫の一撃。

 それを何度も打ち込む。少女を中心にして嵐が巻き起こるかのような衝撃は標的以外をも巻き込み、ここが集落であれば周りの家屋を吹き飛ばしていたことだろう。棍棒を叩きこまれるロウギを中心に地面は大きく陥没している。

 しかし。


「……これで二十順。終わりだリジュ」


 それでもロウギには通用しない。

 鬼人の少女――リジュが放つ二十発目の攻撃をロウギは左手で掴み取ると、残る右手で隙だらけになった腹を殴る。リジュは「ぐへえっ!?」と吹き飛び、近くにあった池の中にボチョンと落ちた。




「馬鹿な……母より受け継ぎしわしの必殺技が……」


 地力で池から這い上がってきたリジュが仰向けになって絶望する。

 ロウギは観察するように黙ってそれを見下ろす。


「しかし次こそは! ロウギごとき、二十順もあればなんとかなる!」


 ロウギを二十順で倒すなど、今のリジュには到底無理だろう。あの『魔王』ですら成し得なかったのだから。

 しかしリジュは本気で言っている。傲慢というより阿呆なだけだが、ロウギはそれを悪いこととは捉えていない。


「次は誰かと一緒に来るがいい。何人がかりでも俺は構わん」

「だめだ! コゲツもシンエイもセリナも弱っちいから役に立ちそうもない!」

「そうは思わんが……」


 リジュが名前を挙げたのは、リジュと同じ世代の鬼人の少年少女達。

 いずれもまだ幼いが、それ故に無限の可能性を秘めている。

 性格こそ違えど強くなることへの憧憬は共通して抱いており、いずれは鬼人の戦士の次代を担うであろう逸材ばかりだ。


「それにマオウと他の種族の王が四人がかりで挑んだ時もロウギは! 数を揃えたところで意味は無い!」

「……そうだったか」

「だったらわし一人で十分! 父も言っていた! 気合で殴れば何でも壊せる!」

「『氣』か」


 ロウギは腰を下ろし、胡坐をかく。

 リジュは仰向けのまま「んー?」とロウギの顔を見上げる。


「そうだな。強さは肉体だけに宿るものではない。俺が魔王やリジュの攻撃を何度も凌いだのも、全身に『氣』を巡らせていたからだ」

「そういうコムズカシイのは、わしには合わん! 力こそパワーだ!」

「難しく考える必要はない。イメージするんだ。リジュはどんな強さを望む」

「とにかく敵をぶっ倒したい!」

「どんな一撃で?」

「ん~~……」


 リジュが考えるように瞳を閉じる。

 それも一瞬で、すぐにカッと目を見開く。


「でっかいお城!」

「城か……」


 リジュが知る城といえば、かつて鬼人の王がいた『朱限城』くらいだろう。

 王を守護する『羅刹衆』は一人一人が一騎当千級の力を持ち、なにより『無双の矛』と『無双の盾』と呼ばれる二人の門番が一切の外敵を許さないとされていた。


 城の規模や兵の数こそ人間達の『五大国』と比べるべくもないが、一国の総力をあげても攻略が不可能とされる程の力が一つの城に凝縮されている。朱限城が『不落』と称される所以でもあった。


 その朱限城も聖翼教の『天使』と『巡礼者』なる連中の襲撃により滅ぼされたわけだが――

 ロウギは今でも強く後悔している。

 何故、あの日に限って自分が城にいなかったのかと。


「――ごとこの星をぶっ壊すくらいの一撃!」

「なに……?」


 かつての朱限城の記憶を辿っていたロウギだったが。

 リジュの言葉には、まだ続きがあった。

 つまり城そのものではなく。

 城ごと星そのものを壊す力と言ったか。


「何もかも一撃でぶっ壊す! ロウギを倒すのだって二十順も必要ない! このわしが一順でこの星もろとも粉々に打ち砕いてやる!」


 次代を担う戦士の強く純粋な主張。

 今はまだ幼い故の無謀と笑う者もいるだろう。しかしいずれは本当に成し遂げてしまうかもしれない。だからロウギは期待と願望を込めた言葉を伝える。


「いいイメージだ。お前は強くなる」


 五年先か。あるいは十年か。

 それまではこの小さい命。摘ませはしない。


 改めて誓おう。

 これこそが己の戦う理由であり、戦士としての根源なのだと。


「しかし今はロウギごときを相手にしている暇はない! 晩ごはんまでに帰るのが今のわしの使命だからな! その命、今日のところはまだお前に預けておく!」

「ああ」

「いつか倒してやるぞ! 【不落の門】!」


 だからこそ。

 魔王が己に与えた名のとおり――絶対に倒れない。

 ロウギは決意と誇りをもって口にする。


「何度でも来い。俺もその度に強くなる」





 ――そして月日は流れる。



 ロウギは深い森の中にいた。

 心を静め、大地と一体化するが如く境地に至る。

 かつての同朋と過ごした戦士としての日々を追想し、時を経ても決して褪せることなく未だ残されているのは強さへの憧憬。あるいは執着か。そう。己は強く在らねばならない。誰よりも。どこまでも。


 そこに無粋極まりない声が割り込んでくる。


「見つけたぜ! 『角付きのオーク』!」

「いつも筋トレばっかしてるって聞いてたがよお……今度は瞑想でもしてたのか? 妙にニンゲンくせえよなあ、オーク風情がよ!」

「そんなことはどうでもいい! とにかくブッ殺せ! 100,000ゴルだァ!」


 冒険者。

『勇者』なき後に現れた虫ケラのような連中だ。

 そして彼らの目に映る自分の姿は――否。

 なんだっていい、

 肉体は変わろうとも


 命ある限り朝は訪れる。

 戦士としての鍛錬は一時も欠かさず、同じ月日を積み重ねてきた。


 鬼人最強の戦士が。

 冒険者ごときに倒されるはずもない。


「くたばれェェェェー! 『角付きのオーク』ゥゥゥゥゥ!」


 今日もまた、無謀な冒険者の攻撃が一体のオークへと迫る――




 ●●●



「今度こそ教えてやるぜェ! モンスターなんざ冒険者に狩られるだけの存在でしかないってことをなァ!」


 小手で覆われたレイターの拳がロウギへと振るわれる。

 その拳は直撃の瞬間――ゴオウ!

 衝撃と轟音を爆発させた。『魔煌石』が生み出す爆裂の力だ。


「オラァ! どんどん行くぜェ!」


 ドオン! ゴオン! ズゴォ!

 レイターは手を止めることなく次々と拳を打ち込む。


「どうしたどうしたどうしたァ! まだまだ倒れるには早いぜェ! ハッハァ!」


 ドォン! ドォン! ドォオッ! ブォオン!

 その拳は『魔煌石』により強化され、一撃一撃が並のオークを跡形もなく消し飛ばすであろう程の威力を秘めている。

 ロウギは反撃も転倒すらも許されず、ただただ一方的にその攻撃に晒される。


「さァ! 俺の本気の攻撃はここからだぜェ! ギガースパンチィ!」


 ――氣。


 それはロウギの故郷である、遙か東方に在る島国に伝わる概念だ。

 魔力と違い、生命を持つ誰もが等しく体内に宿すとされている。

 それ故に魔術ほど資質に左右されることはない。鍛練さえ積めば誰でも自在に扱えるものだと云われている。


「まさかもう死んでねェよなァ! ヘルギガースマシンガンパンチィ!」


 ドゴドゴドゴドゴドォドォドォドォドォドォーーーーードォン!


 つまり種族による差は無く、それはオークとて例外ではなかった。


 重要なのは氣の概念を識り、存在を意識し、イメージすること。

 オークに変えられてしまった十年の間に、ロウギはかつての感覚を頼りに氣の鍛練を繰り返した。オークの衝動に呑まれまいと常に氣を研ぎ澄ませ続けることで、オークの肉体でも当時と遜色ない次元でそれを行えるようになっていた。


「こいつで最後だァ! オメガバーストヘルギガースフィストォォォォ!」


 ゴドォォォー――ゴッバァァァァァァァァァーーーーーーーーーンッ!


 氣には魔術程の派手さはない。

 七つの属性に分けられるほど多彩な現象を引き起こせるわけでもない。

 言うなれば単純で地味。あくまで身体能力の強化をはじめとした自身を高めるものが中心となる。

 しかし己の力と技で戦うことを信条とする鬼人の戦士にはそれで充分だった。


「さァて。バラバラの肉塊を拝ませてもらおうかァ!」


 ちなみに氣のイメージについては各々の発想や感性により異なる。

 ロウギの場合は『大地』。

 深く大地を踏みしめ、大地を巡る膨大なエネルギーの奔流と全身を循環する氣の流れを繋げるイメージにより自身が大地と一体化したかのような境地に至り、種の限界を超越した強靭な肉体を得る。


 地に足が付いていない時、例えば背を向けて逃走している時などは脆弱な肉体を矢が貫くこともあるだろう。しかし相手に正面から向き合い両足を深く大地に踏みしめることで氣の廻転は極限状態となり、その肉体は難攻不落の城門の如き強度となる。


「ハ…………ば、馬鹿なァ! 全く効いてねェだとォ!」


 ――これが【地剋万象《金剛》】の真髄である。


(さて、いくか)


 爆発により生じていた煙が晴れると、その向こうでは筋肉質の大男が拳を構えたまま愕然としていた。計算上、こいつは一順で仕留めなければならない。


「この……クソがァァ!」


 レイターは必死の形相で大振りの拳を振るう。


「ガアア!」


 ロウギがブンと殴り返すと「むべっへぇッ!」ブオウッとぶっ飛んだ。

 地面に平行にビュイーーーーーーーーーーーーンと一直線に飛んでいくレイター。

 そのまま訓練場を囲う石壁に激突――


「グウウ……」


 ――する直前で待ち構えていたのは。

 


 ――【地剋万象《絶影》】。


 ロウギの【地剋万象】の真価は地に足を付けることで発揮されるが、それでは何かと不都合があるので氣を駆使することで時間と空間の概念に縛られることなく最速を突き詰めた果てに生み出された超瞬足移動歩術だ。


「ガアッ!」


 飛んできたレイターにゴウッと拳を振り下ろす。


「ぎぺあっ!」


 その巨体をギュゴウと床に叩きつけて物理法則ごと粉砕、ボールのようにバウンドさせた後頭部を後ろからガシッと鷲掴みにした。


「ぎ、ぎぃ……ぐげげげぇ……っ!」


 ミチミチと音をたててレイターの頭蓋が軋む。

 ガッチリと固定。

 こいつが飛び過ぎたせい一順を無駄にした。しかしこれでもう逃さない。


「コオオオオオォォ…………」


 踏みしめた両足から大地の奔流を体内に取り込む。

 全身を巡る氣を右拳の一点に集中させ、レイターの背中をズゴウッと殴りつける。


「ぐがっ!」


 ――その衝撃と同時。


「ガアアアアアアアアアアア!」

「ぎががががががああああああああああああッッッ!?」


 氣の奔流が炸裂した。

 それは頭部を掴まれることで逃げ場を失ったレイターの肉体を容赦なく打ち貫く。


 ――【地剋万象《虎功》】


 体内を巡る氣を破壊の力に昇華させた渾身の一撃だった。


 掴んでいた頭部をゆっくりはなすと、レイターはその場にべちゃりと崩れ堕ちる。

 地面に伏すその様はまるで潰れたカエルだった。


(……モンスターは冒険者に狩られるもの、だったか)


 まったく、本当にいつからだ。

 そんな戯言があたかも世界の真理であるかのように謳われるようになったのは。


「弱すぎる。オークをなめるなよ冒険者」


 ヒトの言葉で告げられた声。

 しかし意識を完全に消失させたレイターには、それが届くはずもなかった。

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